【04 動き始める】

・【04 動き始める】


 先生も体育館にやって来て、

「ではストレッチ開始」

 と言うと、みんなそのロボットに体を預けながら、ストレッチを一緒にし始めた。

 僕は近くの高ミゲルくんを見ながら、見よう見まねでストレッチを行なっていく。どうやら生徒同士では一切やらないらしい。

 きっと本番の授業でもそうなんだろうなと思っていると、思った通りにその通りで、今日はバスケットボールだったんだけども、ドリブルパスを人間よりも器用に一緒に行なってくれた。なんという最新技術なんだ。

 先生が「次は攻撃練習だ」と言えば、人型ロボットが守備のように動き、それをドリブルで抜こうとするといった感じだ。

 人型ロボットは巧みに、直接体が当たらないように動き、ボールを取られる時に腕と腕が触れても、痛いとかそういうことはない。

 ストレッチの時も思ったけども、腕などは柔らかく設計されているみたいだ。

 小佐田舞さんのロボットの身長は一番低いし、道本脩斗くんのロボットは大きめでガッチリしているし、本当に自分たちそれぞれの影のようなサイズになっている。

 正直ここまでしてくれるなんて、と感動すら覚えた。だって仮に僕と片井陣くんが一緒に試合したら、絶対体育という大義名分で激しいタックルとかしてくるだろうから。

 最初はただの恐怖政治なだけで、何もできないと思っていたけども、何だか大事にされているところは大事にされているというか、決して悪いだけじゃないんだな、と、高ミゲルくんの自己紹介を思い出した。

 結局ずっと自分の人型ロボットと練習をする形で、生徒同士が絡むことは無かった。

 体育も終わり、男子と女子と別れて着替えて、四限目のチャイム直前に小佐田舞さんが教室に入ってきて、それを追うように先生もやって来て、授業が始まった。

 ただ体育のあとは一時的に眠くなり、あくびを出してしまったところで電流が流れた。これが無ければ、とも思うけども、これが一番の特徴だから仕方ないかと諦めも少しついたのは、きっとあの体育を知ったからだ。

 前の教室では本当に体育と称して、いろんな意地悪をされたし、先生もたいして止めに入ってくれなかった。

 片井陣くんが「じゃれているだけですよ」と言えば、事なかれ主義の先生は「ほどほどになぁ」と言って目を背けるだけだった。

 でもこの教室にいれば、ボディコンタクトが無いので、そんな心配は一切起きなくて、体育というものにすごく集中することができた。

 四限目もなんとか終わり、給食の時間になった。何気に給食はこの教室になって初だ。昨日は午後一時くらいから来たから。

 給食はそのまま全員で前を向きながら食べる感じで、自分の分をそれぞれ配膳した。

 給食係は無く、自分で料理を取るビュッフェ形式ながら、多分嫌いなモノをのけたりすると、のちに電流が流れるだろうから、苦手な焼いたナスもちゃんととった。

 みんなで「いただきます」を言ってから食べ始めたところで、隣の高ミゲルくんと前の池内浩二くんが同時にこっちを見て、それぞれ二人は会釈し合って、ちょっと恥ずかしそうに笑ってから、高ミゲルくんが、

「いわゆる三角食べをしたほうがいいよ。同量ずつ減っていないと後で電流喰らっちゃうからね」

 と教えてくれて「分かりました。ありがとうございます。三角食べですね」と返事をすると、高ミゲルくんは少し不満げに、

「あんまそういう丁寧語じゃなくていいよ、何かいち早く社会人デビューしちゃったみたいになっちゃうじゃん」

 と言ったので「そうですよね、あ、そうです、そ、そうだね」と早口で言ってしまって、高ミゲルくんは吹き出して、

「ちょっと! そういうのはズルいよ! 人のこと笑っちゃったじゃん! これぼく、あとで電流だよぉ!」

 と明るく笑って、あぁでも格好悪いで笑わせたことは本当に申し訳無いと思って、

「ごめんなさい」

 と頭をさげると、高ミゲルくんは「大丈夫! 大丈夫! 今日一発目だから!」と言ってくれて、なんて優しいんだとすごく心が温まった。

 こういう風になんというか、許してもらえるということが中学校では一度も無かったので、本当に嬉しかった。

 というかそうか、三角食べか、これも多分AIがカメラを使って判定しているんだろうなぁ。

 やっぱり先生一人じゃ見ていられないし、と思ったところで顔をあげると、先生は食事をしていなかった。

 先生も給食を食べていたような気がするけども、この先生は食べないんだなぁ、と単純にそう思った。

 給食も終わり、昼休みとなったところで先生もいなくなったので、職員室でご飯を食べるのかなと思った。

 さて、昼休みも復習にあてるかなと思っていると、片井陣くんがこっちへ向かってつかつか歩いてきて、座っている僕を見下ろしながらこう言った。

「オマエのせいで処刑電流喰らったじゃねぇか」

 すると矢継ぎ早に池内浩二くんが、

「それは自分のせいじゃん」

 とニシシッと笑い、片井陣くんはかなり不満げに、

「というか浩二のせいでもあるし」

「それは違うよぉ」

 と冗談を言われたように笑った池内浩二くん。

 それを静観しているように座って見ていた道本脩斗くんが突然、

「つーかソイツが陣の言っていたザコ?」

「そう、コイツがザコね」

 と言いながら、片井陣くんは道本脩斗くんのほうへ寄って行って、内心胸をなでおろした。

 道本脩斗くんは唾を吐くような顔で、

「ザコが増えて寒気がするぜぇぇええええええええええ!」

 と言ったところで電流が流れたと思った。やっぱりAIがカメラで判定しているんだ。先生がいなくても電流が流れるということは。

 すると池内浩二くんが笑いながら、

「酷いこと言ったら流れるに決まってるのにぃ」

 と言うと、道本脩斗くんは「クソ!」と言ってから机に突っ伏した。

 近くにいた片井陣くんは自分も席に戻ろうと一瞬したっぽいけども、躊躇して席の近くで立ったままだ。きっと座ったら電流が流れるだろうと思っているんだと思う。

 そうだ、

「高ミゲルくん、電流流れました?」

「えっ、あぁ! そう言えば流れてないよ! 何かラッキーだった! 人のこと笑ったのに!」

 すると即座に片井陣くんが「バグかよ」と呟いた。

 AIもバグることがあるのだろうか、それともそれは条件に入っていないのか。

 高ミゲルくんは後ろ頭に両手をあてながら、

「バグはラッキーだけどさ、どうにかしてAIの目を盗みたいよねぇ」

 と言ったので、あぁやっぱりみんなAIということは分かっているのか、と思った。

 すると道本脩斗くんが顔をあげて、

「余計なことして、こっちも巻き込むんじゃねぇよ」

 と言うと、同調するように片井陣くんも、

「そうだぞ、あんまつまらんことすんじゃねぇぞ」

 と言ったんだけども、池内浩二くんは首を横に振って、

「でもなぁ、何か電流喰らいそうで喰らわない時もあるんだよなぁ」

 僕もなんとなくその気(け)は感じていた。

 一体どこまでが電流の範囲なのだろうか、と思っていると、小佐田舞さんもイスごとこっちのほうに向けて、

「私は……浩二くんに……賛成するよ……だから、その、ミゲルくんの……意見、気になってる……AIの目、盗みたい……のヤツ……」

 そのタイミングで池内浩二くんが、

「じゃあさ! 俊哉はどっち派! 向こう派なら半々! こっち派なら多数決で勝ちだな!」

 正直片井陣くんと道本脩斗くんの睨む目が怖いけども、僕は断然このAIがどう判定しているのか気になっているので、

「高ミゲルくんとか、池内浩二くんとか、小佐田舞さん派、かなぁ」

 と答えると、片井陣くんの舌打ちを打ち消すように、高ミゲルくんが、

「やったぁ! じゃあどうやって電流から逃れられるか考えようよ!」

 僕たちはイスをそれぞれ寄せ始めた。

 片井陣くんの「やってらんねぇ」という声と「あぁぁ! そうだったぁ!」という声が聞こえてきたので、座った上で電流を喰らったんだなと思った。

 まず池内浩二くんが、

「電流ってところがまずミソだよな」

 それに対して高ミゲルくんが頷く。

 確かに何で電流なんだろうか、やっぱり、

「外傷を負わないからかな」

 と僕が言うと、みんな大きく頷いて、少し遠くから道本脩斗くんの「へっ」という笑い声が聞こえてきた。

 こういうちょっとした威圧が正直怖いし、小佐田舞さんの表情を見る限り、実際その度に怯えている感じだけども、小佐田舞さんは思い切り背を向けているので、なんとか耐えているといった風だ。

 すると片井陣くんが、

「あんま威圧すんなよ、脩斗。舞も俊哉もビビってんぜ、ザコだから」

 と言うと、すぐに片井陣くんには電流が流れ、それを笑った道本脩斗くんにも電流が流れたみたいだ。

 すると道本脩斗くんが、

「テメェらが余計な会話するからこっちにも飛び火するだろ!」

 と怒号をあげたんだけども、またすぐに電流が流れたようで、黙って机に突っ伏した。

 片井陣くんは咳払いをしてから、

「でも実際さ、オマエらが余計な会話するからこうなっているんだぞ」

 とできるだけ落ち着いた声で喋っているつもりなんだろうけども、いからせた声は隠しきれてはいなかった。

 すると池内浩二くんが笑いながら、

「ヘイ! バーカ! バーカ!」

 と言うと、即座に片井陣くんも、

「何だと! カス野郎!」

 と言い、喧嘩両成敗といった感じで二人に電流が流れたみたいだ。

 僕は池内浩二くんに対して、

「何でそんなことをっ」

 と言うと、池内浩二くんはサムアップしながら、

「今日まだ一回目!」

 それに対して高ミゲルくんが爆笑した。

 これは人を笑ったことにならないのかなと内心ヒヤヒヤしていたけども、高ミゲルくんが電流を喰らった感じは無かった。

 というか、

「これは池内浩二くんにも言えることですけども、そういう足の引っ張り合いは良くないんじゃないんですかね」

 と言うと池内浩二くんは大笑いしながら、

「ですかね! って! 役員みたい!」

 と言った直後にぶるっと震えて、どうやら電流を喰らったみたいだ。

 僕はちょっと深呼吸してから、

「確かに。僕が丁寧語で喋ることも誘発しているところもありますね。あ、ね、じゃなくて」

 と言うと、小佐田舞さんが吹き出してから、

「姉ってっ……」

 と言ったところですぐに口をつぐむように、手で口を閉じようとした。

 ちょっとした沈黙の間。

 小佐田舞さんがおそるおそる、

「これは電流……無かったです……」

 と言った。すると高ミゲルくんが、

「本当に面白い間違いの時は電流が流れないんじゃないの?」

 池内浩二くんが同調するように、

「確かになぁ、もうツッコミとして俊哉に電流浴びせたい時はこっちには流れないということかっ」

 高ミゲルくんは笑いながら、

「ツッコミとしてって!」

 とツッコむような手の素振りをみせた。

 何か雰囲気良いけども、ここはハッキリ粒立てたくて、

「こういう雰囲気のところ申し訳無いんだけども、さっき池内浩二くんが片井陣くんを煽ったのは良くないかな、って」

 池内浩二くんはう~んと唸ってから、

「でも何か家でも昔はいっつもそんな感じでさぁ、その癖がついているんだと思うんだよな」

 すると小佐田舞さんが即座に、

「昔って? ……私、浩二くんの昔……気になります……」

 と何だか恋する乙女のような瞳でそう言った。

 池内浩二くんはそんな小佐田舞さんの変化に反応するような素振りは無く、いたって普通といった感じに笑顔で、こう言った。

「特に父親はずっと人に対してそんな感じでさ、んでもって厳しくもあってぇ、警察官というか元警察官なんだけども、まあ被疑者を殺害したことにより、警察官辞めて家族もバラバラになってぇ」

 正直耳を疑った。

 というか何でこんなパーソナルな情報を躊躇なく、ヘラヘラ笑いながら言うのか理解できなかった。

 それは小佐田舞さんも高ミゲルくんも、何なら片井陣くんもそうみたいで、完全に固まってしまって、唯一動いたのは突っ伏した状態から顔をあげた道本脩斗くんだけだった。

 当の本人は何も気にする様子も無く、

「いやいやぁ、別に事実だしぃ、何かそんな風なリアクションされても困っちゃうというかぁ」

 と笑うだけで、正直不気味だった。

 あまりにも衝撃で会話もそれとなく終了して、何か各々が勉強の復習・予習とトイレに行くだけになって終わってしまった。

 五限目、六限目も淡々と終わり、帰りのホームルームでも特に誰も発言せず、帰りとなった。

 校門から出ても、片井陣くんが絡んでくることも無く、みんな無言でバラバラになって家路に着いた。

 それ以降、たまに隣の高ミゲルくんと好きなモノの話をテーマに会話することはあっても、それ以上、他の同級生と会話することはなく、二週間くらい経過したある日の昼休み。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る