第17話 侮り
美味しんボーイは譲れない、と美琴はきっぱり断った。
「アハハ……。冗談だよ。事実上、東和を統治する私がどうして今更欲しいものなどあるものか」
龍珍は冗談めかして希望をひっこめた。が、あきらめきれないようだ。
「しかし、侮れないのは日本だ。同タイプのお料理ロボットを売っているのだろう?」
彼は容赦のない鋭い視線を団長に向けた。収容所送りにするぞ、と威圧するように……。
「あ、あ、あの……それは……」
団長の額に汗が浮いた。
『私は開発中のプロトタイプです。市場には出回っておりません』
美味しんボーイが助け舟を出した。
「そ、そうなのです」
団長がホッと息をつく。
「そうなのか、残念だな。なあ、
龍珍は背後の親衛隊員を振り返って声をかけた。
(護衛もバンパイアかもしれない)
アマテラスに教えて後悔した。美琴が「エッ」と声を漏らした。
「ん?」
龍珍の顔が美琴に向く。
(シッ、アマテラス。落ち着いて。ケーキを食べてみて)
(う、うん……)
美琴が慌てて抹茶ケーキを口に運ぶ。「美味しい」と小さな声でつぶやいた。演技だ。
「総裁、失礼ながら、我々にロボットなど不要です」
呂は美琴の動揺に気づいていなかった。
(ロボットに血はないからな)
(ツクヨミ、冗談は止めて)
(そうそう。落ち着いて)
龍珍が呂に視線を向ける。
(良かった……)アマテラスが安堵した。
「戦ってみるか? 美味しんボーイはあのI-キングを倒したのだぞ」
「I-キングは所詮ボクシング専用ロボット。戦場で役に立つものではありません」
「リングでは無理でも、戦場でなら勝てるというのだな?」
龍珍は呂を挑発して楽しんでいるようだった。
「戦場にはルールがありませんから」
閑が直立不動、無表情のまま答えた。
【ツクヨミ、強化バンパイアのデータを見つけた】
〖よくやった。コピーを。……それから海外から入れるようにドアをつけられないか? できたらアメリア帝国経由がいい〗
アメリア帝国は東和民主共和国に対抗できる唯一の軍事大国だ。
【簡単だ。彼は自分の権力を信じている。誰も彼のネットワークを覗く勇気はないと考えているのだろう。ネットワークのセキュリティーは甘々だ】
〖自国の公的ネットワークは信じていないけれどな〗
ツクヨミは苦笑した。
「マラソンはどうだ? 美味しんボーイは、2時間1分33秒で走ったぞ」
龍珍はしつこかった。
「2時間の壁など、親衛隊は全員がすでに突破しております」
閑が応じた。
「ほう、流石だな」
龍珍は笑みを浮かべ、美味しんボーイ、寺岡、最後に団長に得意の視線を向けた。
「フルマラソンで、2時間を切っているのですか? 世界記録ではないですか? どうして世界陸上やオリンピックに出さないのです?」
団長が疑問の声を上げた。
噓を指摘されている、と誤解したのか、閑が初めて表情を変えた。それは龍珍も同じだった。
「我々の言葉、疑われるのか?」
「あ、いや、そういうことではなく……」
団長は慌てて両手を前に出してひらひらと振って打ち消して見せた。その手がティーカップに当たり、ひっくり返った。
ガチャガチャ音を鳴らすティーカップとソーサーとスプーン。
「こ、こ、こ、これは失礼……」
更に慌ててティーカップを戻そうとしたものだから、右手の指が抹茶ケーキを突きさし、上半分をテーブルの向こう端まで飛ばしてしまった。
「チッ」
龍珍は舌打ちしてからメイドを呼んだ。
「も、も、も、申し訳ありません」
団長が紅茶で濡れたテーブルに両手と額をつけて謝った。
(これで収容所送り?)
アマテラスが訊いた。その声がひどく緊張している。
(収容所など、寺岡さんが大袈裟に言っただけです。しかし、それが原因で団長さんは失敗してしまった)
美琴の首が傾き、その視界に寺岡が入る。彼は頭を垂れていた。その横顔は一見、団長のように緊張しているようにも見えたが、必死で笑いをこらえているようにも見えた。
【プライベート・ネットワーク内スクープ完了】
〖了解。バックドアは?〗
【設置済み。しかし、電波が微弱だ。外部から入るにはブリッジが必要だ】
〖了解。その対策はここを出てからにしよう〗
「美味しんボーイ、君のようなロボットがいることは我が国の技術者にとっても刺激になる。しかし、ロボットは脇役でいい。世界の中心にいるのは人間なのだ。その中でも選りすぐりの選ばれし者たちだ……」
彼は平謝りの団長を無視して話し出した。
『選ばれし者?』
【彼は選民思想を信じる差別主義者です】
美味しんボーイは首をかしげながらツクヨミに語った。
〖成功者が陥りがちな罠だ。バンパイアであることの自信がそれを強化しているに違いない〗
「そうだよ、ロボット君。君がどれだけ優れようとも、人間を超えることはできまい。かといって、愚かな人間より、君は遥かに優秀で有益だ……」
彼は団長の後頭部に目を向け、次に、その視線を美琴に移動した。
「……丸メガネの娘さん。目が見えないのだったね。君なら、この世界の不条理、不公平を身をもって理解しているだろう」
美琴は小さくうなずいた。それから龍珍に向かって丸メガネを向けた。
「でも私はロボットもAIも、無知で無能な自分も大好きです」
「ほう……」彼が高角を上げる。「……希望、いや、夢を見るのは若者の特権だよ」
彼は席を立った。
「用件は済んだ。私はこれで失礼しますよ」
彼が応接間を出ていく。
執事が団長の隣に屈み、「顔をお上げください」と声をかけた。
その後、一行は団長の濡れたズボンが乾くのを待ってホテルに帰った。
(アマテラス、今回のミッションはクリアしました)
自室に入ってからツクヨミが教えると、「そうなの?」と彼女は声を上げた。
(シッ、盗聴されている可能性があります。脳内だけで……)
(そうだったわね。ごめんなさい)
(いえ。……総裁宅ですべての証拠を見つけました。スサノオが回収しています)
(そうなの?……スゴイ!)
(はい。バンパイアにはできないことです)
(そうよね)
その4日後、日本代表団は無事に帰国した。
――Level‐2 完――
――Level‐3 黒い記憶へ続く――
闇の子 ――コードネームはアマテラス―― 明日乃たまご @tamago-asuno
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