山口百恵が引退し、ジョン・レノンが凶弾に倒れた1980年その年の空気を舞台装置として使うだけで、すでに物語の色が決まってくる。
芸能界の裏稼業を請け負う探偵という主人公の設定はハードボイルドの王道でありながら、「気まぐれなクソ娘」こと新人アイドル・直木マナとの関係がどこか純愛めいた温度を帯びていくのが本作の妙味だ。スキャンダル、脅迫、芸能界の闇縦糸の展開は重く湿っているのに、懐かしい曲名が章タイトルに並ぶことで独特のノスタルジーが滲み出る。「ザ・ベストテン」から「スターティング・オーヴァー」まで、選曲センスだけで時代の体温がわかる。
ハードボイルドとしての骨格と、昭和への哀愁と、ほろ苦い純愛。この三つが絡み合う完結済み115,000字、一気読み推奨の作品だ。
行動的でタフ。報酬なぞどうでもいい。暴走する感情とそれを冷ややかに見る自分。主人公は何かに駆られるように目的へ向かって突き進む。
ヒロインは謎多きアイドル。いつも悪態をつく彼女の、主人公を“さん”付けで呼ぶその瞬間、そのギャップ。時には主人公の別れた妻と重なり、時にはそれとまるっきり対照的に描かれる。主人公の妻への想いを交えて、二人の関係は話数を重ねるごとにじわじわと化学反応を起こしていく。
キャラの神秘性を出すのに、敢えてバックストーリーを描かないのは並みの作家の常套手段だ。言うまでもなく、この物語は謎多きアイドルが何者なのか、謎を解くミステリー。作者は当然そこに踏み込んでいく。結果、謎が解かれたアイドルの神秘性は全く色あせないどころかさらに魔性を帯びてくる。
初めから終わりまで、まさに本格のハードボイルド小説だった。往年の角川小説、映画を彷彿させる。主人公が自分に酔いがちの似非《えせ》ハードボイルドでは全くない。これを書ける作家がネットの深海に生息していようとは! 信じられない思いだ。