12: ウィンドウ操作の初歩

 きなこは、部屋に入ると深いため息をついた。

 目の前でふわふわと浮かぶライトの青い光が、どこか鬱陶しく感じる。

 軽やかに舞いながら、満足気な調子で告げる。

「さあ、やっと落ち着いて説明できるな!」


 きなこは尻尾を軽く揺らし、ベッドに腰を下ろした。

「で?邪魔板って何なの?」

 耳を後ろに伏せ、苛立ちを滲ませた声を出す。


 幻想的に宙を舞い。

「ウィンドウは魔法の鏡だ。自分の持ち物やできる事が見える。ただ、操作が必要だ。まぁ、俺が手取り足取り教えてやるから安心しろ!」


「魔法の鏡ね……そんな良いものには思えないけど……」

 きなこは尻尾を揺らしながらぼやいた。

 

「お前もすぐに凄さがわかるさ!」

 得意げな声で言う。

「さあ、操作の仕方を説明するぞ。触れてみろ」


 きなこは、渋々指を近づける。

 ウィンドウがわずかに揺れてアイコンが明るくなる。

 「……ほら。これでどうするの?」


 ライトは満足げにうなずき、

「次は画面を切り替える方法だ。例えば、隣の画面に移動したい場合――」


 その言葉を遮るように、意気揚々と声を上げた。

「それなら知ってるよ!」


 ライトは眉をひそめ、

「おお?お前が知ってるってのか?」

 

「こうやるんだろ?」

 尻尾を軽く振り、ウィンドウを横に撫でる。

 すると、画面がふわりと切り替わり、別の画面が現れた。

 

 一瞬沈黙の後、ライトは光を激しく点滅させながら腹を抱えて笑い出した。

「ぷぷぷ!尻尾で画面を切り替えたヤツなんて見たことねえぞ!ぷはは……」


 笑い声が部屋全体を響き渡った。

 

「……もー!尻尾だってすごいんだから!」

 耳を赤くしながら強がったが、ライトの笑い声が止まらない。

「笑わないでよ!」


 ライトはようやく息を整え、

「悪い、悪い。でも普通は手でやるんだぜ。ほら、試してみろよ」

と言いながら軽く肩を揺らした。


 渋々手を伸ばし、ウィンドウの端を撫でる。

 するとまた画面が切り替わり、スムーズな動きに気づいてわずかに息を漏らした。

「なんだよ……手でもできるのか」

 

 そう呟くと、以前のメモを取り出し、書き加える。

 

 ライトはニヤリと笑い、

「お前の尻尾スキル、なかなかのもんだな。これでモンスター界の尻尾操作チャンピオンも夢じゃないぜ!」

と返した。


 きなこは、わざとらしく大きいため息をつき、座り直した。

「ジャイトは笑ってばかりで、説明する気なさそうだし、もう終わりでいいかな?」

と冗談半分に呟く。


 慌てて光を揺らしながら声を上げた。

「待て待て!地図の説明だってまだだぞ!」

「ほら、見ろ!ここ、ぐいっと押すだけで、ズームイン!簡単だろ?」


 きなこは少し疑いながらも試してみる。

 指先を軽く押し込むと、画面が滑らかに拡大し、広がった地図が視界を埋めた。


「うわぁ、これならすごく見やすい!今までの苦労は何だったの?」

 肩をすくめた。

 そして、急いでメモを取り出し書き込んでいく。

 

 「俺の有能さがやっとわかったか?さあ、感謝するなら『ライト師匠』って呼んでもいいんだぜ!」


 きなこは半分呆れながらライトを見つめ、

「なんでそんなに自信満々なの……?」

とつぶやいた。


 くろみつは、ベッドに横になりながらも、二人のやり取りを眺めていた。

 

 しばらく様子を見守った後、きなこに柔らかな声を掛けた。

「兄ちゃん、また邪魔板と格闘してるの?」

 

 きなこは少し照れた様子で応じる。

「うん。それがさ、邪魔板のガイドとかいう変なのが出てきて、話を聞けって、やたらうるさくてね」


 ジャイトとのやり取りを見られていたことが恥ずかしく、耳は微かに赤く染まっていた。


 くろみつは興味津々な表情でさらに問いかける。

「へぇ。ガイドってどんな?僕には見えないけど、今もいるの?」


 少し困ったように頭を掻きながら答えた。

「うん。見た目はね、小さい妖精みたいな感じだけど……」


 その言葉を聞いた途端、くろみつの目がキラキラと輝いた。

「妖精!!僕も見てみたいな!」


 苦笑しながら首を振る。

「いやいや、妖精っていうより……ハエみたいな奴だよ。うるさいだけで」


 その言葉に、くろみつは思わず吹き出した。

「ふふふ、兄ちゃんったら!」


 だが、横に浮いているジャイトがその言葉を聞き逃すはずもなかった。

 

 光をぷるぷる震わせ、憤慨した声を上げる。

「誰がハエみたいだって?」


 くろみつがまだ笑いを堪えているのを見て、きなこはそっと自分の耳元を指で払い、小さく首を横に振った。

 まるで、「ほら、今もブンブンうるさいでしょ?」とでも言いたげな様子だった。


 だが、ライトがまったく黙る気配もなく、きなこは仕方なく宙に向かって軽く言い返し始めた。


「まったく、うるさいししつこいし……」

 

 くろみつは笑いを堪えながら、宙に向かって話し続けるきなこを眺めていた。

「……あそこに妖精がいるのかな?いいな。一体どんな姿なんだろう……きっとすごく可愛いんだろうな」


 目を細め、ふわりと浮かぶ妖精の姿を頭の中で思い描く。

 きっと小さくて、透き通る羽を持っていて――そんな幻想を繰り広げるうちに、瞼がゆっくりと重くなっていく。

 

 微笑みながら小さくあくびをし、尻尾を丸めてベッドに沈む。


「なんだか、眠くなってきたかも……」


 やがて、静かに目を閉じた。

 

 きなこはその様子に気づかぬまま、ジャイトとのやり取りを続けていた。

 そして、ふと何かを思い出したようにジャイトをじっと見つめ、小さく口を開いた――。

「そうだ!ジャイト、邪魔板を消す方法ってないの?」


 ライトは、ニヤリと口角を上げ、

「もちろんあるぞ!」

と誇らしげに答える。

 

「お前の得意な尻尾を使って、画面をぐるっと囲って撫でてみろよ!そうすれば、ピタッと消えるって寸法さ!」

 その声には茶化すような調子が混じっていた。


 きなこは訝しむようにライトを見つめた。

「騙されないぞ!手でもできるんだろ?」

 

 手を伸ばし、ウィンドウの隅をスッと撫でる。

 するとウィンドウがふっと消え、視界が一気にクリアになり、きなこは思わず尻尾を勢いよく揺らした。

 

「やったぁ!これで変な板に邪魔されずに済む♪」

 

 勝ち誇ったようにライトを睨む。

「ほら!やっぱり手でできるじゃん!」

 

 ライトは肩をすくめながら少し笑い、

「それも正解だが、尻尾でも消せるんだぜ?お前らしい方法があっていいと思うけどな!」

と返した。


 きなこは尻尾を力なく垂らし、深いため息をついた。

「もー、からかわないでよ!」

とぼやいた。


 その姿にはどこか諦めが感じられるが、ウィンドウが消えたことに少しだけ安堵の色が浮かんでいた。



 

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