相変わらず大っ嫌いな異世界で今日も生きてる
志草ねな
相変わらず大っ嫌いな異世界で今日も生きてる
エヴィーラの村のはずれに、一軒の家がある。
主は長いこと不在だ。家族を養うため、秘境のダンジョンで仕事する集団に加わって、希少な植物を採取しているという。
そのため、家のことは全てその妻が行っている。
妻は、村で一番の美人と評判だ。既に40代のはずだが、強い魔力ゆえに老化が遅く、息子と並ぶと姉弟のようだ。
そして、その息子は。
「みー」
「あーおにぎりかわいい。もふもふかわいい。おにぎりはメスだから元の世界の『擬人化』の力を使うと絶世の美少女だね。でもそんなことしなくてもおにぎりが1番かわいい」
ペットの魔物「おにぎり」をかわいがっていた。他人が見たらドン引きするほどに。
「ノシム、遊んでばっかいないで。一休みしたらもう一度仕事行くよ」
「母さん、ダンジョン行こうとすると頭痛とめまいと吐き気がひどいんだよ」
「そんなこと言って、家に戻ったらすぐ元気になって、おにぎりと遊んでばっかりじゃない」
母が文句を言うのも当然である。しかしノシムは、
いじめられっ子 → 不登校 → ひきこもり
という、この世界では2人と見られないような経歴を持つ青年だ。最近いろいろあって仕事をするようになったものの、急にバリバリ仕事をこなせるわけがない。ひきこもりが突然強力な力を持ってハーレムを築く、なんてことがあるわけがない。半ひきこもり青年のハーレムは母親とペットだ。
「ダンジョンで仕事なんか僕には向いてないよ。元の世界みたいに、小説家の仕事があったらいいのに」
この世界にはごくまれに異なる世界から転移してくる者がいて、その行動や言動をまとめた本『異なる世界から来た冒険者達の行動や言動をまとめてみたら1000ページ越えの本になった』はノシムの愛読書である。内容は全て暗記したほどだ。
ちなみに、転移してきた者の多くはある日突然消えており、元の世界へ戻ったとされている。逆にこの世界で生まれた者が別の世界に転移した例は、今のところ報告されていない。
「今、物語を書いているんだよ」
「どんなお話?母さんにも教えて」
この世界では家によって仕事は定められており、ノシムはダンジョンの植物採取をするしかない。わかってはいるが、せめて話を聴くくらいのことはしてあげたいと思う母であった。
「主人公は元の世界から異世界へ転移させられた青年。科学の力で戦車やミサイルを作って、異世界をぶっ壊して元の世界に戻る」
「ノシム、だめ。そんな怖い話」
「それから『かどかわギルド』の人達に活を入れる。『しっかりしろ!異世界の話ばかりじゃなくてもっと面白い話を出せ!』って」
「ノシムいい加減にしなさい。怒られるよ」
どうにもノシムは、「元の世界」を好むあまりこの世界を憎みすぎである。こんな物語の話、よその人に聞かれたら異常者として石を投げられかねない。
「ノシムももう18歳なんだし、仕事を覚えないと。もし母さんに何かあったら、おにぎりと一緒に餓死してもいいの?」
そう母に言われ、ノシムが不満そうに、しかしあきらめざるを得ないといった様子で答える。
「わかったよ…仕事するよ」
「でもねおにぎり、僕がどうしてもダメだったら、僕の肉を食べてでもお前だけは生き残るんだよ」
「みっ」おにぎりが「嫌」というように鳴いた。
「ダンジョンは危ないから、おにぎりは留守番だよ」
「みっ」
ノシムは自分の部屋をよく見回した。この前うっかり小窓を開けたまま出てしまい、おにぎりがそこから出て仕事についてきたのだ。
「あーでもやっぱりおにぎりかわいい。名残惜しい。もう少し、もう少しだけ抱きしめさせて」
呆れる母だったが、結局ノシムの気が済むまで待ってやった。
甘すぎる、とは母もわかっている。よその家なら、殴ってでも無理やり仕事させるかもしれない。
けれど、この世界は残酷すぎる。
魔力を持たないノシムは、母よりも老化が早い。母よりも早く、寿命が来る。
もしも、この世界を壊せばノシムの寿命が延びるというのなら、母は戦車でもミサイルでも何でも作って、世界をぶっ壊す。
でも、それは不可能だから。
せめて、せめて、ノシムに少しでも、幸せでいてほしい。
大っ嫌いなこの世界で、生き続けてほしい。
相変わらず大っ嫌いな異世界で今日も生きてる 志草ねな @sigusanena
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