【03 一日の流れ】

・【03 一日の流れ】


 朝起きると、お母さんもお父さんも、もう仕事へ行ってしまっていた。

 いつも通りの書き置き、何も変わらない日常に見せかけて、僕の人生は昨日から一変してしまった。

 多分ずっと監視されている。それはなんとなく分かる。

 だから僕は中学校に行く時間を厳守して、その通りに家を出た。

 登校中、なんとなく、いやなんとなくじゃないか、意識せざる得ない。

 何で池内浩二くんはあの教室に通っているのだろうか。あんな快活な少年にどんな要素があるのだろうか。

 いやでも実際、何か聞いたことあるような名前なんだよなぁ、別のクラスにそんな名前の子がいたような気がする。

 それでいて多分それは良くない、要は悪名だ。普通、別のクラスの子の名前なんて轟いてこないから。

 池内浩二、池内くん……もしかしたら、あれかもしれない、イジメられていた子を助けるためにイジメっ子を撃退したとか、そういう子だったかもしれない。

 いや、撃退は優しい言葉過ぎて。実際は相当あったみたいな感じだったような気がする。池内だか池田だか記憶が曖昧だけども、そんな感じの名前だったような気がする。

 だとしたら昨日の僕を助けてくれた過剰暴力も意味が通る。悪に対しては容赦しない、容赦できないのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、あっという間に旧校舎の前まで来て、僕は教室の中に入って行くと、既に片井陣くんがいた。

 片井陣くんは今までなら平気で一限目の終わりくらいに登校していたのに。

 池内浩二くんもいて、笑顔で、

「おはよう!」

 と言ってくれて、僕も「おはようございます」と返すと、矢継ぎ早に池内浩二くんが、

「ございますて! そんな丁寧である必要はさすがに無いぜ! この教室とはいえな!」

 と明るく言ってくれて、でもやっぱり僕の記憶違いかなとも思った。やっぱり良い人過ぎるから。

 そりゃ昨日守ってくれた時は確かに過剰暴力だったけども、もしかしたらどこかで手加減していたのかもしれないし、いやすごい踏みつけだったりしたけども、でもそっちは嘘だったと思いたい気持ちが僕に芽生え始めていた。

 池内浩二くんはそのまま後ろを振り返ったまま、

「教室の中に入ったら気合いだからな! ささっ! 復習・予習していると良い感じだから俺もまたそうする!」

 と言って前を向いた。相変わらず明朗な笑顔だ。僕は前を向いた池内浩二くんに「ありがとうございます」と言うと、池内浩二くんは背中のまま手をひらひらとあげて、挨拶してくれた。

 この教室の席は横に長い長方形って感じで六席並んでいる。僕の前が池内浩二くんで、僕の間に一席あって、向こう側が片井陣くん。

 復習をしていると徐々に席が埋まっていき、僕の間にはハーフ、というか最近はダブルと呼ぶんだっけ、ダブルの子が座って、そのダブルの子の前には唯一の女子が座り、僕の斜めの対角線に位置する子が昨日僕と片井陣のいざこざを気にせず、ずんずんと帰宅していた子だ。

 チャイムと同時に先生が入ってきて、開口一番に、

「片井陣さんと池内浩二さんには処刑電流を流します」

 しょけい、でんりゅう? 最初言葉が漢字になっては聞こえなかった。

 でも即座に片井陣くんが、

「や! やめてくれ! あれはもう本当に怖いんだ! 今日も一番早く教室に来ていて勉強していたから許してくれ!」

 と泣き叫ぶような声で言い始めた時に”しょけい”が処刑だということに気付いた。

 というか処刑って、言葉があまりにも物騒過ぎる。それを池内浩二くんと片井陣くんに、何で。

 すると池内浩二くんが、

「まっ! しょうがないっしょ!」

 と片井陣くんのほうを見ながらサムアップした。

 池内浩二くんはもう鼻水を垂らしそうなテンションで、

「何でオマエはそうなんだよ! というか俊哉! 俊哉だって処刑電流だろ!」

 急に僕の名前が出てきて、泡食っただけども、どうやら放課後のいざこざによってもたらされた結果ということにその時気付いた。

 すると先生がこう言った。

「いいえ、近藤俊哉さんは被害者です。彼は誰にも危害を加えず、さらに池内浩二さんを止めに入った。自分がやられる可能性もあったのに」

 確かに僕のためにやってくれていた池内浩二くんを少し非難するような形で止めたから、自分がやられる可能性もあったかもしれない。失念していた。

 池内浩二くんは今度僕のほうを見ながら、

「勿論俺は俊哉に腹立ったこととか無いぜ!」

 と満面の笑みで言ってくれて、正直胸をなでおろしたところで、隣に座っているダブルの子が挙手してから、

「すみません。浩二は陣を止めるためにあういう行動に出たので、普通の電流くらいで収めてもいいと思います」

 先生はダブルの子を文尾を聞かないくらいのタイミングで、

「とは言え、やり過ぎです」

 と答えると、ダブルの子はシュンと肩を落とした。

 すると池内浩二くんはその子へ、

「かばってくれてサンキューな! でも俺は受け入れるぜ!」

 片井陣くんはもう本当に涙を流しながら、

「俺は嫌だぁぁあ! 見られていたなんてそんなぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ”あ”の声が強くなった時、電流を浴びているんだと思った。

 その声が聞こえなくなった時、本当に全ての声が片井陣くんから消えて、何だろうと思っていると、なんと机に突っ伏してそのまま動かなくなったのだ。

 ダブルの子は小声で「やっぱり気絶している……」と言った時に、ゾッとしてしまった。

 まさか気絶させるほどの電流を流すなんて。このまま起きなかったら一体どうする気なんだろうか。

 僕は戦々恐々としていると池内浩二くんが僕にウィンクしてから前を向いて、こう言った。

「俺にも早くしてくれよ! あれは陣が弱気なだけだ! 俺にも来いぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 と明らかに電流を受けているような声になった池内浩二くん。

 頭を機械的にふらつかせて数秒、すぐに池内浩二くんが、

「俺は耐えたぜ!」

 と言って、ちょっと池内浩二くん、いろいろ規格外だっ、と思った。

 先生は片井陣くんのほうを見てから、

「今日の一限目は授業を進めることはせず、自己紹介の時間にしましょう」

 と、どうやら”気絶しているから”そうしたらしい。なら気絶させなきゃいいのに。

 でも自己紹介の時間は有難い。みんなの名前が分からなかったから。

 こういう時はまず僕から自己紹介したほうがいいだろうなぁ、と思って、僕は挙手してから、

「まず僕から自己紹介したほうがいいですよね」

 と言うと、先生が首をクイッと下から上に動かして、

「立って喋りなさい」

 と言われたので、僕は慌てて立ち上がり、

「僕は近藤俊哉と言います。昨日まで不登校でした。では改めましてよろしくお願いします」

 と言って頭をさげると、池内浩二くんは万雷の拍手をしてくれて、真ん中の席の二人は普通の拍手で、対角線の子は仏頂面で仕方なく手を叩いたって感じだ。

 次に挙手したのは勿論というかなんというか、池内浩二くんだった。

 すぐに立ち上がり、僕のほうを向きながら、

「俺は池内浩二な! 好きな名前で呼んでいいぜ! こんな教室だけども真面目に楽しくやっていれば平気だから! 慣れない動作もあるけども、まあ一日七回くらいまでは電流弱いからさ!」

 最後の情報、有益だけどもちょっと怖い。

 僕もお返しするように万雷の拍手をすると、真ん中の子二人の拍手もさっきより強めになったけども、相変わらず仏頂面の子は適当に手を叩いている。

 ダブルの子が周りを見渡してから挙手して、立ち上がって喋り始めた。

「ぼくは高ミゲル(こう・みげる)と言います。中国人とブラジル人のダブルだけども、日本語しか喋れません。この白髪は地毛で、アルビノという病気なんだけども、まあ髪の毛の色と肌が白いだけであとは全然普通だよ。こうなんというか生まれながらに白髪なので最初から保健室登校を選んでいたんだけども、この教室行きになってしまいました。でも浩二や舞さんは優しいし、電流さえ気を付ければ意外と悪くないのかなって思っているよ」

 矢継ぎ早に対角線の子が「いいわけねぇだろ」とボソッと呟いたところで、池内浩二くんはちょっと強めの声で「えぇっ? 何?」と威嚇するように声を出した。相変わらず笑顔。

 対角線の子はすぐさま池内浩二くんから目を逸らすように廊下側に顔を背けたところで、唯一の女子が挙手して立ち上がった。

「あの、私は小佐田舞(おさだ・まい)です……えっと、その……多分俊哉くんと一緒で不登校でした……でも浩二くんが……いてくれるから……私はその……安心です」

 なんとなく、前列の三人の関係性が分かったような気がした。

 つまり小佐田舞さんをイジメていたのが、あの対角線の子で、それの助けに入ったのが池内浩二くんということかな?

 池内浩二くんは小佐田舞さんにサムアップして、ニカッと笑っている。

 さて、最後は(片井陣くんが気絶しているため)対角線の子なんだけども、何かふて腐れるような背中の丸みで、一向に自己紹介をしようとしない。

 すると案の定というかなんというか、電流を喰らったようにビクンとなってから、立ち上がって、

「あー、おれは道本脩斗だ。弱いヤツと馴れ合うつもりはない」

 と言って座ったところで即座に電流をまた喰らったみたいだった。

 自己紹介も終わったところで質問タイムでもあるのかなと思っていると、先生が教壇の下からパソコンを一個ずつ取り出しては僕たちの机の上に乗せていき、

「六人揃ったところで、今日からパソコンを使った授業に変更することにする」

 と言った。そこから先生がパソコンについて説明をするわけだけども、片井陣くんが気絶している最中にしたら二度手間では、と思った。

 パソコンの使い方は大体分かるので、操作はできるわけだけども、要は授業中にどう使うかという話だった。

 昨日と同じく、基本無言で行なうわけだけども、レスポンスしないといけないチェックポイントがあり、遅いと当然電流が流れるって感じだった。

 全ての説明が終わったところで「うぅっ!」という片井陣くんの声がし、先生が淡々と、

「起きていることは既に分かっている。顔をあげなさい」

 そう言いながら最後のパソコンを片井陣くんのもとへ持っていった。

 どうやら起きていることが分かった上で、パソコンの説明をしていたらしい。

 そこから流れるように授業になっていき、結局自己紹介はあれだけで終わってしまった。まあ片井陣くんのプロフィールは大体知っているけども。

 誰にでも強気に出て、暴力的で、結果的に孤立しかけたところで、僕へ全治二週間のケガを負わせたことにより、なんとか面目を保ったといった感じ。

 一限目、二限目と終わり、三限目は体育ということで旧校舎の体育館に移動した。勿論、小佐田舞さんは別の教室で着替えたみたいだ。

 とは言え、六人しかいなくて、そのうち一人は女子、体育をこのまま行なうのかなと思っていると、なんと僕らと同数の人型ロボットが体育館に立っていて、みんなそれぞれ何の違和感無くといった感じに、その人型ロボットの前に立った。

 僕も余った人型ロボットの前に立ったわけだけども、本当に人型というだけで、顔なんてものは無く、真っ白い影のようなロボットだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る