11: ライト登場

 きなこは目の前の光る存在に目を細めながら、後ずさりした。


「なんだ、こいつ……。まさか幻覚なのかな?」


「幻覚じゃないっての!」

 

 小さな男の子は宙に浮かびながら、腕を組んで自信満々に言い放った。


「俺はウィンドウのガイド、ライトだ。ウィンドウを操作するお前をサポートするために現れた、頼れる相棒さ!」


 きなこは眉をひそめ、


「ウィンドウ?ああ、この邪魔板のこと?」


 と冷ややかにウィンドウを指さした。


「……邪魔板!?」


 ライトは目を大きく見開いて叫んだ。


「おい、なんだその呼び方!これはウィンドウだって言っただろ!世界を管理する神聖なシステムなんだぞ!」


 きなこは鼻で笑い、面倒くさそうに呟いた。


「いやいや、どう見ても邪魔な板だから邪魔板で充分でしょ。だいたい、君が言ってるほど凄いとは思えないけど?」


 ライトの顔が真っ赤になり、薄青い光が少し揺れる。


「邪魔板じゃない!何度言ったら分かるんだ!しかも、俺の名前はライトだ!ちゃんと覚えろよ!」


 その様子を見て、手をひらひらと振り、軽く笑った。


「はあ……でも邪魔板の方が似合ってるし、それに君もライトってより、ジャイト?いや、ジャイド?」


 ライトは少し戸惑った様子で首を傾げる。

 

「ジャイト?ジャイド?なんだそれ」


「ジャイトは、邪魔なライトの略だよ。邪魔板のガイド略して、ジャイドってのも捨てがたいよね。どっちがいい?」


 きなこは満面の笑みを浮かべながら言った。


「捨てがたいってなんだよ!ネーミングセンス、どっかに落っことしてきたのか?」


 ライトは声を張り上げて反論するが、きなこは笑いを堪えきれない。


「ジャイト……うん、完璧だ!」


と勝手に呼び始める。


「二度と邪魔板とかジャイトとか言えないようにしてやる!」

 

 ライトは拳を握りしめ、宙に浮かびながら決意を込めた声をあげる。


「俺がこのウィンドウの凄さを、頭の悪いお前にも分かるように教えてやるよ!よく聞け!」


 しかし、ライトの熱意とは対照的に、きなこは壁にもたれかかりながら大きなあくびをした。


「はいはい、すごいんだろうね。でも、もう僕寝るから静かにしてくれる?」


 「は?おい、待て待て!話聞けよ!」


 ライトは慌ててきなこの目の前に飛び込んで抗議するが、きなこはもう目を閉じて完全に聞く気がない様子。


 「グー……グー……」


 「おい!おいおいおい!」


 ライトは青ざめたような顔で飛び回りながら必死に声をかける。


「まさかもう寝ちゃったのか?早すぎだろ!おーい!」


 しかし、きなこは微動だにしない。

 しばらくすると、完全に深い眠りについたことを悟り、ライトはため息をついて小さく呟いた。

 

「……ダメだ、本当に寝やがった……。まったく、仕方ない」


 ライトはきなこの周りを飛びながら、自分自身に言い聞かせるように言った。


「まあいいさ。どうせ逃げられないんだからな。明日朝一から、徹底的に叩き込んでやる!覚悟しとけよ……!」


 そう言い残し、ライトはイライラとしながらも、光をふわりと薄くしてきなこのそばで静かに待機するのだった。


――――――


 きなこは目をゆっくり開け、ぼんやりとした意識の中で天井を見つめる。

 

「昨日の……妖精。あれは夢だったのかな?」


 軽く頭を振りながら、隣のベッドに目を移す。


くろみつが穏やかな顔で眠っているのを見て、きなこは少し安心した。

 

 「……無事でよかった」


 そう呟くと、彼の手が微かに動いたのを確認し、きなこはさらに気持ちを落ち着けた。


 突然、部屋の空間に声が響いた。

 

「おい!いつまでぼーっとしてるんだ?覚悟はいいか?」


 薄青い光と共にライトがきなこの前に現れ、宙に浮きながら威勢よく宣言する。


「今日は、このウィンドウの使い方をみっちり教えてやるからな!」


 きなこはその声に驚き、後ろにのけぞりつつも手を振りながら言う。


「ちょっと待て!君、まだいるの……これって、本当に現実かな?」

 

 その様子にライトは満足げに頷いた。


「当たり前だろ?さあ、時間は無駄にできないぞ!」

 


 部屋の扉が軽く叩かれ、村長の落ち着いた声が響いた。

 

「きなこ君、朝食を持ってきたぞ。くろみつ君と一緒に食べなさい」


 扉が開き、村長が食事の載ったトレーを手に部屋へ入ってくる。

 

「ありがとうございます」

 

 とお礼を言い、トレーを受け取る。

 

「くろみつ君もまだ回復途中じゃ、ゆっくり休ませてあげなさい」


 村長は穏やかに微笑み、部屋を後にした。

 

 きなこはくろみつの横に座り、そっと肩を揺らした。

 

「くろみつ、起きて。朝ごはんだよ。食べれそう?」

 目を擦りながら、くろみつが頷くのを見て、背中をそっと支え、ゆっくりと起こす。食事を手渡した。

 くろみつがゆっくりと食べ始めた時、部屋の隅でライトが騒ぎ始めた。

 

「待ちすぎて頭の回路がショートしそうなんだが!」

 

 きなこは、くろみつの傷薬を塗り直しながら、

 

「今は無理。くろみつが先だよ!その後は、朝ご飯だからね。腹が減っては……っていうでしょ?」

 

 ライトはじとっとした目できなこを見つめたが、しぶしぶ浮遊しながら一歩引いた。


「……仕方ない。だが、終わったら絶対聞いてもらうからな!」

 

「はいはい、分かったよ」


 肩越しにライトを流し見ながら適当に返事をする。

 きなこはくろみつの食事を見守り、自身も簡単に食事を済ませる。



 食事を終え、きなこは下へ行き片付けを始める。

 ふと視線を上げると、カノンが戸口に立っていた。

 

「きなこ……くろみつの具合はどう?」

 

 彼女の声は少し掠れていて、慎重に言葉を選ぶ様子だった。


「……なんとか落ち着いてるよ。ぐっすり眠れてたから、少しは元気になったみたい」


 きなこは言葉を切り、カノンの様子をうかがう。

 昨日、崖下へ消えた彼女の父。

 その姿が脳裏に焼きついていて、簡単に言葉を続けることができなかった。


「……カノン、昨日のこと……言葉が見つからないよ。でも、ゆっくり休んでね」

 

 少し驚いたようにきなこを見た。

 そして、言葉に迷うように視線を落とした。


「……正直、まだ、どう受け止めればいいのか分からないの」


 その時、ライトが耳元でわめき始めた。


「おい!片付けが終わったら話を聞くって約束だぞ!早くしろ!」

 

「えっと……カノン、あの……」


 きなこはライトを指差し、言葉に詰まる。

 

 不思議そうに眉を上げ、


「ん?そこの空間?どうかしたの?」と尋ねた。

 

「え、あの……見えてないの?」


 きなこはライトに視線を移し、困惑を隠せなかった。

 再び首をかしげて、


「何かいるの?私には何も見えないけど……」と問い返す。

 

 その瞬間、ライトが肩をすくめて、きなこの耳元で囁くように言った。


「当然だ。俺は持ち主にしか見えない」

 

 その言葉を聞いて、カノンに向き直し、


「ううん……なんでもない。ごめんねカノン」

 

「それより、無理しないで。何かあったら、いつでも言ってね。頼りになるかはわからないけど、それでも話くらいは聞けるからさ」

 

と付け加え、片付けを続けた。

 ふとカノンを見ると、彼女は少し視線を落とし、何か言いたげに唇を動かした――だが、そのまま言葉を飲み込む。

 

「私、村長に昨日の事を報告しにきたんだった!そろそろ行くね」

 

 彼女はその場をあとにした。

 

 きなこは再びライトに視線を向け、

 

「君さ、そんな大事なことは先に言ってよ!」


と声を荒げた。

 

 ライトは片手を広げて見せ、口元に余裕の笑みを浮かべる。

 

「先に言おうにも、昨夜俺の話を全部聞かずに寝ちゃったのは、どこの誰だよ?」

 

 その言葉に、ムッとしつつも反論できず、軽く唇を噛んだ。

 

「だって……でもさ、普通は最初に言うもんでしょ!いきなり現れて説明もなしに、そりゃパニックになるって!」

 

 ライトは片手を腰に当て、少し勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 

「まあまあ、これでお前も俺の話を聞く気になっただろ!」

 

 頭を抱えながら深くため息をつき、


「消えてくれる気はないのかな……」


 とぼやきつつ、片付けを終え部屋に向かう。

 

 

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