アンゴルモアの大王
太山ライリ
第1話
皆さんは『ノストラダムスの大予言』というものをご存知だろうか?
『1999年、7の月、空から恐怖の大王が降ってくる……』とか『アンゴルモアが……』とかいうような内容で、99年当時は、人類が滅亡してしまうと騒いでいる人もいた。
勿論、人類はまだ滅亡していない。
※
1999年より2年前の97年、サトルくんは小学校5年生だった。
ノストラダムスの大予言が流行り、後2年で人類は終わる……そんな噂が世界中で話題になっていた。
サトル君はあまり興味はなかったが、クラスメートと時々、そんな話で盛り上がることもあった。もっとも恐怖を感じても、それは一時的なもので、生活に支障はなかった。
同じクラスにユリカちゃんという、美人だけど、大人しくて目立たない女の子がいた。サトルくんが前々から気にしていた子で、5年生のクラス替えで、初めて同じ組になれたのだ。席も隣で、嬉しくてたくさん喋りかけた。
ユリカちゃんは、自分からはあまり話さないけど、サトルくんの話は真剣に聞いてくれて、笑う所では必ず笑ってくれた。サトルくんを“とても面白い人”と評価もしてくれて、だから益々彼女を好きになったという。
※
ある日曜日、サトルくんが家族と家にいると、突然、ユリカちゃんがお母さんと共にやって来た。
「こんにちは、サトルくん。学校ではいつも有難う」
ユリカちゃんは白い帽子とワンピースで、めちゃくちゃ可愛かった。隣にいるお母さんも白っぽい格好で、
「こんにちは、ユリカの母です」
と、頭を下げた。そしてサトルくんのお母さんに、
「世の中の様々な宗教から、真実を見つけるという教えをやっています。一緒に勉強をしてみませんか?」
と、満面の笑顔で誘ってきた。
しかしサトルくんのお母さんは、
「そういうのは結構です」
と、ピシッと断り、ユリカちゃん親子は帰って行った。
翌日学校で、こちらは悪くはないと思いながらも、サトルくんはユリカちゃんに謝った。嫌われたくなかったのだ。ユリカちゃんも、こちらこそ突然ゴメンネと謝ってくれた。
ユリカちゃんが言うには、家族で色々な宗教を合理的に纏めて、それを教えとして広めているそうだ。だから宗教に入っているというよりも、お父さんやお母さんが教祖ということなのだろう。布教は特に、お母さんとユリカちゃんの2人でやっているという。
その後、サトルくんはユリカちゃんの家に何度か遊びに行った。いつもリビングには大人が数人いて、お母さんが独自の教義を説いていたという。
※
1年後、サトルくんは6年生になった。
ユリカちゃんとは相変わらず仲良しだった。
ある日の休み時間、クラスで『ノストラダムスの大予言の話』になった。今までも話題になってはいたが、この日は少し違った。
前日にテレビで取り上げられて、クラスの全員が見ていたのだ。その余韻が残った状態だったからか、本当に人類が滅んだらどうしよう!なんて本気で心配している子もいた。
クラス全体が興奮していると、突然アコちゃんという女の子が、
「別にいいじゃん、皆で死ねたら怖くないよー」
と叫んだ。
見るとアコちゃんはボロボロと泣いている。
アコちゃんは4年生の冬に交通事故に遭い、左の手首から先を失っていた。一緒にいたお父さんは即死だった。
元は明るく元気が良くて、クラスの中心人物だったが、事故の後からは無口になっていた。
「お父さんは死んじゃったし、私の手はこんなだし、もう私はどうなっても良いの。全て諦めているから……」
事故からずっと苦しんでいたのだろう。皆は泣いているアコちゃんの気持ちを思い、一斉に話を止めた。
「「…………」」
気まずい沈黙を破ったのは、ユリカちゃんだった。
「大丈夫よ、1999年になっても世界は滅ばないわ。アンゴルモアの大王が蘇って、この世が天国になるのよ。すべての病気や怪我が治るの。だから、アコちゃんの手も元通りになるのよ」
はっ?という感じで皆がユリカちゃんを見た。そりゃそうだろう。
「アコちゃんの左手、ちゃんと治るから!」
ユリカちゃんは、澄み切った無邪気な笑顔でそう言った。
「何言ってるの!」
サトルくんは慌てた。周りもざわつき、
「変なこと、言っちゃいけないよ」
「言って良いことと悪いことがあるでしょう」
「だいたい、アンゴルモアの大王って何よ?」
クラスメートが責める中、アコちゃんだけは目を輝かせた。
「ユリカちゃん、それ本当!?」
「本当よ、アコちゃん」
それから2人は仲良くなった。
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