クロエside ざわめく乙女心

 今日は、いろいろあって疲れたなぁ。

 テオったら、ホテルに着いた後、あの廃墟で起こったことを簡単に説明してくれたけど、終わったらすぐに寝ちゃった。

 やっぱり、テオはハイパーになった。テラスターマンの遺体が無くなって、しかもテオが超能力を使ってたから、「もしや」とは思っていたけど、本当だったとは。

 正直、複雑だなぁ。同じ悩みをもつ仲間が出来た嬉しさと、巻き込んじゃった後ろめたさがちゃんぽんになって、どう受け止めて良いか、わかんなくなっちゃってる……。

 あ、もう……テオ、いくら寒くないからって、せめて掛布団くらいかけないとダメよ? この辺はイーストランドでもあったかい地域だから、風邪を引くことはないと思うけど、今の季節は気温差が激しいから、油断してるとすぐ体調を崩すんだから。

 まぁでも、布団をかけるくらい、今のわたしでも余裕で出来る。体がちっちゃくても、サイコキネシスを使えばあっという間なんだから。

 ……うん。こういう時、元の体を使えないのは、おもしろくないなぁ。せっかく男女ふたりっきりで、ラブホテルまで来たってのに……。もっとも、今のテオがわたしを女の子として見てくれているかどうかは、甚だ疑問だけど。

 だから、わたしはテオに、自分がクロエだってことを話せないでいる。ネコザルなんて、マヌケなあだ名を受け入れたのも、それが原因。

 今の状況は、必要な選択を取り続けた結果で、最善のものだと信じてるけど、デメリットもちゃんとあるんだよね。

 元の体に戻れるか、今から心配だなぁ……。

 

「お悩みかい、嬢ちゃん?」


 あら? あなた、あの時のテラスターマン?

 今、どこにいるの? 隠れているってわけじゃ、なさそうだけど。


「今はまだ、テオバルトの中だ。少しずつでも、こいつの体に俺の力を馴染ませなきゃならねーからな」


 そうなんだ。お疲れ様。


「おうよ。しっかし、今さらだけど悪かったな。乱暴な真似しちまってよ」 


 そうね、だいぶ参っちゃったわ。

 いくら痛みを感じない人形の体だからって、動けなくなるかもって恐怖はあるんだからね。


「わりーわりー。でも、俺は何一つウソをついてねーんだぜ。あんたの魂と俺の力の相性は、はっきり言って悪い。おとなしく、他人を頼れっていう、いるかどうかもわからねー神様のお告げだと思っといてくれってことで」


 それは、こっちも同じ。かなり焦っちゃってたから、いつも通りに出来なかった。

 あなたを恨むのは、筋違いだよね。


「ただ、あんたの場合、本音じゃ嬉しくてしょうがねーんだろ?」


 何が?


「テオバルトが、本気でお前を助けようとしてるってことだよ」


 そ、それは……!


「なんつーか、遺伝子レベルで、こいつは執着心が強いっつーか、頑固っつーか? とにかく、心に決めたことは必ずやり遂げようとする精神構造になってんのな。そういう意味では、コイツ以上にお前が信用していい相手は、そうそういねーぜ」


 そんなこと、あなたに言われなくたってわかってる。

 だって、見ちゃったんだから。

 あの人が、わたしにくれようとしてる物を……。


「良いねえ。それでいて、あいつは無自覚だけど、実質的にはもう告白されたようなもんだしなぁ~! 実際、どんな気分よ?」


 そ、それは……。


「それは?」


 ……嬉しいに決まってる!

 もう、忘れられてもおかしくないって、思ってたから……。

 嬉しくて、どうかしちゃいそうになったもん……。


「……その割には、スッキリしねーってカンジだな?」


 助けてほしいって、本音では思ってた。

 でも、巻き込みたくなかったって思ってたのも、ホントだから……。


「地球人特有の矛盾ってヤツだわな。いや、この場合は欲望の取捨選択が下手って言うべきか?」


 それ、どう違うの?

 

「違わねーな」


 ……バカにしてない?


「でも、お前がどうこう言う前に、あいつが先に選んじまったからなぁ」


 選んだっていうか、あなたがそうさせたんでしょ?


「拒否は出来た。その可能性も残した。それでも、テオバルトはハイパーになることを選んだんだよ。自分の意志で、選んだんだ」


 テオ……。


「お前のためだってことは確かだ。でも、それを選ぶ権利は、あいつだけのものだ。あいつに与えられた選択肢なんだから、たとえお前のためだったとしても、お前がそれを強制する権利はねーよ」


 …………。


「素直に甘えりゃ良いじゃねーか。その方が、テオバルトも喜ぶに決まってらぁ」


 テオ……。


「ていうか、お前も正体隠すつもりなら、もうちょい意識した方が良いぜ? ボーイッシュ気取ってんだろうけど、時々、素が出てることあっからな?」


 えっ? ウソ? マジで?


「マジだよ。その証拠に、薄々だけどテオバルトも、お前がクロエだってこと、無意識に感づいてるっぽいぞ。正体隠す理由が戦術的なもんならともかく、個人的な事情なら、ゲロっちまった方が早い気もすっけどな?」


 そ、それは! まだ、心の準備が……。


「それが意味あるか? って話なんだが……まぁいいや。お前らの思うようにやりゃあ良いさ。俺は俺のために、お前らを利用させてもらうだけだからな」


 あ、そうだ!

 今の言い方もそうだけど、まさかあなた、あの組織と何か関係が――


「んじゃ、もう寝ろ。俺も準備があっからよ」


 あ、ちょっと!?

 ……聞こえなくなった。言いたい放題言われて、ちょっと腹立つ。

 ばかばかしい。もう寝よ。

 テオが使っている枕の隣に寝転がり、彼の寝顔を眺める。一年近く見ないだけで、なんだかキリっとするようになった気がする。何か、覚悟を決めた人って感じ。

 今のわたしに、心臓は無い。だけど、今はそれで良いって思った。

 もし、生身の肉体だったら、今頃きっと、心臓バクバクで眠れなくなってると思うから。

 ひとまずは、目を閉じる。こんな人形身体でも、眠らなければ、心の力は回復しないから。明日から、またいろいろあるだろうから、休める時に休んでおこう。

 おやすみ、テオ。また明日……。


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