7 予言のニンフ
カルメンティスとは何だろう、文化を表現する異国の言葉だろうか。それとも何かの暗号だろうか。それが無学のスタックリドリーには分からない。分からなければ基本的に辞書を引けばいい。そうさ、ここは図書館だ。辞書くらいふんだんにある。しかし、と重たい気持ちで部屋を見渡す。今は夜中だ。昼間の図書館ならいざ知らずまたあの暗い場所へと踏み出すのかと思うと気が引けた。
せめてもと、眠りに落ちかけていた先輩に声をかけた。
「先輩、すみません。お休みのところ」
「ん? いいぞ。なんだい」
「カルメンティスって言葉は聞いたことがありますか」
「無いよ」
でかいあくびをかみ殺しながら先輩が答えてくれた。
「オレには異文化の言葉に聞こえるな」
「そうですよね、でもどうしても知りたいんです。何か意味のある言葉じゃないかと思って」
「そんな言葉どこで拾ってきたんだ」
「あ、いえ床に落ちてたといいますか。いやまあ、ヒントのような」
「とんちみたいだな。分からないからオレは寝るよ。じゃあおやすみ」
先輩はそこまでいうと寝入ってしまった。
「とんちって。それが分かれば苦労しないんだよ」
「何かいったか?」
「いってません」
狸寝入りだったのかと口を噤んて思い当たることをノートに書いた。寝息が聞こえてくる。先輩は今度は本当に寝たようだった。
「何かとっかかりになるようなヒントがあればいいのだけれど。精霊のいった言葉だろう。カルメンティス、カルメンティス」
何でもヒントが記載されているわけじゃないんだ。はあっと諦めてノートを閉じると気合を込めてランタンを再び掲げ宿直室を出た。
ランタンの明かりがとても寂しい。いるはずの精霊は声も出さない。でもいるんだろうなとは思う。ひょっとしたら真後ろにひょこひょこと……
「ばあああっ!」
勢いよく振り返って声を張り上げたが何もいない。
「だよな」
辞書は何階だったろう、たしか6階か5階に。立ちどまって案内板を照らして確認してみる。辞書、辞書は……5階か。
誰もいないから冗談くらいいおう。精霊なんて怖くない、怖くない。怖くない。精霊なんて怖くないったら怖くない。はあ。寂しいかも。
ふと猫背になって本棚の間を歩いていると明かりもないのになぜだか道が光っている気がした。まるで得体の知れない不思議に導かれているよう。静かに魂を感じている。呼ばれているのか。
光に誘われてその場所にたどり着くと本棚の背表紙を一瞥した。そのたくさんある中の一冊が光っている気がした。取れといっているのだ。
手に持って驚く。それは精霊辞典だった。『カ』の項目を探して目を走らせる。小さな文字がびっしりと書き込まれていてこの書物を作った人には本当に頭が下がる。左手で支えながら右手を動かして探してゆく。
「カルメンティス、カルメンティス……あ。あった」
文章を指差しながら音読していく。えっと、何々。
「予言能力を保持するニンフ。世界を巡り出会えたものは幸運を享受する……予言 ?幸運?」
目をしかめてもう一度その一文をなぞる。心音が急に高鳴って瞳が震えた。
自身の旅の目的はなんだったろう。そうさ、僕は今まさに大いなる幸運に出会うために旅をしているのだと。小さな彼らの言葉が脳裏をかすめる。
——キミは知りたがっていたんだろう。
そういう意味か。
「それが大いなる幸運の名前なんだな! そうだな、教えたかったんだろう。分かったぞ」
すると嬉しそうな囁き声が次々と聞こえた。
「カルメンティスはどこにいるのでしょう」
「知らないよ、誰も知らない」
「どうしてスタックリドリーを助けたのでしょう」
「知らないよ、誰も知らない」
「出逢えたことは幸運、一生に何度もない奇跡」
「軌跡、輝石、奇蹟?」
「違う。奇跡」
複数でそこまでおしゃべりすると気配は静かに去っていった。
ダメか、と思いかけたとき背後で気配がした。ことん、何かが落ちる音。心臓が縮み上がるほど驚いて、ばっと振り返るとガラス細工のような透明な生き物がこちらを見上げていた。ぽかりと開いた口が塞がらない。見えている。確実にスタックリドリーには見えている。あどけない裸の少年の姿だ。背中には美しい2枚羽根がある。ランタンの帆の明かりが体を透過して床に不思議模様が出来ている。
息を飲みこんだ。冗談だろう、運命ってこんな時にやってくるのかい。
「やあ、また会えたね。小さなリドリー」
スタックリドリーの冒険 奥森 蛍 @whiterabbits
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。スタックリドリーの冒険の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます