第13話
体育館には、戦場のような光景が広がっていた。
ある生徒は隅で倒れ、ひたすら呼吸を貪り、またある生徒は壁に手をつき、肩で息をしている。どの生徒も苦しそうにしていた。
「やっと来たか。君たちが最後だ」
その中で1人、涼しそうな顔をしている女性が1人。
「げっ、お結......」
「ん?」
「いえ、なんでもないです! 今日も結先生はお美しいですね!」
ころっと態度を変えて、亮はペコペコと目の前の女性に謝る。
そこにいたのは、白衣を身につけた保健室の番人。蒼井結先生だった。
今回の測定種目は音響機材を使う都合上、教師の管理が必要だ。蒼井先生はその担当らしい。
「君たちもわかっていると思うが、この種目では無理は禁物だ。きついと思ったら途中でやめるように。特に亮。これはバトルじゃないからな」
鋭い牽制。流石、亮の考えることはお見通しだ。
「そ、そんなことするわけないじゃないっすかー。な、なぁ悠」
さりげなく俺を巻き込むな。
「環は体育が終わったら保健室に来るように」
擦り傷だらけの黒猫に優しく声をかける。
「.....はい」
「それと、悠と大代は......まぁ頑張れ」
「かける言葉がなければ無理して言わなくていいですよ」
大代の的確な発言に蒼井先生は肩をすくめ、ステージの裏側へと移動する。
スピーカーからぷつっと音がし、聞き覚えのある音声が再生される。
ピッ……ポーン……パーン……
「やめろー! 俺はもう走りきっただろう!」
「落ち着け山本! それはお前に向けたものじゃない」
音声にトラウマを刻まれたのか、山本が錯乱し、隣の生徒に抑えられている。
彼の精神が回復することを祈りつつ、俺たちはスタートラインへと向かった。
「このテンポで進んでいくからな」
今度は蒼井先生の声がスピーカーから流れてくる。ステージの裏側からマイクを通して喋っているのだろう。
俺は遠くに引かれる白いラインを見据える。
スタートラインからゴールまでの距離はたったの20メートル。
だが、この種目ではその油断が命取りとなる。
「びびっているか悠?」
隣に並ぶ、亮が不敵に笑う。しかしその声は震えていた。
「そう言うお前こそ。顔がこわばってるぞ」
「へっ誰がビビるかよ! これは武者震いだ」
自分を奮い立たせるように、亮は拳を叩く。
ばちぃん、と気合の入る音が体育館中に響く。
気合充分と言ったところか。
だが甘い。この種目は気合いで乗り切れるほど楽なものではないのだから。
この種目はあらゆる人間を恐怖させ、絶望させる。
そう、最後の種目は。それはーー
「シャトルランごときで何大袈裟にしてんのよ」
相変わらず大代は冷めている。
〜シャトルラン〜 by蒼井
20mの距離を2本線ひき、電子音(ビープ音)*の音に合わせて、20m先のラインまで走りきります。
音声がなりきるまでにラインを踏んでいたら、続行。次の音に合わせて折り返し、白い線まで走ります。
音は1分ごとに少しずつ速くなり、ラインに間に合わない回数が2回連続になると終了。
その時点までに走った回数(往復回数)を記録しましょう。
この種目では持久力が問われます。
周りの生徒とつい比べてしまい負けたくないと無理をするかもしれません。
しかし、無理のしすぎは吐き気や怪我につながる恐れもあります。
あくまで自分との勝負に留めましょう。
ピッ。
音声と共に俺たちは走り出した。ラインを踏む。
まずは軽いジョグ程度。
誰もが余裕の段階なのだが、黒猫が早々に躓いた。
黒猫!
思わず彼女にかけよりそうになる。
しかし、黒猫は素早く起き上がり、駆け足でラインを踏んだ。
「大丈夫か?」
「.....平気です」
その割に息が少し上がっている。
ビー!
折り返しの音声がなる。
今度も軽いジョグ程度。ラインを踏む。
黒猫も今度は無事にラインを踏んだ。
呼吸が少し粗い。
黒猫は息を整えるように呼吸をする。
ビー!
2周目の音声。
俺たちは走り出す。ラインを踏む。
まだみんな残っている。
ビー!
折り返しの音声。
走る。ラインを踏む。
ーーそして10周目
どしゃん!
今回2度め。黒猫が足をもつれさせ転倒する。
テンポはまだゆっくりめだが、疲労が溜まっているのか黒猫の起き上がりが遅い。
「あれはアウトだな......」
亮が静かに告げる。
あの音がまた鳴った。
俺たち3人は走り出す。
起き上がる黒猫とすれ違う。
これは体力測定。己との勝負。黒猫を助ける事はできない。
だからせめて。
「黒猫、頑張れ」
俺はすれ違いざまにできる精一杯の事をした。
白いラインを踏む。
黒猫は立ち上がり走り出していた。普段の黒猫からは想像もつかない、ペース配分も考えない無茶苦茶な走り。
ブザーがなりきる前に黒猫は白いラインを踏む。
すぐさま、折り返しせよと合図が鳴る。
隣を走る黒猫の息は乱れていた。走る格好も覚束なくて、またすぐに倒れてしまいそうだ。
ラインを踏む。
黒猫は俯き、肩で呼吸を繰り返していた。
また、ブザーが鳴る。
俺たちは走り出す。黒猫も遅れて走り出す。
ラインを踏む。
今度は大代も遅れていた。
今はまだ12周目。
大代にしては息が切れるのが早い。調子が悪いのか。
俺は呼吸を整えながら彼女たちの様子を見守る。
大代と黒猫がラインを踏んだ。
またブザーが鳴る。
走り出そうとして、俺は出遅れた。
黒猫の前を大代が走る。
大代の手は黒猫の腕を掴んでいた。
今度は少し余裕を持ってラインを踏む。
「大代お前......」
「別に......黒猫が転んで巻き込まれるのが嫌なだけだから。ただそれだけ」
大代は俯く黒猫の背に向けて、
「もう限界なわけ?」
黒猫が首を横にふる。
またブザーが鳴った。
汗をぬぐい、黒猫が走り出す。その後ろを大代がついていく。
ーーみんなが満足のいく自己ベストを出せればいいよな。
俺も走り出した。
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