1-4 宇宙人の導き
『おーいほらほらこっちだよーん』
「くっそ! 必死こいて走ってる時に見ると異様にムカつくなあの顔!」
ネズミを追いかけるネコのカートゥーンアニメを連想しながら、必死に黒い犬を追いかける。既に、最上階である十階を折り返して、今は七階にいる。足場の悪さも手伝って、だんだんと体力の消耗を意識せざるを得なくなる。
例のアニメと違って現実の厄介なところは、障害としてゾンビが立ちはだかること。簡単に砕ける紙装甲のくせして、無造作に放たれる攻撃は、コンクリートを易々とぶち抜く。原理はわからないけど、超能力の一種だと思うことにする。おかげで警戒を解くことが出来ず、立ちはだかるようなら丁寧に相対し、破壊するしかない。
こうして、頭がおかしくなりそうなことがいっぱい起きている中で、こうも落ち着いていられるのは、きっとウチの庭にミサイルが落とされたからだ。おかげで、変な出来事に耐性が生まれたんだろう。ちっとも嬉しくないけど!
「テオ! 早く追いついて! 早く!」
「わ、わかってる……!」
ぼくの肩に乗っているネコザルが、徐々に興奮し始める。もし、ネコザルが人間だったら、きっと鼻息を荒くしているところだろう。
「感じるの……もし、あいつの御主人とやらが、協力してくれるなら、絶対に強いって!」
黒から赤。文字通り、ネコザルの目の色が変わった。あまり、いい予感はしない。
『さて、と……』
黒い犬は、七階の端の部屋である、712号室の前で立ち止まった。そこは、高齢者や障碍者等、生活をするのに誰かからの介護が必要な人に割り振られる部屋で、他の部屋よりも扉や間取りが大きく設計されているらしい。
『どうやら、お前さんらは、あいつらとは違うらしい』
「急に、どうしたってんだよ……」
『悪かったな、試したりして。ここいらで、本当の目的を果たすとするかね』
黒い犬は座ったまま浮かび上がり、後ろに下がる。すると、712号室のスライドドアが、ひとりでに開いた。
『ちと気分が悪くなるか知れねーけど、ま、気にしねーでくれ』
そう言い残し、黒い犬は消えた。
「……おいおい、ウソだろ……?」
本物の幽霊だったのか? 全身が冷え切って、身震いする。
「ここ……ここだよ……」
しかし、ネコザルはそんなこともお構いなしに、712号室に入っていく。ぼくは妙だとは思いながらも、ネコザルのことが心配で、そのまま後に続く(行儀悪いが、靴を履いたままで)。
そして、広い部屋に入ったところで、絶句した。
「すごい……宇宙人! 本物だよ!!」
ぼくと同じものを見つけたネコザルは、それをまじまじと眺めながら、狂喜する。サイコキネシスでペンライトを天井まで持ち上げたから、照明をつけたように部屋に弱くとも光が行き届く。おかげで、改めて全容を確かめられた。
「ミイラ……なのか……?」
限界までやせ細った人間が、茶色くなったような、そんなもの。だが、頭蓋骨の形が、人間のそれとは異なる。目の前のミイラは、目や鼻、耳といった三半規管にあたる部位も骨で埋められている。
「うぇっ……」
こんなの、見てらんないよ。けど、放っておくわけにもいかないから、とりあえずいろんな角度からスマホで写真を撮る。
そんなぼくとは対照的に、ネコザルは興味深そうに遺体を見ている。今の彼女は、何かおかしい気がする。
「ネコザル……ちょっと、いい?」
なんとか言葉を絞り出すと、ネコザルはぼくの様子を意にも介さず、「何?」と尋ねる。
「なんで……宇宙人の、その……死体が、良いなんて言うんだよ……? ホントかどうかもわかんないってのにさ……」
「ううん、これは本物だよ」
ネコザルは、興奮するように両腕をばたつかせる。
「ハイパーってのは超能力者みたいなもんだってのは、さっき言ったよね?」
「うん」
「でもね、地球人のハイパーは、ある生物のDNAを体に埋め込んで、地球人じゃ使えない力を使えるようにした人間をいうの」
「埋め込むって……そんな、改造手術じゃあるまいし」
「ケースバイケースだけど、そういう事例もあるね」
ネコザルはあっけらかんと語ると、改めて死体を観察する。
「そんで、こっからが重要。その、埋め込まれたDNAって、何の生物だと思う?」
「……目は口ほどに、とはよく言ったもんだ」
「そっ。それがこの宇宙人……テラスターマンなんだ」
ネコザルは吸い寄せられるように、宇宙人――テラスターマンの遺体に近寄る。
「これで……わたしは戦える。誰も巻き込まないで、自力であいつらをやっつけられる……! 今度こそ……!」
ネコザルにかける言葉が見つからなかった。
『彼女』が、どんな目に遭って来たのか、詳しくは知らない。訊いても、曖昧な返事しかしてくれなかったから。きっと、気軽に話せるようなことじゃないってことなんだろう。あるいは、無理に訊いてしまうと、何か危険な目に遭うかも知れないということなのかもしれない。
ネコザルが、ぼくに気を遣ってくれているのは理解できる。
それでも、ぼくは言葉を失いながらも、遺体に近づくネコザルの背に手を伸ばす。このまま見過ごしてしまえば、きっと取り返しのつかないことになる……そんな予感がしたから。
しかし、
『あんたじゃダメだ』
「うひゃあ!!」
突如、ネコザルの体が見えない力で吹き飛ばされた。そのまま、埃だらけのキッチンのシンクに放り込まれる。瞬間、ペンライトを支える力が無くなり、落ちかけたが、また別の力が作用して持ち直す。
「な、なんで……?」
ネコザルは呆然とした様子で、起き上がる。とりあえず、大丈夫そうだ。
『俺が求めているのは……こっちだ』
「ッ!」
信じられない。思わず、目を瞠る。
遺体は生き返ったように立ち上がると、まっすぐにぼくを指差した。
『お前だ……俺は、お前が欲しい』
「ぼ、ぼく……?」
『お前の肉体が……魂が……共鳴している。感じないか?』
「い、いや……えっ?」
急に共鳴とか言われても、こっちは全然、死体に対して特別な何かを感じたりなんてしない。あえて思うことがあるとするなら、急いで警察を呼んでこのマンション全体を調べてもらいたいってことくらいだ。
しかし、遺体――いや、ここまで来たらテラスターマンか――は、両手でぼくの肩を掴んだ。意外にもカサカサした感触で、気色悪さ以上に、違和感を覚えた。
『ウっソー』
「えっ?」
『ボディ……これでようやく』
「おいおま――」
ぼくが咄嗟の一言を口出す前に、頭に痛みが走る。
そして、テラスターマンは大口を開けて、ぼくの頭を飲み込んで――
~~~~~~~~~~~~~~
何も見えなくなった。
聞こえなくなった。
匂いを感じることも出来なくなった。
体が動かなくなった――いや、無くなったと言った方が良いかもしれない。
ぼくは、この世から消えてなくなった……とでもいうのか?
ふと、暖かみを感じる。
水が肌に染みこむような感覚に身を委ねたくなったが、すぐにそれが危険なものだと気づく。
何か、自分という存在そのものを飲み込むような、大きな存在を感じる。
「そうかい、テオバルト……テオ。お前は、そういうヤツか。なるほどね」
そいつは、ひとりで勝手に納得している様子だった。
でも、ぼくはそれに何か言うことも出来ず、ぼんやりとした気分になる。このまま、溶けて無くなるような気がして……でも、それ以上は考えられなくなって……。
「うん……へぇへぇ……むふふ……うわぁ……」
……と思ったけど、なんかムカついてきた。
見えないところに誰かいる。そして、そいつは何やらぼくのことを調べている様子だ。自分の知らないところで勝手にアルバムを見られているような、そんなカンジがして、むず痒くなる。
「あ、ヤベ。起こしちゃった。……うん、でも……うん、なんなのお前?」
うるせぇー。
「欲しい女がいて、でもどこにいるかもわからんで、でも諦め切れんで。見つけようと思っても、何話して良いかわからんから、本番声が出なくなった時に備える意味でも、気持ちを文字に書いてラブレターにして渡す、か……うん、全身痒くなってきた。ケツの穴掻きまくって切れ痔になっちゃいそうだわ。でゅふふ」
なんだろう? 急に殺意が湧いてきた。もしも体が動くなら、すぐにでもそいつを抹殺してやりたい。本気でそう思えるようになってきた。
「くははははは! でも、この程度の発破をかけただけで、ここまで心を燃やせるヤツがいるのか。……うん、やっぱ気に入ったぜ、オメーをよぉー」
瞬間、自分が地球を見下ろしながら、宇宙空間を浮かんでいることに気付いた。
いや、これはあくまで心象風景のようなもので、実際に宇宙にいるわけじゃない。そう理解する。
「メーイクアーップ」
目の前に光が生まれ、そこから銀色の体をもったヒトが現れた。目元には赤いトゲトゲの吹き出しのような模様が張り付いており、口元は青いマスクのようなもので覆われている。そして、胸の中央には虹色の輝くダイヤのようなものが埋め込まれており、そこから全身にかけて、金色のラインが伸びている。
「テラスターマン……?」
「俺のことは、イーサンって呼べ。おそらく、地球人で一番の勇気と狂気を持っていた男から拝借した。ホントの名前は別にあるけど、地球人の五感じゃ再現出来ねーからな」
目の前の宇宙人は、どこで映画を見たんだろう? ツッコみたかったけど、話の腰を折ってしまいそうなので、グッとこらえる。
相手の要求を呑むのはなんとなく癪だけど、他に呼び方もわからないから、やむを得ない。
「えっと、イーサン? ……あんた、ぼくに何をしたんだ?」
「体を乗っ取ろうとした」
「おい!?」
いきなりとんでもねーな。
「けど、やめた」
「やめたって……」
「お前は、そのままの方がおもしれー! そう思った」
イーサンはそう言うと、ぼくの肩を馴れ馴れしく叩く。
「そんで、お前の恋路を応援することは、俺の目的を果たすこととイコールになる。それが今、わかった」
「はいっ?」
予想もしないカミングアウトに、思わず素っ頓狂な声が出た。
「いろいろ聞きてーこともあるだろうが、お前の女の気持ちも考えずにアレコレ言っちまうのはフェアじゃねーからな。とりあえず、必要なことだけ伝えとく」
イーサンはそう言うと、自身の胸についたダイヤモンドを取り外した。それに伴い、彼の肉体の金色のラインが消える。
「お前に、俺の力をくれてやる」
「力って……もしかして――」
「ハイパーだっけか? お前も、そいつの仲間入りを果たすってわけだな」
「なんで、そんな――」
「いろいろ理由はあっけど、そこも追々な。けど、お互いに悪い話じゃねーはずだ。それも、直に理解できるだろーよ」
返事を口に出す前に、イーサンのダイヤモンドがぼくの体に吸い寄せられるように接近し、溶け込んだ。ぼくは、体全体が熱くなるのを感じる。同時に、両手に何かを現れたのを感じ、握り締める。
それは、見慣れたモンキーレンチだった。ただし、ただの鉄の塊じゃない。
右手は黄金、左手は虹色に輝くレンチを、それぞれ握っている。
「ゲームに例えるなら、金は身体能力の強化で、戦うために必要なスタンダードな能力。虹色は魔法を使うための媒体ってところだ。今のお前の在り方に沿って調整したもんだから、自然と馴染むだろ?」
「うん……!」
例えられるまでもなく、体が自然と受け入れていた。
イーサンの力を受け継いだことで生まれ変わった、新しいぼくを。
「んじゃ、ひとまず戻るぜ。あの子……人形のヤツには、上手い事言えよな」
そのイーサンの言葉を合図に、一気に視界がブラックアウトした。
~~~~~~~~~~~~~~
気付けば、ぼくは廃墟の中の712号室に戻っていた。スマホを見ると、時刻はここに立ち入ってから、あまり経過していない。
どうやら、さっきの会話は、一瞬の出来事だったようだ。
「ね、ねぇ……テオ?」
振り返ると、ネコザルが呆然とした様子で、ぼくを見ている。
「どうして……遺体が、テオにしがみ付いたと思ったら、急に消えちゃった……なんで?」
「……うん、その辺の説明は、後でする」
ぼくは、宙に浮かぶペンライトを手に取り、ネコザルを抱える。そして、改めて彼女にペンライトを託した。イーサンの意図はわからない。ただ、少なくとも今まで見た誰よりも、ぼくはまだマシだった……そういうことなんだと思う。
「帰ろう。もう、ここには用はない」
「えっ? え、え、えっ?」
困惑するネコザルをそのままに、ぼくは部屋を後にする。帰りの道中、ゾンビたちはいつの間にか姿を消していた。もしかしたら、あれはイーサンの仕業だったのかも知れない。用のないヤツが。不用意に近づかないようにするための、ね。
玄関口を出る。念じて、左手に虹色のレンチを召喚し、握る。そして、それを媒体に、サイコキネシスで監視カメラを破壊してやった。下手に気を遣うのがめんどいから、悪いけど強行突破させてもらう。今度は浮遊して宙を歩き、有刺鉄線のバリケードを飛び越えた。
「テオ……あなた、まさか――」
「だから、後でね」
呆気に取られた様子のネコザルをあえて無視して、ぼくは悠然と廃墟を後にした。本来の目的を忘れていたことにも気付かなかったが、そんなことは些末なものだ。
もう、ここから怪しいヤツの噂が出ることはないだろう。
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