第2話

 アコちゃんは元の明るい性格に戻った。ユリカちゃんはサトルくんよりも、アコちゃんとばかり話すようになり、サトルくんは好きな子を取られたような寂しい気持ちになったそうだ。


 アコちゃんは手が元通りになったら、またピアノを習いたいと言った。アコちゃんがピアノをやっていたのはサトルくんは初耳だった。元気よく走り回っているイメージしかなかったから、それは驚いたそうだ。


 サトルくんを含むクラスの何人かが、ユリカちゃんやアコちゃんに、手は戻らないよと言っても、2人は強く否定した。

 

 サトルくんは心配になって、親に相談をした。他の児童も同じことを考えたようで、クラスの保護者会の時にその話題になったそうだ。

 ユリカちゃんとアコちゃんのお母さんも来ていたが、アコちゃんの親までも感化されて、娘の手は治ると言い張ったそうだ。それどころか、亡くなった夫が帰ってくるとまで言い出して、保護者会は荒れたという。

 誰がどんなに言っても、2人は考えを譲らなかった。

 



 サトルくんはユリカちゃんに聞いた。

「来年の7月に、今まで死んだ人が全員、生き返るの?」

「全員ではないよ。さすがに平安時代の人とかは無理だよ。3年以内に死んだ人のみだよ」

「何で3年なの? 聖書には、そういう事は書いてなかったよ」

 サトルくんは気になって、聖書を買って読んだのだ。ユリカちゃんの言う、この世が天国になって怪我や病気が治るとか、3年以内に死んだ人が生き返るとか、どこにも書いてはいなかった。


「私もよく分かんないけど、お父さんとお母さんが3年以内と言っていたから、きっとそうなのよ。それに聖書と言ったけど、私たちはキリス◯教徒ではないのよ。いくつもの色んな宗教を参考にしているから、私たちの教えは視野が広くて深いの、そして正しいの」

ユリカちゃんは堂々としていたが、サトルくんは不安だった。

 来年に奇跡が起きなかったら、ユリカちゃんが皆から嫌われると思ったからだ。好きな女の子が嫌われたら悲しい。


 周囲の人たちも色々と心配していたが、彼らは聞く耳を持たなかったので、来年になれば分かることだからと、周囲は見守ることにした。


 学校でも2人が、手が元通りになったらピアノの難曲に挑戦したいなどと話をしていたが、もう誰も突っ込まなくなった。


 

 サトルくんのお母さんは、アコちゃんのお母さんと交流があった。だから色々と情報が入ってきた。

 それによると、手が治った時にすぐに弾けるようにと、今からピアノを再開したという。ピアノの先生には何と説明したのだろうか?

 また、お父さんが生き返った時の為に、一通りの洋服を買い揃えたそうだ。

 サトルくんのお母さんは、

「言っても無駄だから黙っているけど、すごく悲しく思う」

と、気持ちを息子に打ち明けた。



 サトルくんたちは中学生になった。

 ユリカちゃんは私学に行き、サトルくんとアコちゃんは、同じ公立中学校に行った。

 

 アコちゃん親子は相変わらずだった。

 別の小学校から来た生徒たちには、サトルくんたち同じ小学校メンバーが事情を話して、アコちゃんには何も言わないでもらうようにした。

 否定されていないと思ったのか、アコちゃんは、

「今年の7月に『アンゴルモアの大王』というのが蘇って、この世は本当の幸せを知るのよ」

とクラスの皆に言っていた。



 7月に入った時、アコちゃんは嬉しそうだった。

 7月の後半、夏休みに入る前も、

「アンゴルモアの大王は、まだかな?」

とウキウキしていた。


 そして何事もなく7月は終わった。


 サトルくんは夏休みで良かったと思った。アコちゃんの顔を見ないで済んだからだ。どう接して良いか分からない。

 アコちゃんママも、特に見える所では騒がなかったので、平和に終わったと思ったそうだ。



 だが、ユリカちゃんの家では騒動が起きていた。

 アコちゃん親子や、それ以外でもユリカちゃん一家の教えを信じた人たちが、家に突撃にしたそうだ。ユリカちゃんママはアタフタしただけで、ユリカちゃんパパは必死に言い訳をしていたという。その横で、ユリカちゃんは泣きながら謝っていたらしい。

 


 その後は居づらくなったのか、どこに行くとも言わずに、一家は引っ越した。そして今に至るまで、サトルくんはユリカちゃんに会えていない。噂を聞くこともない。



 新学期になって、アコちゃんが不登校にならないか、サトルくんたちは心配した。だが、それは杞憂だった。クラスの女子が一団となって励ましの電話を入れたのだ。クラスで示し合わせてもいたので、誰も予言の話はしなかった。



 左手は元に戻らなかったけど、アコちゃんは吹っ切れたのか、明るいままだった。ピアノも辞めなかった。


「左手を失っても、ピアノは弾ける」

そう言って、今でも片手でピアノを楽しんでいる。

 それだけは、救いだった。



 それにしても、『ノストラダムスの大予言』とは何だったのか? 

 ユリカちゃん一家だけではなく、他でも騒動はあっただろう。

 そして定期的に、終末予言が流行るのは何故なのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンゴルモアの大王 太山ライリ @riley1008f-story

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ