【02 六限目】

・【02 六限目】


 中学一年生にもなると、六限目の授業がある。

 とは言え、その間に十分休憩があって。

 その時に僕は僕をイジメていた子から何か言われるのでは、と思って戦々恐々していたわけだけども、その子は自分の席から一切動かない。

 ということは相当な恐怖政治が敷かれているんだ、と、手を取るように分かった。

 トイレ休憩は大丈夫なのかなと思いつつ、僕は席を立つと、隣に座っていた子が何だか目を丸くしていた。

 すると僕の席を立つ音に反応してなのか、前の席に座っていた子が、

「俺、池内浩二(いけうち・こうじ)、トイレ行くんでしょ。その時は先生に宣言してからのほうがいいぜっ」

 と首で教壇に座っている先生のほうを差したので、僕は挙手しながら、

「トイレに行きます」

 と宣言すると、先生はコクンと頷いて、どうやら許可が出たらしいので、僕はトイレに行った。

 本当は別にそこまで出たいわけじゃなかったんだけども、まずはトイレの位置を確認したくて、ちょっと旧校舎の中を歩いて回った。

 ちゃんと三分前には戻ってきて席に着いたわけだけども、その席に着いたところで先生が、

「まず池内浩二さんにお礼を言っていない、また旧校舎をむやみやたらに歩くな」

 と僕を指差しながら言ったところで、また僕に電流が走った。

 すぐに池内浩二くんが後ろを向いて、ゴメンのポーズをしたんだけども、

「ううん、教えてくれて有難うございます。そんな余計なことしてみたいな顔をしないでください」

 と言うと、池内浩二くんはホッと胸をなでおろすような顔をしながら、また前を向いた。

 どうやら礼節のようなものには敏感みたいだ。また自分の予測を越えるような範囲を動くな、という束縛したい思いが込められているみたいだ。

 旧校舎を歩いたことをどう判断しているかは、きっとAIとかで判断しているんだろう。

 高性能のGPSで一発だろうし、僕のこのスマホをハックしていることは明確なので、歩数でも分かるだろうし。

 スマホを机に置いて移動していても多分意味は無いと思う。何故なら既にハックされていて、個人情報は筒抜けだろうから。

 狭い範囲では意味こそあるかもしれないけども、大勢からしたら意味が無いということ。その瞬間は離れられても、長い生活を考えたら、ずっとスマホを机に置いておくは不用心、極まりない。

 また表情によって電流が流れるというヤツは、AIは表情認証などもできるので、教壇から席に対してカメラでずっと撮影していれば可能だろう。

 つまりこの教室はAI技術を使った恐怖政治国家のようなものなのだろう。

 六限目のチャイムも鳴り、僕たちはそのまま理科の授業を受けた。

 できるだけ表情を崩してはいけないし、溜息なんてもってのほかだ、そもそも溜息とかなら表情だけじゃなくて音声も作用しているだろうし。

 とは言え、何も考えていなければ、呼吸も簡単だけども、なんというか『ちゃんと呼吸しなければならない』と思っていると急に難しくなるもので。

 意識してやったことが無いので、改めて意識するとおかしくなるというか、と、まごまごと脳内で考えていたからかもしれない。

 また僕に電流が流れて、つい「あぁっ!」と声をあげてしまって恥ずかしい。

 すると僕をイジメていた子が笑ったと思ったら、すぐに「うわぁぁああああああああああああああ!」と声を荒らげて、その子にも電流が流れたんだろうと思った。

 とにかく今は勉強に集中しなければ、せめて真面目な表情を、と思っても、それはAIが見抜いてしまうかもしれない。とにかく無心で勉強するしかない。

 なんて、ことができるなら苦労はしないって感じで、また違うことをぐるぐる考えてしまった結果、この理科の授業中はさらに三回電流を喰らってしまった。

 授業も終わり、ホームルームはそのまま授業の流れで始まった。

 先生はずっと同じ調子で、淡々と述べる。

「さて、近藤俊哉さんも急なことで分かりづらかったところもあると思うので、改めて説明させて頂きます」

 何を今さら、と挑発的な言葉が浮かんだら、すぐに電流が流れて、あぁ、人間ってこんなに顔に出るもんなんだなぁ、と思った。

「授業に真面目に取り組んでいなかったり、攻撃的なことを考えている人には電流を流します。毎日リセットされるものの、回数が増えていくにつれて、電流は強くなっていきます」

 やっぱりそうだったんだ、何回やられても慣れないのはこういう状況のせいなのかなと思っていたら、強くなっていたんだ。

「私は常に監視しています。逃げられないと思ってください。皆様、六人が真面目に授業を受けられるようになるまで、いいえ」

 と言って、少し間をつくった先生。

 一体何を言うんだろうと思っていると、先生は改めて口を開いた。

「六人がまともな人間になるまでやめることはありません。以上」

 まともな人間……! なんというか、正解がザックリとしている。

 一瞬答えがあるようで、そんなもの絶対無いじゃないか。

 というかどこを見たらそれが分かるようになるかも不明瞭だ。それともAIで心の奥まで見ることができるということなのかな。

 何か脳波とかを測る機械が机やイスに設置されていたりするのだろうか。

「では下校してください」

 そう言うと、先生は足早に教室をあとにした。

 じゃあ一応また教科書を全部持って帰ろうかなと思っていると、みんなそうやっていて、当然ながら置き勉はやっちゃいけないみたいだ。

 前の席に座っている池内浩二くんが僕のほうを見ながら、

「これからよろしくな!」

 と手を差し出してくれたので、僕は自分の手汗を少し気にしながらも、握手をすると、池内浩二くんはニッコリ微笑んでくれた。

 何だか良い人そうで、だからこそ何でこんな教室にいるんだろうと思ってしまった。

 池内浩二くんとはバイバイして、僕は、僕をイジメていた子の前を素通りしようとすると、じっとりと僕のほうを見ながら、そのまま真後ろをピッタリキープして歩いてきて、何だか不気味に思えた。

 僕は靴を履き替えて、そのまま校門をくぐったところで、その僕をイジメていた子……いや、片井陣くんが僕のランドセルを掴んだんだろう、僕は前に進めなくなった。

 振り返ると、案の定、片井陣くんが僕のほうを睨みながら、掴んでいて、つい僕は弱々しい声で、

「やめてくださいっ」

 と言うと、片井陣くんはランドセルを強く引っ張って、僕の態勢を崩してから、即座に肩をパンチしてきた。

 痛い。鈍痛が肩関節に響く。

 それをあわあわしながら見ている、同じ教室にいた二人の子ら。

 一人の子は無視してどんどん先へ歩いていった。

 片井陣くんはデカい声で叫んだ。

「テメェのせいで電流喰らったじゃねぇかぁぁああああああああ! 邪魔なんだよ! クソグズがぁぁあああああああああああ!」

 僕は思い切りお腹を殴られて、まさかここまですぐにエスカレートしてくるとは、と何だか逆に冷静に思ってしまった。

 そんな時だった。既に前方にいたはずの池内浩二くんが踵を返して、こっちへ向かって走り込んできた。

 僕はもしかして助けてくれるのかも、と思っていると、池内浩二くんは僕の隣を颯爽と通り過ぎて、片井陣くんに向かって、なんとドロップキックをしたのだ! 打点の高い、肩の位置へ!

「どーん!」

 池内浩二くんはそう言って、綺麗に着地し、対する片井陣くんは思い切り吹き飛ばされ、その場に倒れ込んだ。

 池内浩二くんはバイバイした時の笑顔のままで、なんとその倒れている片井陣くんに対して、踏みつけ攻撃をお腹に!

「ちょっと! やり過ぎだよ!」

 と僕が池内浩二くんを止めようとすると、池内浩二くんは柔らかい笑顔で、

「あれ? また俺やり過ぎてる? でも俊哉も困っていたでしょ?」

「困っていたけども、さすがにそこまでは!」

 とつい僕は大きな声を出してしまうと、

「いやでも何かやられてたんでしょ? じゃあこれくらいしてもおkじゃね?」

「いやいや! さすがに踏みつけまでは危険だよ!」

 とタメ語で何か言ってしまうと、池内浩二くんはう~んと唸ってから、

「まあ次から気を付けるわ、と言ってもできた試し無いけどね」

 と笑ってから、また踵を返しながらも、

「今度こそ、バイバイ!」

 と言ったので、僕も合わせるように「バイバイ」と言ったんだけども、多分顔は引きつっていたと思う。旧校舎の中だったら電流流されていたと思う。

 その後、片井陣くんはゆっくり上体を起こし始めたので、まあ大丈夫っぽいし、これ以上絡まれないためにも僕は急いで帰路に着くことにした。 

 なんとか家に帰ってくると、鍵が既に開いていたようで、一回自分で鍵を閉める形になってしまって、玄関で慌ててしまった。

 その時だった。

 もしかするとチロに危害が加えられているのでは、と思って、急いで家の中に入ると、共働きのはずの両親が既に家にいるだけで、チロは可愛い顔でこっちへ寄ってきた。

「何でお母さんもお父さんもいるの? 仕事じゃないの?」

 と聞いたんだけども、お母さんもお父さんも少し唸り声をあげるだけで、一切喋ってくれない。

 あまりの異様さに僕は閉口してしまい、自分の部屋へチロを連れて戻ることにした。

 久しぶりの授業で、ちょっと進んでいたこともあり、復習をしていると夕ご飯の時間になり、いつも通り、総菜パンをレンジで加熱しようと思っていると、なんとお母さんが料理を作ってくれていた。

「ありがとう! お母さん!」

 と言ってもお母さんはコクンと頷くだけで、何だか、いや相当おかしい。

 お父さんも一緒に食事をするわけだけども、誰も何も喋らない。

 夕ご飯ってそういうものなのかな? 両親はいつも、平日は勿論、土日もいないので全く分からない。

 ご飯を食べ終えて自分で洗おうとすると、お母さんが、

「私が洗うから、お風呂沸いてるよ」

 と必要最低限の言葉しか言ってくれないんだけども、その声は何だか震えていた。絶対何かあるし、どう考えてもAIが監視しているんだと思った。

 でも両親に対しても? ということは命令以外のことをすると、お母さんもお父さんも電流を流されてしまう、とか?

 そう考えたら、もう迂闊に会話なんてできない。

 僕は言われた通り、お風呂に入ったら、すぐに自分の部屋へ戻り、復習をすることにした。

 家にいる時も監視されているかもしれないし、僕の行動によって両親に被害が及ぶかもしれないので、夜は早めに寝て、次の日に備えた。

 それにしても、と、ふと思ったのは、あのチロの正面からの画像はAIが生成したモノなのかもしれない、ということ。

 横顔だけでも画像として取り込めれば、AIなら作れるだろうし。

 とはいえ、その確証は無いし、両親はおかしいし、中学校へ行くということは変えられないけども。

 ささっ、ランドルセルの準備が終わったら、もう早く寝よう。

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