うめる
理性は私をいつも苦しめる
世の法律もそう
私の言動を縛って楽しいか?
殺意が湧くのは仕方の無いことだろう
どう足掻いても合わない人はいるのだから
5歳の時から世界で一番嫌いな人間は妹だった
毎晩一緒にテレビを見て
休みの日には必ず家族で出かけた
タイヤの大きい父の愛車
小さい私を少ない力の全てを使って
兄は後部座席に乗せてくれた
優しくて強くて面白い
そんな兄が世界で1番好きな人間だった
退院後母が家に帰ってきた日
あれから兄は変わってしまった
パッチリとした一重
スっと筋の通った綺麗な鼻
バランスの良いほわんとした唇と頬
絵に描いたように綺麗で柔らかい輪郭
全て私に無いもの
確かに可愛く整った赤ん坊だった
何処から遺伝したのかは分からない
ただ1つ言えるのは
それが兄を変えた原因ということ
喧嘩など1度もしたことがなかったのに
嫉妬心から来た怒りと悲しみを
幼いながらにぶつける方法が暴言だった
変わったのはきっと私も同じ
「お兄ちゃん、子律の事きらい?」
生まれて初めて問うた言葉
「お前なんて最初から大嫌い」
そして生まれて初めて刺された言葉の
仲の良い3人兄妹なんてものは疾うに失せていた
妹が家に来たあの日から2人と1人
そう決まっていた
私が大好きだった私だけのお兄ちゃん
どこへ行ったの?
妹が来てからだ
なら全部お前のせいだ
この日を境に妹が大嫌いになった
中学生になっても変わらない
容姿端麗という言葉が似合う
だがずっと甘やかされて生きてきた
我儘で短気で歪んだ性格
より一層妹が嫌いになった
中学2年生になる春
コロナの影響で2ヶ月間の休校措置が取られた
私の両親は共働きで昼間は兄妹3人だけだった
平日は毎日昼食は私が作っていた
まだそんなに慣れていない3人分の料理
2時間程の時間をかけて
今出来る精一杯の料理
兄はいつも部屋にこもってゲームをしている
家事など全くやらない
妹もいつも部屋で絵を描いたり人形遊びをして
家事はもちろん課題も全くやらなかった
料理をするだけなら別に問題なかった
でも違ったんだ
私の料理に兄は必ず何かしらケチをつける
「お粥みたい」
「クソ不味い」
「俺の方が美味く作れる」
最初こそ反論していたが
2週間もすれば何も感じなくなっていた
事実、私が悪いんだ
そう思っていた
ある日母が友人とディナーに行くからと
夕飯の準備を頼まれた
今でも鮮明に覚えている
作ったのは間違いなくカルボナーラだった
久しぶりに父に料理を食べてもらう日
いつもは牛乳で作るが
あの日は少し贅沢に生クリームで作っていた
隠し味にピンク岩塩と練乳を加えてコクを出す
クリーミーだけれどしつこくない
今でも私の1番得意な料理
匂いにつられて父と妹が走ってくる
4人で机を囲んで笑顔で食べ始めた
「味うっす、カルボナーラすら作れねぇのかよ」
兄の言葉で全員の笑顔が引いた
「そんな言うことないだろ、美味しいと思うよ」
父の言葉で私の顔が紙のようにぐしゃっと崩れた
「いつも部屋でゲームばっかして私の料理なんて文句しか言わない、洗濯も片付けもみーんな子律がやってるのに。この休校期間家とか私たちのためにお兄ちゃんなんかしてる?簡単なものだとしてもご飯作ってもらってるんだから1回のありがとうくらい言ってくれればいいじゃん。そんなに私の料理が不味いならもう二度と口にしないで。私ももうお兄ちゃんの分は作らないし買い出しにも行かないから全部自分でやって。」
一言一句間違っていない。
景色と共に残る鮮明な記憶。
生まれて初めて食べ物を粗末にした日だった。
兄の食べていたカルボナーラ。
食器もまるごと思い切り床に投げつけた。
私の労力が全てお皿と共に砕け散った気がした。
次の日、妹は昨日の事を何も知らない母と一緒にカフェへ出かけた。
父は今日も仕事だ。
兄と2人きり。
いつもはだだっ広い吹き抜けのリビング。
でも今日は逃げ場のない洞窟のように感じた。
「お前のせいでお父さんに怒られた」
「お前のせいで足を怪我した」
「俺は年上だ、家事はお前がやって当然」
痛かったなぁ。
年が4つも上なんだもん。
20cmくらい差があるんだよ。
男性で力もうんと強いんだよ。
お腹を殴られて隣の和室まで転がって。
立ち上がってすぐ肩を持って突き飛ばされて。
片付けの出来ていなかった和室。
妹の人形や私の教材が散らかっていた。
身体中が痛んだ。
でもどこよりも頭が痛くてたまらない。
兄の言動全てに腹が立って仕方がなかった。
「殺してやる」
生まれて初めての殺意
そしてこれがきっと最後の殺意
痛む身体を感情と共に抑えながら引きずって
嫌々ながらたっていたキッチンへ笑顔で向かう
シンク下の引き出し
包丁が4本刺さっている
毎日使っていた子供用で丸い刃先の赤い包丁
今までの怒りや悲しみを全てこの包丁に込めて
大好きだった兄の腹部へ向かって刺した
白い体操服が赤色に染っていく
笑顔で涙を浮かべて絶望していた
あの気持ち悪い空気と感情
きっと忘れる事など出来ない
皆が帰って来る前に隠さなきゃ
リビング同様だだっ広い庭
そこに繋がる扉を全開にして
桜の木の前のスペースに大きく穴を掘った
どうかお隣さんが留守でありますように
どうか後ろの家の人が留守でありますように
どうか母と妹のカフェの会話が弾みますように
どうか父の仕事が長引きますように
そう強く願いながらシャベルに体重をかけ続けた
扉から出た所にある簀子のような場所
そこにホースで水を流し続ける
血が着いて残ってしまわないために
重たく大きい兄の足を引っ張って
さっき掘った穴へ落とす
掘り出した土を戻し
少し浮いてしまった部分を誤魔化すために
ホースを向けて水浸しにした
リビングにあったカーペットは洗濯機へ
夏用の網目の荒いカーペットを代わりに敷いた
刃のせいか血のせいか土のせいか
手が鉄臭い
ガチャッ……チャランチャラン
二人が帰ってきた音だ
母の車の鍵の音
楽しそうな表情が固まる
不思議そうな顔をした母へ
「あぁ、お兄ちゃんなら友達と遊びに行ったよ」
これが私の最初で最後の兄の嘘だった。
埋める 子律 @kor_itu-o
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