風のエントランス

堀越を見かけたのはほんの偶然だった。

僕はJR関内駅にあるカフェで打ち合わせを終えたあとで、適当に時間を潰して直帰しようと思いアーケードの方へ向かうかと思案していた。

横断歩道を颯爽と横切る姿。そのシルエットに見覚えがあり反射的に後を追った。


堀越は”血相を変えて”と形容したくなるほどの真剣な面持ちで、一心不乱に歩道を歩いていた。

僕は彼をほとんど駆け足で追いかけたけれど、声が届く範囲に追いつく前に次の信号に引っかかってしまった。

その間にも堀越はどんどん前へと進んだ。

前へ、前へ、前へ。風のように、脇目も振らず、振り返らずに。


一体どこへ向かっているのだろう?


僕が堀越と出会ったのは5、6年前だったと思う。

彼は転職する前の職場で、中途採用でまとまった人数が採用された何人かのうちの一人だ。

それなりに過酷な職場環境だから適合しない人間は次々に辞めていく。

堀越は粘り強く、辛抱強く生き残っていた。まるで春を迎えるまでじっと冬が過ぎるのを耐えている立ち木のように。


やっと信号が赤から青へ変わる頃には堀越の姿はほとんど見えなくなっていた。

僕が駆け出したのと堀越が素早く曲がり角を曲がったのがほとんど同時だった。


冷静になってみると、前職の知り合いがたまたま街で通りすがっただけで何をそこまで必死に追尾するのかわからないが、

その時の僕は意地と好奇心に突き動かされていた。


平日の夕方、といっても一般の企業や商店はまだまだ稼働中の時間帯に、二十代半ばの青年が血相を変えて向かう先がどこなのか知りたいと思うのは健全な好奇心の範囲だろう。たぶん。


繁華街からほど近くにある寂れたウィークリーマンションのある一角を抜けるともっと猥雑な界隈へと入って行った。

眉をひそめつつも僕だってこのエリアには幾度となくお世話になっている。


堀越への尾行はつづく。

僕がかつてイミテーションのスワロフスキーを車内にぶら下げていた和葉と入ったホテルを通り過ぎ、

ハルと朝まで眠らずに何時間も行為を続けたシティ・ホテルの脇をすり抜けて、

フォロワー千人超のゆずと不可解な一夜を共にしたホテル街へと到着した。


あと10メートル、といった距離のところで堀越は手を上げた。

タクシーを拾うのか?と思ったがそうではなかった。


派手なネイルと肩まで伸ばした金髪の女性とホテルの前で待ち合わせて、素早くエントランスへと消えていった。

僅か数秒の出来事で堀越が「お待たせ」と言ったかどうかまでは聞こえなかった。


僕は「なるほど」と駅から必死の形相で急いでいた理由に合点がいくと同時に、

「堀越はホモセクシャルなのではないか」という噂が職場のロッカールームで交わされていたことを思い出していた。


どうやらストレートだったらしいな。

自分の暇さ加減に苦笑いするとともに、この尾行もまったくの無駄ではなかったではないかと無理やり自分を納得させた。




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