お話ししたい
今日も旦那様は黙々と夕食を食べていらっしゃる。
……今日こそは旦那様と何か会話をしたい。そう思い、私は箸を進めながら何か話題になるものはと考える。
「……あっ。だ、旦那様」
「はい」
「あの……今日、お魚屋さんでお買い物していたら、町の皆さんが旦那様のことをご存知でして……」
「……」
……あれ?反応が薄い。どうしよう、話題間違えた?
「それで、その……町の皆さんに慕われてらっしゃって、すごいなぁと思いまして……」
「……それほどでもありません」
……ちょっと冷たい反応?とってつけたように聞こえたかな?
「そっ、そのぉ……旦那様は町でどんなご様子なんでしょうか……?」
私は恐る恐る聞いてみた。すると彼はこちらを見ずに淡々と言う。
「……普段と変わらないとは思うのですが」
「そっ、そうですか……」
沈黙が流れる。……やっぱり私なんかでは、旦那様の興味を引けない……?ガックリしていたら、
「あの……」
旦那様の方から声をかけられて危うくお茶碗を落としてしまうところだった。
「はっ、はい?」
「……その」
「はい」
「……僕は……話すことがあまり得意ではなく……」
目の前の旦那様は眉を下げて、見たこともないほど不安げな顔つきをしていらっしゃる。
「瑚子さんのように上手くお話できたらいいのですが……つまらない返しばかりで申し訳ありません」
「……へっ?い、いやいや!!」
突然の謝罪に思わず全力で首を横に振って否定の意を示す。……ガックリしてたの、そんなに顔に出てたかな?いけないいけない。……でも。
「……わ、私はこうして……旦那様にお話を聞いていただいて、お声をかけていただいて、それだけで嬉しい、ので……」
言っているうちに恥ずかしくなってきて、言葉が尻すぼみになってしまう。でも、旦那様の方から声をかけられて嬉しいのは本心だし、これ以上謝ってなんて欲しくなかった。
どんなふうに思われたのか怖かったけれど、恐る恐る顔を上げる。――するとそこには、私の顔をじっと見つめる旦那様の姿があった。
真っ直ぐに向けられている眼差しは、気のせいかもしれないけれど、なんだかとても優しげに感じられた。
『こちらこそ。……不束者ですが、よろしくお願いします』
祝言を挙げたあの日、旦那様と言葉を交わした時のことがふっと頭によみがえる。……そうだ。あの時の旦那様も、こんな顔をしていたっけ。
「……すみません。ありがとうございます」
「い、いえ!こちらこそ、ありがとうございます……」
「あの、話を聞くのが嫌というわけではないので……話したいことがあったら、なんでも聞かせてください」
「あっ、は、はい……」
そのあとは互いに何も言わず、黙々と夕食を食べ進めた。でも、私は胸がいっぱいで、沈黙なんて全然気にならなかった。
旦那様はこんなにも私のことを思いやってくださっているのに、さっきまでの私は、多くを求めすぎてしまっていた。反省するばかりだ。
……それにしても。
『――瑚子さんのように上手く話せたら』
『――瑚子さんのように』
『瑚子さん』
あの時、旦那様は初めて私の名前を呼んでくださっていた。あの一瞬の優しい響きがどうにも頭から離れない。
……旦那様の声、好きだなぁ。
*
そうして、お会いして二日目の夜だ。
「布団ありがとうございます」
「い、いえ」
初夜はお互いのことを知ってから、と旦那様は仰っていた。正直まだ怖い気もしていたから、少し安心だけど……。
「あの、旦那様」
「……はい」
「お休みになられる前に……少しお話をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。構いませんよ」
せっかくだし、旦那様について色々聞いてみたい。
「あの……旦那様は、お仕事では何を作られているんでしょうか……?」
お会いする前から興味はあったけど、なんだかんだで未だに聞けていなかった。
「装飾品などを作ることもありますが……やはり、箸が多いですね」
「へぇ……」
生活必需品だ。……すごいなぁ。
「家でも仕事をすることがあるのですが、その時はそっとしておいていただけると助かります」
「あっ、はい!わかりました」
もちろん、このお家に嫁いだからには旦那様のお言いつけに従うつもりだ。……だけど、旦那様の作るお箸って、どんなものなんだろう?ますます興味が湧いてしまう。
「あの、もしよろしければ……今度見せていただいてもよろしいですか?」
私の問いに、旦那様は少しだけ目を見開いたあと、小さく頷いた。
「……いいですよ」
「わ、ありがとうございます!」
嬉しい。旦那様にもご都合があるだろうから、あまり無理は言えないけれど……。いつか見られるといいな。
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