新婚初日

 私はそれはもうとてつもなく緊張していた。

 今日からここで暮らすのだ。


 家具を揃えている間、何かと旦那様には気にかけていただいた。高いところにあるものを取っていただいたり、重いものを代わりに運んでいただいたり、お手を煩わせてしまって申し訳ないと思いつつ、本当にお優しい人なのだなぁと私は胸がいっぱいになった。

 とっても無口で、何を考えているのか分からないのが気になるけれども……。



 そうして迎えた初めての夜だ。

 こんなに良くしていただいたのだもの、せめて夕食は美味しいものを振るまわないと……!!と意気込んだものの、料理は不慣れなもので、全く自信がない。焦がしたりはしていないし、味見もちゃんとしたから、大丈夫だとは思うけど……。


「……あの、お口に合わなければ、残していただいて大丈夫ですので……」

「……」


 美味しいとも不味いとも言わず、ただ黙々と食べ進める旦那様。……やはりお口に合わなかったんだろうか。……もっと練習しないとなぁ。


「ごちそうさまでした」


 完食してくださったことにひとまずはほっとするけれど、やはり旦那様の表情は硬いままだ。私は思い切って聞いてみようと思った。


「……あの、その、お味いかがでしたか……?」


 すると彼はゆっくりとこちらを向いた。その瞳は私に何を訴えかけているのかさっぱり分からなかったけれど、ただ一言ぽつりと呟いた。


「美味かったです」


 ……多分気を使ってくれたんだ。



 *



 そうして迎えた初めての夜(2回目)。今、旦那様はお風呂に入っていらっしゃる。


 ……本当に無口な人だから、全然お話ができなかった。……次はもう少し色々聞けたらいいのだけど。

 そんなふうに思っていると、不意にふすまが開いて、旦那様がお部屋に入ってきた。


「……あっ、おかえりなさいませ。……お湯加減いかがでしたか?」

「……はい。問題ありませんでした」


 お返事が聞けて私は少し嬉しかったけれど、相変わらず旦那様の表情は読めない。


「……風呂……冷めないうちに」

「あっ、はい」


 促されてそそくさと風呂場に向かう。脱衣所で着物を脱いでいる時、はたと気がついた。

 ……初めての夜。……初夜。ってことは……。


「する……のかな?」


 情けないことにまだ子供気分が抜けていなくて、全く実感が湧いていなかった。

 さすがに何をするかはそれとなくお母さんから聞いていたし、「旦那様に任せておけば大丈夫」と言われていたけど……。


 ……ほ、本当にするの?私が?あの方と……?



 *



 湯船に浸かっているあいだもぐるぐると考えてしまって、うっかりのぼせてしまうところだった。


「お、お待たせしました……」


 震える手で襖を開けると、並べて敷かれたお布団と、正座する旦那様。それを見て心臓がばくばく鳴っている。


 ……どうしよう。とりあえず、私も旦那様の向かいに正座する。死にそうな思いになりながら、旦那様の言葉を待つ。


「……寝ましょうか」

「はっ、はい」

「おやすみなさい」

「……ぁ、お、おやすみなさいませ……」


 慌てて頭を下げると旦那様はお布団に潜り込んだ。そしてそのまま目を閉じる。

 え!?寝るの!?寝ちゃう感じなの!? 唖然とする私の気配に気づいたのか、ふいに旦那様が目を開けた。


「……どうかされましたか?」

「えっ、いや、あの……」


 どうしよう。このまま寝てしまっていいのだろうか。……だって夫婦なのに。


「……し、しないん……ですか?」


 思わず率直に聞いてしまっていた。目を見開いて固まってしまった旦那様を見てはっと我に返ってしまう。

 ……何考えてるの私は!!!はしたない!!はしたなさすぎる!!!幻滅される!!!


「……」


 不意に旦那様が起き上がって座り始めたので、びくりと体が跳ねてしまう。どどどどうしようと狼狽えていると、少し間を置いて、旦那様はゆっくりと口を開いた。


「……お互いのことを、もう少し知ってからでいいと思います」

「え、あ……」

「今日は寝ましょう」


 そう言って旦那様は再びお布団に潜り込んでしまう。……恥ずかしい。恥ずかしすぎる。私は猛烈に反省しながら、旦那様の背中を見つめた。


「……おやすみなさい」

「……」


 それでも一応声をかけてみたけれど、返事はなかった。……あ、寝てる。よく耳を澄ますと、すうすうと寝息が聞こえてくる。

 ……本当になんであんなこと聞いてしまったんだろう。呆れられてしまったかも。ふしだらな女に思われたかも。ああもう消えたい!!一人でぐるぐると考える。

 私はガバッと布団を被り、きつく目を閉じた。



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