6 カルメンティス
スタックリドリーは暗幕の下りた図書館をランタンを掲げて寂しく歩く。本棚の角を曲がるたびに「おうい、誰かいませんか」何て声かけしているものだから余計に物悲しくなってきた。誰もいないはずなのに、そう誰もいるはずがないのにまた本が落ちていた。
「コレも誰かが落とし忘れたのかな」
拾い上げると表紙には『ルビーの微笑み』とある。鉱石のコーナーはこのフロアの一番奥だ。へっぴり腰のわりに目を怒らせて歩く。怖い、怖くない、怖い、怖くない。
「まったく本を大事にしないやつはいつか生き目を抜かれるぞ」
すとんと元の場所に戻して後ろを振り向くとまた本が落ちていた。一度通過した場所、本当にさっき通過した時に落ちていたかな。いよいよ、怪しくなってきた。こんなことをする奴には思い辺りがある。
「出て来いよ、いるんだろう。へっぽこむし!」
ランタンを目前に突き出してふんっと鼻息を荒くすると暗闇のなかから小さないくつもの笑い声が聞こえた。笑い声が重なり合ってハミングしている。
「……やっぱり」
結局、自身は精霊に揶揄われる人生かなと吐息する。何者の気配も感じなかったが彼らはちゃんとそばでいたずらをたくらんでいたのだ。姿は見えない、でもいると確信を得た。頭のなかでノーブルの手記をめくる。誰だ、誰がいる。
「名前を名乗ってくれないかい。僕にはお前たちの正体が分からないでいる」
すると遠くでまたバサッと何かが落ちる音がした。きっと本だ。手に持っている一冊 を元の場所に戻して音のした方に駆けていく。
ぽつんと暗い床に落ちていたのは『ンヴァヴァ族の秘宝』という本だった。
「ンヴァヴァ族? 何かの冗談みたいなタイトルだ」
民俗学の一番最後の端の棚に本を戻すと遠くでまた何かが落ちる音がする。ランタンの燃料がこぼれるのも気にせずに走った。落ちていたのは『ティーコージーの作り方』という手芸本だった。
「この図書館には趣味の本まであるのかい。まったく、返しに行くものの身になって欲しい」
もはや走る気力もなく返しに行って横を振り向くと横に『いろどりの世界』という童話とそれに重なるように『スカーレットの空』という小説が落ちていた。そばで声がする。
「お・し・ま・い」
「えっ?」
丁度ランタンの灯が消えて真っ暗闇にスタックリドリーは取り残された。おしまい? 何がどういう意味だろう。頭のなかは疑問符だらけで訳が分からない。
「どういう意味だい。聴こえているんだろう。おおい、返事をしておくれ」
返事もないかと諦めかけたらそばでろうそくの帆の明かりのような声がした。
「キミは知りたがっていたんだろう」
「何を」
「知らないよ」
ケラケラと笑う声が聞こえて遠くに去っていく。正体の見えない彼らは何を教えてくれたのだろう。ランタンの燃料はもうなくて見回りもろくに出来ない。これ以上は無理だ。
暗がりのなかを手探りで歩き下の4階に降りて先輩のランタンを見つけると声をかけた。
「あの!」
「うわっ、急に声出すなよ。びっくりしたじゃないか」
「あ、すみません。燃料がなくなってしまって」
「燃料がなくなった? 充分あっただろうに」
「すみません」
「まあ、いいよ」
二人で宿直室に戻って先輩と笑いながら他愛のない話をして。でも気持ちは落ち着かなかった。先輩が横になり仮眠を取るといったので大きな明かりを消してランタンの光でノーブルの手記を開くと心を無にした。
分からない、彼らの目的がさっぱり分からない。たくさんの情報が混在していたが彼らの言葉をしっかりと思い返す。
「知りたがっているって僕が何を知りたがっているのさ」
こつこつとペンを打ち付けて思考する。彼らは何かを教えようとしていたのか。彼らは本を落としたんだ、と思いながらタイトルをノートに書きつづった。
「最初が数学の専門書、次が鉱石の本、その次が自己啓発の本で……」
すべて書き綴るとじっとにらみつけた。これらのジャンル、すべてに関わりがあることなのだろうか。順番に読んでいく。
「軽やかなる数学史の変化」
「ルビーの微笑み」
「メンタルの自己管理法」
「ンヴァヴァ族の秘宝」
「ティーコージーの作り方」
「いろどりの世界」
「スカーレットの空」
あ、と気が付いてもう一度読み直した。今度は最初の一文字の部分だけ。
「カ、ル、メ、ン、テ、ィ、ス」
心のなかに何か軽やかなものがさあっと吹き抜けた。自身は何かを予感したのかもしれない。
「カルメンティス?」
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