ゴブリン

あんぜ

第1話 ホブゴブリン

 ゴブリンというと、日本で居た頃はゲームなんかに出てくる雑魚で、邪悪な怪物で、時に女好きで女の子を襲う緑や茶色の小さいのってイメージが付いていた。俺が召喚されたこの世界にも、そのゴブリンという怪物が居ると聞いた時には、冒険者をやっているというの身を心配したものだ。



「見えた」


 短く告げた赤髪の少女は、小さな望遠鏡を覗いていた。小さくたためる携帯性のいい、だけど倍率はほどほどの望遠鏡。古い技術らしくて、作れる人は限られる高価な物。


「数は?」

「見える範囲で5,6,7……7体。弓を持ってる」


「弓か。じゃあ結構な数が居るな」

「そうだね」


「巣穴の場所も調べておく?」

「うん、できれば」


 赤髪の少女――アリアは羊皮紙の地図を丸め、防水の筒状の――文字通り――封筒ってやつに突っ込むと、静かに、素早く木を降りてきた。


「受け止めなくていいからね?」


 最後、そう言ってアリアは着地した。前に、そうやって木から降りる際に俺が受け止めたら、なんだか不安だから次からは自分で降りると言ったんだ。別に俺が力不足なわけじゃなく、彼女が普通に運動神経が良くて、他人に任せっきりなお姫様じゃないってだけ。



 アリアの案内で森の中を進む。この辺りの森なら彼女も大体を把握している。


「あったよ、足跡」


 俺の『鑑定』の力でゴブリンの新しい足跡を見つけた。


「――数は7体だから、さっきのやつだろうな。闘士チャンピオンは居ないみたい」

「まだそこまで大きな群れになってないと思う」


 闘士チャンピオンってのは大型の個体。勇者ゴブリンとも呼ばれる。ゴブリンは集団が大きくなればなるほど力のある個体が出現し、装備や戦い方も変化していく。まるで進化しているみたいに劇的に変わる。これってアレだよな。異世界転生みたく、勇者ゴブリンが別世界の知識で無双してるように見えなくもない。


「哨戒か、狩りだろうか。跡をつける?」

「そうだね。闘士チャンピオンが居ないなら待ち伏せは無いだろうし」


 そうして半時はんとき――つまり1時間ほどをかけてゴブリンたちの住処を見つけた。そこまでに大型のゴブリンの足跡は見つからなかった。


 ゴブリンは子供くらいの大きさで、真正面から当たりさえすれば倒すのは難しくない。だけど軽い分すばしっこく、身を隠すことが得意で厄介やっかいだった。しかも力は大人の人間並みにあり、鉤縄を使い始めると数に物を言わせて引き倒されかねない。


 加えて、肌の色はゲームのように緑とか茶色ではなく、人間と変わらない肌の色。最初は殺すのに抵抗があったものだ。


「見張りが居るから20から40くらいの巣だろうか」

「そうだね。装備もまだ貧弱だし、大きな巣じゃないと思う」


「じゃ、戻ろうか。帰ってギルドに報告しよう」

「うん」



 ワイヴァーン退治の帰り道、仲間が見つけたゴブリンを追ってアリアと二人で森へ入っていた。一行パーティの中で、手早く哨戒・索敵できるのが俺とアリアのコンビだった。


 俺たちが言うところのギルド――つまり冒険者ギルドというのは、割と最近になって作られたらしい。たぶんだけど、召喚者の誰かの仕業。この世界には他の世界からの召喚者が、元の世界――地球だったかな――の技術を持ち込んだりしていた。


 そのギルドへゴブリンの巣穴の情報と技術の進歩や構成を報告すると、巣穴の規模を想定してギルドからギルドメンバーへの依頼が作成される。報酬は国から出る。以前なら大金を稼ぐため少数の一行パーティで討伐に出ることも多かったが、今は安全を期して10人、20人といった人数で依頼を受けることが多くなっていた。



 ◇◇◇◇◇



「あら。お帰りなさい、二人とも」


 先に近くの町へ着き、いつもの宿で待っていた仲間たち。ただ皆、出発の準備を終えて待っていた。


「もう出るの? ちょっと待ってね、準備したらあたしもすぐ出られるから」

「ああ、俺もちょっとトイレ借りてくる」


 ただ、仲間たちは待たずに全員が席を立つ。


「私たちは十分休んだし、王都まで先に戻ってるわ。二人は歩き詰めだし泊っていきなさい」

「でも――」

「宿の御主人が、この間のお礼にぜひって仰られるのですが、孤児院へ早く帰りたいので、せめてお二人だけでもと」

「この間? なんだっけ?」


「町の西の農地の納屋に棲み着いた梟熊アウルベアです」

「ああ、あれか。宿の御主人の納屋だったんだ」


「ご親戚だそうです。助かったから泊っていけと食事を頂いていたんです」

「そっか。どうする、アリア?」

「せっかくだから、お言葉に甘えようか」


 ゴブリンの巣穴の情報だけ託されると、仲間たちは一足先に王都へ戻って行った。



 ◇◇◇◇◇



「またこんなことして……」


 部屋には二つのベッドがわざわざくっつけて置いてあった。こういう宿は普通、二人で寝られるようなベッド、つまりダブルベッドは置いていない。くっつけてあったのは仲間の誰かの悪戯だろう。アリアが呆れていた。


「離しておくよ。今のうちにお湯を用意してもらってきたら?」

「そのままでいいよ。今更だし」


 アリアとは、王都では同じ部屋の同じベッドで寝ていた。身体の関係は無し。1回あったはあったけど、あれは二人ともノーカウントということにして、一応プラトニックな関係を続けている。


 アリアはたらいとお湯のサービスを頼む。以前はあまり湯浴みをしなかった彼女だけど、俺と暮らすようになってから頻繁に湯浴みか水浴びをするようになった。湯が用意され終わるのを見計らって、俺は一旦、下の食堂へ向かう。



 ◇◇◇◇◇



「おや、お嬢ちゃんと一緒じゃなかったのかい?」


 俺のテーブルへ葡萄酒を運んできた宿の女将さんが目を丸くして言う。


「彼女とはまだそういう関係じゃないので……」

「恋人って聞いたけどね?――せっかくうちでいちばん大きな盥に湯を張ったのに」


「それはありがとうございます。――恋人は恋人ですよ。真面目な付き合いなんです」

「余計なお世話かもしれないけど、真面目な付き合いならなおさら、ちゃあんと子供を作って結婚してあげた方がいいと思うよ?」


 苦笑いで返した。この辺の人たち。特に女の子は15歳の成人と共に結婚して子供を作るのが当たり前だったから、女将さんの言うこともよくわかる。婚期が遅いといわれる冒険者であっても、若くして子供を産んで、冒険者として頑張ってる年下のシングルマザーも知り合いに居たりするくらい。



 しばらくすると、湯上りのアリアが降りてきた。湯浴みと言っても、そんなに高い温度のお湯じゃなく微温湯ぬるまゆってところなので、湯冷めとかの心配はなかった。


「先にありがと、ユーキ」

「じゃあ、お風呂入ってくるよ」

「お嬢ちゃんはちゃあんと見といてあげるから、行っといで」


 女将さんがアリアの分の葡萄酒をマグに入れてやってくると、オレにそう告げた。食堂には、ちょうど昼を過ぎての合間の時間ということもあってか客は少なかったが、美人のアリアが絡まれることは珍しくないんだよな。だからありがたかった。



 ◇◇◇◇◇



 その後はアリアと遅い昼食を取って、腹ごなしに散歩したりした。俺もこの世界に来てアリアと行動を共にするようになって体力がついたし、異世界へ来た際に女神さまが体力面の特典をサービスしてくれたものだから、身体の丈夫さには自信があった。宿へ戻り、川の畔まで歩いてきたと言うと驚かれるくらいだった。


「まあ、せっかく湯浴みしたのに汗をかいてきたのかい?」

「そうでもないですね。昔住んでた所よりずっと涼しいし、じめじめしてないから」


 この世界へ来る前は、暑くて湿気が凄かった場所に住んでいた覚えがある。


「――気になんないよね?」――とアリアに確認する。

「鎧を着てなかったし、大丈夫だと思うよ」


 すん――とアリアは俺の匂いを嗅いでそう言った。冒険者のアリアは鎧が普段着のようなものだからか、俺が多少汗をかいていても気にしない。


「あらまあ、若いっていいわね。じゃあ、もう少ししたら夕飯にしましょう。楽しみにしてて」



 ◇◇◇◇◇



 豪勢な夕食を終え、二人で葡萄酒を飲んでいた。この世界の人たちは女の子でも酒に強い。酒が半発酵で甘く、アルコール度数がそれほど高くない上、飲むときは水で薄めて飲むというのも理由だった。薄めずに飲むのは酒飲みの飲み方らしい。ワインみたいなのもあるけど、どちらかと言えば上流階級のための酒だった。


 俺も高校二年の時にこっちの世界に来たから、向こうの感覚では未成年だったし酒は苦手だった。それでも、こっちでは水をそのまま飲む習慣がないため、以前に比べたらずいぶん慣れた。


 宿の宿泊客は少なく、御主人の家族たちと歓談していたこともあって遅い時間まで食堂に居た。女将さんたちから、ついさっき解放されたばかりだった。



「あれは何をしてるの?」


 アリアに問いかけた。テーブルを片付け、床の掃除をし終わった宿の女将さんがミルクらしきものを平皿に少し入れて、テーブルのひとつに置いたのだ。別にペットを飼っているわけでもなく、誰かが飲む様子もない。


「あれはホブへのお礼だと思う」

「ホブ?」


「うん、ホブっていうのは家憑き妖精で、手伝いなんかをしてくれる良い妖精のことを言うんだ」

「へえ、そんなのが居るんだ」

「あら、あんたの故郷には居なかったのかい?」


 そう言って女将さんが声をかけてくる。


「そうですね。妖精って居なかったので。妖怪なら居たかも」

「へえ? この辺じゃ、こうして山羊の乳を置いておけば、が、泥棒が入らないように見張ってくれるのさ」


「よいお隣さん?」

「ほら、前に教えてあげたでしょ。ホブゴブリンとかをそう呼ぶの」


「ああ、群れになってないゴブリンか」

「この辺じゃ、親しみを込めてよいお隣さんって呼ぶんだよ」

「ここのホブは泥棒まで見張ってくれるんですね」


「そこはほら、気まぐれだからね。でも、あたしらはよい隣付き合いをしたいもんだからさ」


 そう言って、ニコニコと片付けに戻って行った女将さん。


「この世界のゴブリンとホブゴブリンの扱いの違いに驚くよ。元々どっちも同じなんだよね?」

「同じだけど、群れると悪戯妖精ボギーになっちゃうから」


 悪戯妖精ボギーっていうのは群れになって邪悪になった妖精らしい。妖精は単独だとせいぜいが悪戯好きで、ほとんどが無害なのに、群れになると途端に人や家畜に危害を加えはじめるので害獣扱いされる。


「――あとは子連れの妖精がいちばん怖いよ」

「ホブゴブリンの方が強いんだっけ」


「そう。魔法を使ったり、妖精界へ出入りしたり、連れていかれることもあるって」

「ゴブリンはそうじゃないんだよね?」


「ゴブリンは、そういう力は使わないかな。でも、子連れのホブは妖精の力が残ってるし、子供に何かあると、こっちが悪くなくても怒って暴れたり人を攫ったりするの」


「そういう時はねえ、小さな服を一着縫ってやるんだよ」


 俺たちの話にまだ興味があったのか、片づけの手を止めて話に入ってきた女将さん。


「服ですか?」――そう聞き返した。

「過ぎたお礼をすると、妖精は満足して出て行っちゃうからね。あとは妖精の子が早く大きくなって巣立って欲しいって意味もあるかね」

「あたしの家では、子供の妖精を見かけたら名前を教えちゃいけないって教わりました」


 アリアが珍しく幼い頃の話をしていた。


「そうなの?」

「うん、自分の名前の代わりに自分自身エインセルと名乗りなさいって。そしたら何かあっても、こっちのせいにはされないし、連れていかれたりしないって」

「この辺でもそう言うね。妖精に魅入られないように、ほどほどの付き合いが大事だからね」


 俺はそれから二人に妖精についての話を色々と聞いた。日本で居た頃の妖怪のようなもんで、昔話のように良い妖怪も悪い妖怪もいろんなのが居るということだろう。



「それじゃあ二人ともお休み。よいお隣さんの邪魔をしないよう、ほどほどにね」

「俺たちも、もう寝ますよ」


「あら、別に慌てて寝なくてもいいんだよ? ねえ」――とアリアを見る女将さん。

「あ、あたしは普通に寝ますので」


 それじゃあ――と部屋へ戻って二人で眠った。


 ゴブリンと違ってホブは夜にしか現れない。その辺は妖怪なんかと同じで、子供を寝かしつけるための話なのかなとも思った。







 その夜、ふと目が覚めると、アリアの頭越しに、ベッドの傍に佇む小さな女の子の姿が見えた。幽霊か何かにも見えたけど、どうもそんな怖い感じじゃない。無邪気そうな目をぱちくりさせてこちらを見て呟いた。


「あたしの名前はエインセル。あなたのお名前は?」






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