9: カノンの歌
「くろみつ――っ!!」
きなこが叫ぶも遅かった。
その瞬間、ペンギンは低く身を沈め、まるでジェット機のように滑空し、鋭い嘴を突き出し、彼に襲いかかる。
「うわっ……!」
宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられる。
痛みに震えながら、短い尻尾を振る。
それでも立ち上がろうとした瞬間、ペンギンの鋭い攻撃が襲いかかる――再び地面に倒れた。
彼の体は、激しい痛みに震えていた。
「くろみつ!」
地面に倒れる弟を見て、きなこの心臓が一気に締め付けられる。
虚ろな目のまま、ペンギンは、なおも、くろみつに襲いかかろうとする。
「くそっ……やめろってば!」
きなこは拳を握りしめ、歯を食いしばった。
弟を助けるため、そしてペンギンを止めるため――。
全身の毛を逆立て、迷いを振り払うように、きなこは全力で地面を蹴り、ペンギンへと突進する。
「僕が相手だ!」
唸り声と共に、ペンギンに向け、きなこは全力で体当たりを喰らわせた。
一瞬、相手の体勢が揺らぐも、すぐに持ち直し、逆に押し返される。
圧倒的な力が襲いかかり、衝撃に耐えきれず、咄嗟に後ろへ跳びのいた。
間髪入れずに猛然と飛び込んでくるペンギン。
素早いステップでペンギンの攻撃をかわし、背後に回り込み、尻尾で足を払う。
強く足を払われ、ペンギンは踏ん張り切れずに体勢を崩し、よろめく。
立て直すや否や、鋭い爪が振り下ろされる。
きなこは、地面を転がり、何とか攻撃をかわした。
つぶらな瞳が鋭く光り、「……なんて速さだ」と低く唸るように呟いた。
跳びかかってくるペンギンに向け、全力で反撃する。
しかし――。
子供のきなこは、圧倒的な力の差に抗えず、じりじりと崖際へと追い詰められていく。
その時だった。
「……!お願い!もうやめてよ……!優しいお父さんに戻ってよ……」
カノンが、震える小さな体を精一杯に奮い立たせ、父親の前に飛び出してきた。
その瞳には、溢れんばかりの涙が光っていた。
その必死の呼びかけに、父親ペンギンの動きが一瞬止まる。
虚ろだった目がかすかに揺れ、かつての自我を取り戻そうとしているかのようだった。
だが、それもつかの間。
狂気は再びペンギンを支配し、カノンへと爪を向ける。
夕日が傾き始め、森は次第に影に覆われていく。
その影は、まるでペンギンの狂気を象徴しているようだった。
カノンを横へ弾き飛ばした直後、きなこも反動で倒れ込む。
振り下ろされた爪が容赦なく迫ってくる――体をひねりながら地面を転がり、寸前でその軌道から逃れた。
しかし、背後には崖が迫っていた。
「まずい!」きなこは心の中で叫んだ。
鋭い爪が崖へときなこを追い詰める。
後がなくなっていく。
カノンは突然、歌い出した。
「一人じゃないよ 心配ないよ
僕は君の味方だよ 忘れないで〜♪」
父親と毎日のように、一緒に歌っていた思い出の曲だった。
それは、カノンが生まれた日に父親が作った歌。幼い頃は子守歌として、大きくなってからはギターとともに――人生に寄り添い続けた旋律。
「どんな暗闇にだって 光は必ず差すさ
離れていても 心はいつも 君のそばにいるよ〜♪」
(お父さん……お願い、思い出して!)
カノンは、最後の希望を込めて声を上げながら、その曲を父親ペンギンに向けて歌う。
「大丈夫だよ 手を繋ごう
君の明日は輝いてる〜♪」
その瞬間、冷たい光を宿していた父親ペンギンの目が、歌に吸い寄せられるように動いた。
一瞬の静寂――そして、思い出の断片が、壊れたガラスの破片のように彼の中で結びついていく。
楽しげに笑う家族の姿。
幼い頃、カノンが見せた笑顔。
父親ペンギンの心の奥底で忘れていた記憶が、暖かさと共に蘇る。
「カノン……」
父親ペンギンの目に一筋の涙が浮かび、震える声が漏れる。
「……ごめんよ。カノン」
父親ペンギンはカノンを強く抱きしめる。
しかし、その喜びも束の間だった。
父親ペンギンの体が突如大きく震え、苦しげな息を吐き出した。
「頼む……俺を……止めてくれ……傷つけたくない……」
父親ペンギンは、苦痛に歪んだ顔を上げ、きなこの目を真っ直ぐ見つめた。
「カノン……幸せを願ってる……殺す……」
その目は、涙で濡れていた。
苦しみに耐えられなくなった父親ペンギンは、再び狂気に飲み込まれる。
その目は完全に虚ろになり、カノンときなこに向かって、獣のように襲いかかる。
きなこは迫りくる攻撃を紙一重でかわし、体を低く沈めてその場を飛び退いた。
その瞬間、父親ペンギンの巨体が崖の縁に達し、バランスを崩す。
足元の岩が砕ける音が響き、ペンギンは宙へと躍り出た――夕日に染まる深い谷底へと、彼の巨体が吸い込まれていく。
それは、まるで彼が自ら命を絶ったかのようにも見えた。
きなこは息を呑み、目の前の光景に立ち尽くした。
崖の下から吹き上げる風が、きなこの毛を逆立てた。
胸の奥に重い何かが沈むのを感じていた。
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