初めてのお留守番
――朝だ。でもいつもと何か違う気がする。
「……」
ふと目を開けると、見たことのない天井が視界一面に広がる。ここどこだろうと思って頭を倒すと、旦那様が目の前に座っていらっしゃったので思わず飛び起きてしまった。
「……おはようございます」
「おわっ!!おっ、おはっ、おはようございます……」
完全に混乱している私は思わず正座で挨拶してしまう。
「……」
すると旦那様も正座を始めたので、私も慌てて布団の上で居ずまいを正しながら頭を回転させる。ああそうだ私きのう安藤肇様と結婚したんだっけ。それで同じ部屋で寝たんだ……ってちょっと待って、私、昨日……。
『しないんですか?』
「……ああ!!」
昨日の自分の発言を思い出して、思わず声が出てしまった。旦那様は一瞬ビクッと体を揺らしたけど、やっぱり表情は崩れない。私は即座に深々と頭を下げる。
「ききき昨日は失礼なことを申しまして、大変申し訳ありませんでした!!」
「……失礼なこと、とは?」
あ、あれ……?お怒りではない……?恐る恐る顔を上げると、やはり旦那様は無表情のままだ。
「え、えっと、それは、その……」
どうしよう、口に出すのも恥ずかしすぎるのに。もごもごしていると、旦那様は静かに言う。
「少なくとも、僕が失礼だと思うことは何もありませんでしたので」
「ほ、ほんとですか……?」
「はい。……なので、お気になさらず」
……そ、そっか。なら良かった……のかな? ほっと胸を撫で下ろす。
「……あっ!!朝ごはん!!」
「……」
「申し訳ありません!!すぐお出しします!!……あっ、その前にお布団……!!」
ばたばたしていると、旦那様は何も言わずに布団を畳むのを手伝ってくださった。
「あ、ありがとうございます……」
「……いえ」
なんだかいつも気使わせてばかりで本当に申し訳ない……。
*
急ごしらえで用意した朝食も、旦那様は嫌な顔ひとつせず(というか、いつもと全く同じ表情で)平らげてくださった。まともなものをお出しできるようにならなければ……と私は反省してばかり。
そうしているうちに、旦那様はお仕事へ行く支度を終えて、自室から出てこられた。
「……では、いってきます」
「あっ……!はい!お気をつけて行ってらっしゃいませ」
私がそうお声をかけると、旦那様は軽く一礼して家を出て行った。歩いて十五分ほどの距離にある工房へと向かわれるのだ。……これで良かったんだよね?
それにしても、旦那様のお部屋……何があるのか気になるなぁ……。
*
家事をなんとかこなしているうちに結構な時間になっていたので、お夕飯の材料を買いに、私は町へと出てみた。
魚屋さんでお魚を物色する。
「おや、見かけないお嬢さんだねぇ」
店主と思しき人に声をかけられる。
「あ……はい。昨日、こちらに嫁いで参りました」
「ほぅーう!奥さまだったか!それはどうも失礼したね〜」
「いえ、そんな」
多分子供に間違われたんだろうな。まぁ慣れっこだから別に構わないけど。
「そうかいそうかい。それはめでたいことだねぇ」
店主さんはにこやかに笑う。
「それで、旦那さんはどんな人なんだい?」
「えっと………すぐそこの工房で細工職人をされていて……」
「細工職人!!まさか安藤くんかい!?」
店主さんが突然大声を上げるやいないや、どこからともなく女性の方々が続々と魚屋さんの前に集まってきた。
「安藤くん?」
「安藤くんがどうしたの?」
「どうしたもなにも、このお嬢さん、安藤くんと結婚したんだってよぉ!」
「えー!!」
「あなたあの男前を捕まえたの!?」
「い、いえ、捕まえたというか……なんというか……」
「すごいじゃない!」
「安藤くんがこんなおぼこい子をねぇ……!」
「ねぇねぇ、安藤くんって家庭ではどんな人なの?」
「あ!それ私も聞きたーい!!」
「え、えっと……」
しどろもどろになっているうちに、私はあっという間に女性陣に囲まれてしまうのだった。
*
魚屋さんでの騒動の後、なんとかお買い物を済ませて帰宅した私だったけれど……。
……どうしよう。旦那様のことを聞かれた時、咄嗟に何も言えなかった自分が恥ずかしい。だって本当に分からないのだもの。
昨日嫁いだばかりで仕方のないことではあるけれど……。それにしたって知らなさすぎだよね……。
悶々としながら夕食を作っていると、突然ガラガラっと玄関の戸が開く音がして「ただいま帰りました」という旦那様の声が聞こえてきた。
「おっ!?……おおおおかえりなさいませ!!!!」
驚いて大声を上げてしまった私に驚いたのか、彼はぴたりと足を止める。そして私の方に向き直った。
「……大丈夫ですか?」
「あっ!いえ!!何もございませんっ!」
慌てて取り繕うも、旦那様はじっとこちらを見つめたままだ。
あああもう!!昨日からずっとこんな調子で自分が嫌になる!!
「……何か、お困りのことがあれば仰ってください」
「いえっ!!ありませんっ!!」
私はぶんぶんと大きく首を横に振った。……困ったことならあるにはあるのだけど。
言ってもいいんだろうか?……旦那様のことをもっとよく知りたいだなんて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます