8: 父ペンギンの狂気&プレイヤーSIDE

 父親ペンギンの瞳が冷たい光を放ち、尖った嘴がきなこの喉元目掛け一直線に迫る。

 きなこは反射的に飛び退き、その攻撃をかわした。

 ふわりとした尻尾がピンと立ち、耳が警戒の色を示す。 

 しかし、反撃しようとしたその瞬間、足が止まった。


(目の前のペンギンは正気を失っている。でも、攻撃するのは本当に正しいの……?僕だって、できるなら戦いたくなんかないのに……)

 

「くそっ……!」

 

 全身に力を込め、防御と回避を繰り返す。

 だが、攻撃をしないことに気づいたペンギンは、ますます動きを激しくした。

 鋭い動きで彼をじわじわと追い詰めていく。

 

 機械的に振り下ろされる爪。

 

 ぎこちない動き。

 

 感情のない瞳。

 

 思考を持たない操り人形のようだった。

 

 迫る爪が、頬をかすめ、冷や汗が背中を伝う。

 荒い息を吐き、必死に間合いを取るも、動ける範囲が次第に狭まる。

 

 (この人が本当に悪い人なら、僕は迷わず殴り飛ばせたかもしれない。だけど……)

 

 きなこは、カノンの言葉を思い出す。

 

 (優しいお父さんだったって……。どうしても、自分の意思で暴れているとは思えないんだ)

 

その考えが、きなこの体を縛り付けるように動きを鈍らせていた。


 くろみつは、茂みに隠れ、その様子を見ていた、

 徐々に追い詰められていく兄を見て思わず叫ぶ。

 

「兄ちゃん!」

 

 遠くからくろみつの声が飛んでくるが、余裕を失ったきなこに応じることはできなかった。


 くろみつは震える体を必死に奮い立たせた。


 (兄ちゃんを助けなきゃ……!)

 

 それなのに、足に力が入らず、思うように体が動かない。


 (このままじゃ、兄ちゃんが危ない!)

 

 足が、恐怖で鉛のように重い。

 それでも、兄を助けたいという一心の元、一歩、また一歩と前へ踏み出す。

 全身に冷たい汗が流れ、心臓が激しく脈打つ。

 もし自分がペンギンの前に飛び出せば……無事では済まないだろう。

 それでも、兄ちゃんまで失うわけにはいかない!

 止まるわけにはいかなかった。


 狂気に取り憑かれたペンギンは、腹部を狙って猛然と突進してきた。

 きなこは体をひねり、突進の勢いをどうにか受け流した。しかし、爪が鋭く振るわれ、肌を切り裂いた。浅い傷を負う。

 痛みに顔をしかめながらも、ぐっと耐え、その場に留まった。


「……すごい切れ味だ!」

 

 敵の攻撃の激しさに全身がわずかに硬直する。

 胸を苛むような恐怖をぐっと飲み込む。次の動きを探るべくペンギンの動きをじっと見据えた。


「どうすればいいんだよ……! こんなの!」

 

 自分が反撃をためらっている間にも、理性を失ったペンギンはさらに激しい動きで迫り来る。

 その異常な雰囲気に思わず舌打ちを漏らした。



 その時――。


「兄ちゃん!僕が……僕が

 引きつけるよ!」

 

 突然、くろみつが茂みから飛び出してきた。

 ペンギンを挟んで、きなことくろみつが向かい合う。

 彼は小さな体を躍動させ、全力で駆けた。

 大声で叫び、ペンギンの注意をきなこから逸らそうとする。

 その声に反応し、ペンギンが標的を変えた。


「来ちゃダメ!」

 

 きなこの叫び声も届かない。

 くろみつは小さな体を揺らしながら、懸命にペンギンの前へと飛び込んでいった――。

「くろみつ――っ!!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その頃、ギルドハウスの中、プレイヤーたちは重苦しい沈黙に包まれていた。

 メロウレストの村を襲ったものの、思うような結果を得られなかったことが皆の表情に浮かんでいる。


 荒れた木の床が、不満そうに足音を吸い込む。

 広げられた地図。

 その周囲には、無秩序に散らばった計画の駒。

 それらは、失敗の爪痕を如実に物語っていた。

 


「え、マジ!?ちょ、無言で消えるとか、忍者かよ!?ってか、空気読めよー!意味わかんないんだけど!ねぇ、ねぇ、どう思う!?」


 鋭い声がその場に響き、一瞬だけ全員が黙り込む。

 だがすぐに別の人物が肩をすくめながら淡々と言い放った。


「ギルド脱退が決定事項ならば、協議は時間的損失でしかない」


 一人が少し俯きながら、低い声で呟く。

 

「無言脱退、か……。ヒーラーのプレイスタイルからするとセオリー外の行動だな。やはり、内緒の受注がトリガーになった、と見て間違いないだろう」


 その空気の中、さらに別の人物が小さく反論した。

 

「あの……そういうことじゃなくて……せめて話してほしかった、かな……」


 それに対して、軽い笑いが漏れる。

 

「別にいいんじゃない?マジでウザかったし。ざまあw」


 一瞬の沈黙の後、最初に舌打ちした人物が小さく笑って相槌を打つ。

 

「あー、なるほどね!それもそっか!ま、どっちでもいっか!」

 

 そんな会話が続く中、突然全員のウィンドウが一斉に明滅した。

 短い電子音と共に、新たな通知が画面いっぱいに浮かび上がる。


【ミッション発生】


「来た来たーー!」

 誰かが叫び、すぐにウィンドウを操作し始める。

 他の者たちも次々と画面を確認し、新しいミッションの内容を読み上げた。


【ミッション:メロウレストの生き残りを狩れ】

【制限時間:なし】

 

【報酬:メロウレスト跡地完全所有権】


 一瞬の沈黙。

 

 その後、場に高揚感が湧き上がる。

 誰かが先陣を切って声を上げた。

 

「よっしゃ!今度こそ絶対成功させるぞ!イエーイ!」


 別の者が冷静にウィンドウを操作しながら、淡々と付け加える。

 

「報酬は妥当。実行価値は認められる」


 さらにもう一人が笑いながら準備を整える。

 

「お、マジやる気じゃん!別に、いーんじゃない?」

 

 プレイヤーたちはそれぞれ動き出し、画面を操作しながらスキルや装備の確認を進めていた。

 その空気はどこか殺気立ち、メロウレスト跡地へと向かう準備が整えられていく。


夕闇の中、新たなミッションの始まりを告げるように、彼らの姿がゆっくりと薄暗い風景に溶け込んでいった。






 

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