第7話 暁への咆哮
黎明学園に平和が戻って一ヶ月。表向きはいつもの学園生活が戻ってきたが、明日香たちの生活は大きく変わっていた。
「次の標的は、旧工業地帯の遺跡だ」
特別指導室で、青嵐千早がスクリーンに映し出された地図を指さした。そこには赤い点が光っている。
「影喰の残存勢力が集まっているという情報がある」
明日香たちは真剣な表情で聞き入っていた。今や彼らは正式に学園の特別任務部隊「暁小隊」として認められ、影喰の掃討と旧世界の遺物調査を任されていた。
「偵察は零児と小鳥、突入は明日香、蓮司、理央」青嵐千早が指示を出した。「そして、影斬は全体の指揮を」
影斬は頷いた。彼は今や暁小隊の特別顧問として、その経験と知識を惜しみなく分け与えていた。
「気をつけろ」影斬は警告した。「暗影結社は壊滅したが、黒ノ帝の力を崇拝する者たちはまだ残っている」
「はい!」全員が返事をした。
「順調ね」後ろから声がした。振り返ると、そこには水沢先生が立っていた。
「水沢先生!」小鳥が明るい声で言った。
「みんな、頑張ってるわね」水沢先生は優しく微笑んだ。「特に明日香、体調は大丈夫?」
明日香は頷いた。「はい!理想郷の心臓も、すっかり馴染みました」
彼女の胸元に宿る透明の核は、彼女の感情に合わせて優しく脈打っている。時に金色に、時に虹色に輝くその核は、明日香の新たな力の源となっていた。
「よかった」水沢先生はホッとした表情を見せた。「私も力になれることがあれば言ってね」
水沢先生が去った後、準備が始まった。零児は地図を広げ、理央はデータを分析している。蓮司は武器の手入れをし、小鳥は医療キットを確認していた。
「明日香」影斬が彼女を呼んだ。「少し話がある」
二人は部屋の隅に移動した。
「明日香、君の力は安定しているか?」
明日香は少し考え、答えた。「はい、だいたい。時々、昔の記憶が蘇ることがありますが…」
「焔の戦士の記憶か」影斬は静かに言った。「それは大切にしろ。だが、溺れるな。君は君だ」
明日香は頷いた。「はい。みんながいてくれるから、大丈夫です」
「もう一つ」影斬は声を低くした。「黒ノ帝の気配を感じることはないか?」
明日香は少し驚いて影斬を見た。「いいえ、特には。どうして?」
影斬は窓の外を見た。「いや…気のせいかもしれんが、最近、何か…違和感を覚えてな」
「影斬さんの中に、まだ…?」
「いや、私の中の闇は浄化された」影斬は首を振った。「だが、理想郷の心臓が復活した今、何か別の力が動き始めている気がするんだ」
明日香は心配そうに眉をひそめた。「何か分かったら、教えてください」
影斬は微笑んだ。「もちろんだ。さて、任務の準備を」
旧工業地帯の調査は順調に進んでいた。零児と小鳥による偵察で、敵の数と配置は把握済み。明日香たちは計画通りに突入を開始した。
「みんな、気をつけて」理央が通信機を通じて言った。「この遺跡からは強い暗黒エネルギーの波動が出ている」
「了解!」明日香は応え、廃工場の奥へと進んでいく。
廃墟となった工場の内部は、至るところに旧世界の機械が打ち捨てられていた。しかし、それらは明らかに後から何者かの手で動かされた形跡があった。床には奇妙な魔法陣のような模様が描かれている。
「これは…」理央が眉をひそめた。「転移魔法陣…?だけど、どこへ…」
その時だった。突然、魔法陣が鮮烈な紫色に輝き始めた。
「全員、下がれ!」影斬の警告が通信機から響いた。
だが遅かった。魔法陣の光が広がり、明日香たち三人を包み込む。
「何っ…!?」
閃光と共に、彼らの視界が真っ白になった。
目が覚めると、そこはもう旧工業地帯ではなかった。
「ここは…」
明日香は呆然と周囲を見回した。彼らが立っていたのは、どこまでも続く赤黒い大地。空は紫がかった闇に覆われ、遠くには不気味に歪んだ塔のようなものが聳え立っていた。
「〈奈落層〉…」理央がかすれた声で言った。「まさか、復活してるなんて…」
〈奈落層〉――かつて黒ノ帝が支配した闇の次元。焔の戦士によって封印されたはずの世界が、今、彼らの目の前に広がっていた。
「通信が…繋がらない」蓮司が焦りを隠せない様子で言った。
「罠だったんだ」理央は冷静さを取り戻した。「私たちを誘き寄せるために」
明日香の胸に、不吉な予感が走る。
「みんな、戻らなきゃ」彼女は決意を固めた。「ここは危険すぎる。まずは―」
「逃げられるとでも?」
低く響く声に、三人は凍りついた。闇の中から現れたのは、黒い装束に身を包んだ人影。マスクの下からは、妖しく光る赤い瞳が彼らを見据えていた。
「あなたは…」明日香の声が震えた。
「ようこそ、焔の戦士――いや、火ノ宮明日香」男は優雅に一礼した。「私は〈奈落の門番〉。主の復活を見守る者」
「主って…まさか!」
「そう」男は満足げに頷いた。「黒ノ帝様だ。理想郷の心臓が復活した今、主の復活は時間の問題」
明日香は無意識に胸元を押さえた。
「そんなこと、させない!」蓮司が叫んだ。彼の拳が炎に包まれる。「明日香を狙うなら、俺が相手だ!」
「蓮司、待って!」理央が制止しようとしたが、蓮司はすでに突進していた。
門番は微動だにせず、蓮司の攻撃が間近に迫った瞬間、闇が渦を巻き、蓮司の体が宙に浮いた。
「蓮司!」
「弱い」門番はそっけなく言った。「おまえたちでは、主の爪の垢にも及ばん」
ひと振りの手で、蓮司は遠くへ吹き飛ばされた。理央が素早く術式を展開し、蓮司の落下を和らげる。
「大丈夫?」明日香が駆け寄る。
「ああ…くそっ…」蓮司は唇を噛んだ。「こいつ、強すぎる…」
「当然だ」門番は淡々と語る。「私は主の影から生まれた。主の力の一片を宿している」
その言葉に、明日香の中で何かが反応した。胸の奥から、熱い感覚が広がる。
(この感じ…焔の記憶が…)
彼女の目の前に、金色の炎が揺らめいた。そこに浮かび上がったのは、彼女自身――いや、かつての焔の戦士の姿だった。
焔の戦士の声はかすかに震えていた。
「私は…たったひとりで全てを抱えようとした。仲間を信じきれなかった。だから最後に"闇"を完全には断ち切れなかったの」
明日香の胸が熱くなる。「それが、"黒ノ帝"の残滓を残した理由…?」
炎の中の少女――かつての自分は、深く頷いた。
「だが、今度は違う。お前には仲間がいる。理央、蓮司、零児、小鳥、そして――影斬さえも。過去の私が背負いきれなかったものを、今の"私たち"が共に越えるんだ」
明日香はぎゅっと拳を握った。「私はもう、ひとりじゃない…!」
その瞬間、彼女の胸元――理想郷の心臓が、五つの核の輝きを放ち始めた。
紅蓮の炎、蒼き水流、翠の疾風、黄の大地、白銀の空。
そしてその中心で、すべてを束ねる金の光が、明日香の全身を包み込んだ。
千早が目を見開く。「これは…!焔の戦士と現世の意志が完全に同調した…!」
その輝きの中、明日香は静かに目を開ける。彼女の瞳にはもう迷いがなかった。
「行こう。私たちの未来を、取り戻すために――」
――そして、最終決戦の地、〈奈落層〉の空に、仲間たちと共に飛び立つ。
かつて封印しきれなかった"闇"に、今こそ終止符を――。
「!?」門番が驚愕の声を上げた。「この力は…!」
明日香の周りに金色の炎の鎧が形成され、髪は輝く炎のように揺らめいていた。その瞳は、まさに太陽のように燃え盛っている。
「明日香…」理央は感嘆の声を漏らした。
「カッコいいぞ、明日香!」蓮司が立ち上がり、拳を突き上げた。
明日香は微笑んだ。「二人とも、力を貸して」
理央と蓮司が頷き、彼女の両側に立った。
「なるほど」門番は冷たく笑った。「それが理想郷の心臓の力か。だが、それも今日で終わりだ」
彼は両手を広げ、周囲の闇が渦巻き始めた。それは次第に黒い人型の形になっていく――無数の影喰が、彼らを取り囲んだ。
「全滅させろ」門番が命じた。
影喰の大群が襲いかかる。
「理央、蓮司!」明日香が叫んだ。「私に続いて!」
彼女が両手を前に突き出すと、金色の炎が渦を巻き、盾となって影喰を弾き返した。
「分かった!」理央が応じ、円形の魔法陣を展開。青い光が放たれ、影喰を氷漬けにしていく。
「俺も!」蓮司の体が赤熱し、拳から放たれる炎は影喰を次々と貫いていく。
三人は背中合わせになり、襲いかかる敵を撃退していく。しかし、倒しても倒しても影喰は湧き出てくる。
「きりがない…!」蓮司が息を切らした。
「あの塔…」理央が遠くの不気味な建造物を指さした。「あそこが源だと思う」
明日香は頷いた。「行こう!」
彼女は手を広げ、二人を抱き込むように金色の翼を展開した。翼に包まれた三人は、影喰の群れを突き抜け、闇の塔へと飛翔していく。
「逃がさん!」門番が叫び、巨大な闇の刃を放った。
「させるか!」
突然の声と共に、紫の光線が闇の刃を迎え撃つ。
「影斬さん!?」
塔への道に立ちはだかる門番の前に、影斬慶一郎が立っていた。
「行け、明日香!」影斬が叫んだ。「私がここを抑える!」
「でも…!」
「信じろ。私はもう闇に屈しない」
影斬の瞳には、強い決意が宿っていた。
明日香は迷った末、頷いた。「必ず、戻ってきてください!」
「約束だ」影斬は微笑み、再び門番と対峙した。「さあ、私の過去の業…清算させてもらおう」
明日香たちが塔へと向かう中、影斬と門番の激しい戦いが始まった。
闇の塔の頂上。そこには巨大な黒い結晶が置かれていた。
「あれが…黒ノ帝の核?」蓮司が息を呑んだ。
「ええ」理央が答えた。「ここで封印が解かれようとしている」
結晶の周りには、五つの祭壇が円を描くように配置されていた。各祭壇には、かつての守護者たちの像が配置されている。
「五人の守護者…」明日香が囁いた。「私たちの前世の姿…」
「おやおや、よく来たね」
甘い声が響き、塔の奥から一人の少女が現れた。華やかな装いをした彼女は、どこか人形のように不自然な微笑みを浮かべていた。
「誰だ、お前は!」蓮司が構えた。
「私?」少女はクスリと笑った。「私は〈夜明けの巫女〉。主の復活を導く者よ」
「巫女…」理央が眉をひそめた。「敵か」
「敵も味方もないわ」巫女は踊るように動いた。「ただ、世界の理を司るだけ。光あれば闇あり。暁あれば黄昏あり」
「何を言ってるんだ?」蓮司が苛立ちを隠せない。
「蓮司、気をつけて」理央が警告した。「この子、普通じゃない」
巫女は愉快そうに笑った。「ふふ、さすが水の守護者の生まれ変わり。鋭いわね」
巫女が手を広げると、黒い結晶が反応して脈動し始めた。
「もうすぐよ。主の復活の時が」
「させない!」明日香が前に踏み出した。「黒ノ帝を復活させるわけにはいかない!」
巫女は首を傾げた。「でも、それが世界の理なの。光と闇のバランス。あなたが理想郷の心臓を持つなら、対をなす闇の王も甦らなければ」
「そんな理屈で、多くの命が犠牲になるのを見過ごせるわけない!」明日香の体から炎が迸る。
「では、止めてみる?」巫女の表情が一変し、凄まじい闇のオーラが放出された。「焔の戦士!」
巫女の姿が変容し始める。少女の姿は闇に溶け、そこに現れたのは漆黒の甲冑に身を包んだ騎士の姿だった。
「これが…私の本当の姿」低く響く声。「〈黒衣の騎士〉、黒ノ帝の右腕にして最強の守護者」
「騙していたのか…」理央が唇を噛んだ。
「さあ、理想郷の心臓を捧げなさい」騎士が剣を抜いた。「さもなくば、力ずくでも奪い取る」
「させるか!」蓮司が叫び、突進した。
「蓮司、待って!」
だが遅い。騎士は一閃、蓮司を薙ぎ払った。
「蓮司!」理央が駆け寄る。幸い、致命傷ではなかったが、立ち上がれない様子だ。
「貴様…!」明日香の怒りが頂点に達した。
「怒りも力にしなさい」騎士が告げた。「すべての感情が、理想郷の心臓を活性化させる」
そう言うと、騎士は明日香めがけて斬りかかってきた。明日香は咄嗟に炎の剣を具現化して迎え撃つ。二人の剣が交差する度に、衝撃波が走る。
「強い…!」明日香は歯を食いしばった。
騎士の攻撃は容赦なく、明日香は徐々に押され始めていた。
「明日香!」理央が術式を展開し、支援を試みる。しかし、騎士は一瞬で理央の前に現れ、術式を破壊した。
「邪魔だ」
理央は壁に叩きつけられ、うめき声を上げた。
「理央!」明日香が駆け寄ろうとすると、騎士の剣が彼女の腹部を貫いた。
「ッ…!」明日香の目が見開かれた。激痛が全身を走る。
「終わりだ」騎士は冷たく言った。「さあ、心臓を」
明日香のビジョンがぼやけ始める。しかし、その時だった。
「まだだ!」
突然の叫び声と共に、緑の光線が騎士を襲った。
「零児!小鳥!」
塔の入り口に、零児と小鳥の姿があった。
「なぜここに…」明日香は弱々しく言った。
「影斬さんが教えてくれたの」小鳥が駆け寄り、明日香の傷に手を当てた。温かな回復の光が広がる。「私たちを別の転移魔法陣で送ってくれたの」
「みんな…」明日香の目に涙が浮かんだ。
零児は騎士と対峙していた。「行け、明日香。俺たちが時間を稼ぐ」
「でも…」
「信じて」小鳥が微笑んだ。「私たちはみんな、守護者の生まれ変わり。共に戦える」
明日香はゆっくりと立ち上がった。小鳥の癒しの力で傷は塞がっている。
「理央、蓮司、大丈夫?」
二人も回復魔法で少し元気を取り戻したようだ。
「行こう」明日香は決意を固めた。「五人で」
かつての守護者たちの像が並ぶ祭壇に、彼らは立った。
「何をする気だ?」騎士が警戒する。
「終わらせる」明日香が答えた。「正しい形で」
五人はそれぞれ、自分の前世に対応する祭壇に立った。明日香の胸から、理想郷の心臓が浮かび上がる。それは五色の光を放ち、各々が守護者たちへと流れ込んでいく。
「やめろ!」騎士が叫び、彼らに斬りかかろうとした。しかし、五人を囲む光の障壁に阻まれる。
「黒ノ帝を復活させるんじゃない」明日香が静かに語る。「闇と光を、正しく統合するの」
五人からの力が一点に集中し、黒い結晶を包み込んでいく。結晶は抵抗するように振動し、黒い霧を放出した。
「主よ!目覚めよ!」騎士が必死に叫ぶ。
「みんな、力を!」明日香が叫んだ。「私たちの未来のために!」
五人の決意と祈りが一つになり、耳を劈くような轟音と共に結晶が砕け散った。黒い霧は理想郷の心臓に吸収され、その色が変わり始める――黒と白、光と闇が混ざり合い、虹色に輝く新たな核が生まれた。
「これが…完全なる理想郷の心臓」理央がつぶやいた。
「終わったの…?」小鳥が不安そうに周りを見回した。
明日香は深呼吸した。「まだ…もう一つ」
彼女は騎士に向き直った。騎士は力を失い、膝をついていた。
「もう終わりだ」明日香は静かに告げた。「あなたも解放される時が来た」
「何…?」
明日香は手を差し伸べた。「あなたも、かつては守護者の一人だった。闇に落ちる前は、私たちの仲間だった」
騎士の甲冑にヒビが入り始める。中から光が漏れ出している。
「違う…私は…黒ノ帝の…」
「違うよ」明日香は優しく微笑んだ。「あなたは〈黄昏の守護者〉。六人目の、大切な仲間」
騎士の甲冑が砕け散り、中から現れたのは、か弱い少女の姿だった。もはや敵意はなく、ただ混乱し、怯えているだけだ。
「私は…誰…?」
「仲間だよ」明日香が彼女を抱きしめた。「一緒に帰ろう」
完全な理想郷の心臓から光が広がり、〈奈落層〉全体を包み込んでいく。闇の世界が浄化され、光の粒子へと変わっていった。
気がついた時、彼らは再び旧工業地帯の遺跡にいた。そこには影斬も無事に戻っていた。
「成功したようだな」影斬は満足げに言った。
「はい」明日香は頷いた。彼女の腕には、意識を失った少女――かつての黒衣の騎士が眠っていた。
「彼女は?」
「新しい仲間です」明日香は微笑んだ。「これから一緒に、未来を作っていきます」
空が明るみ始めていた。夜明けの光が、彼らの新たな一歩を照らし出している。
明日香は胸に手を当てた。そこには完全な理想郷の心臓が宿っている。もはや闇と光は対立するものではなく、一つとなって彼女を、そして世界を支えていた。
「さあ、帰ろう」明日香は仲間たちに呼びかけた。「私たちの物語は、まだ始まったばかり」
金色に染まる空の下、六人の守護者たちは肩を寄せ合い、黎明学園へと歩き出した。
かつて一人で背負った運命を、今は仲間と共に。
暁ノ咆哮 すぎやま よういち @sugi7862147
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます