第14話

 体力測定が終わり、昼になる。

 屋上に忘れ物をしたと嘯いて、蒼井先生から鍵を借り、俺と黒猫は今日もそれぞれ弁当を持って屋上へと来ていた。

 そよそよと風がそよぐ。

 鍵なくすなよ。

 蒼井先生が鍵を差し出した際に、言った言葉が蘇る。

 あの人は、きっと勘づいているだろう。

 俺が鍵を借りた理由も、黒猫と関わっている事も。

 黒猫は青いベンチに腰掛け、買い物袋からパンと紙パックを取り出す。

 サンドウィッチとミルクティーだった。

 俺は黙って彼女の隣に腰をおろす。

 昨日と同じ距離を空けて。

 

 「今日も天気がいいな」


 「......そうですね」


 俺が青空を見上げて呟く反面。

 黒猫は紙パックにストローを刺しながら答える。

 相変わらず素っ気ない態度だ。

 俺は風呂敷をときながら、彼女の顔を、手足を見る。

 彼女のあらゆるところに絆創膏やガーゼがはられ、それは先ほどの体力測定の凄まじさを物語っていた。

 ーー結局。

 黒猫は18回目に差し掛かった所で、間に合わず、アウトとなった。

 しかし、その顔はどこか満足気で。

 彼女にとって最高の結果だったのかもしれない。

 大代は。

 彼女は黒猫がリタイアする直前まで、黒猫の後ろを走り、最後まで気にかけていた。

 その事を指摘すれば、大代は「巻き込まれたら困るから。あくまで自分の為にしたの」と否定するに違いないが。

 まったく。素直になれないところが大代らしい。

 

 「黒猫、怪我は大丈夫か?」


 弁当箱を開ける。

 中身は、今朝妹の澪によってぎゅうぎゅうに敷き詰められたおかずたち。


 「......慣れました。いつものことです」


 黒猫はどこか遠くを見つめ、小さな口でサンドウィッチをかじる。

 慣れました、か。

 彼女のその言い方に俺は少しやるせなさを覚えた。

 体力測定があるたびに黒猫は怪我をし周りから嘲笑されてきたのだろう。

 そのとき、彼女の側には誰かいたのだろうか。

 心配して声をかけてくれるクラスメイトや大代みたいに呆れながらも声をかけたり、助けてくれる人が周りにいたのだろうか。

 彼女はずっと1人だったのだろうか。

 もしそうなら。

 今日の体力測定は黒猫にとって特別な何かになり得たのだろうか。

 風が全身をなでる。

 心地よくて、俺は流されるように口を開いた。


 「黒猫。来年も一緒に頑張ろうぜ」


 黒猫は少し、空を見上げ、


 「......来年も一緒のクラスになれるかわかりませんよ」


 

 「ら.......来年も同じだったらよろしくな」


「......同じグループになれるかわかりませんよ」


 「同じクラスで、同じグループになったらよろしくな」

 

 「......そうなった時は不本意ですが。わかりました」


 やっと黒猫は首を縦に振る。

 達成感を感じるが同時に気恥ずかしさも襲ってくる。

 これじゃまるで黒猫と一緒にいたいと言ってるようなものじゃないか。

 視線を晒すように下をむくと手元には弁当が。

 そうだった。弁当。

 そもそも昼を誘ったのは黒猫に俺の弁当を食べてもらうためだった。

 澪の言っていた魔法の言葉を思い出す。

 あくまで自然に。相手のためではなく、自分のためにとお願いする感じで。


 「なぁ黒猫」


 俺は弁当と一緒に包んでいた小さな爪楊枝ケースから一本取り出し、ハンバーグに刺す。


 「今日作りすぎてしまってさ。よかったら半分食べてくれないか?」


 言って、やはり気恥ずかしさが襲ってくる。

 しかし賽は振られたのだ。もう引き返せない。

 果たして黒猫は。

 

 「......昼ごはんがあるので」

 

 やんわりとした否定だった。

 いらない、とはっきり言えば俺が傷つくと思って気遣ってくれたのかもしれない。

 俺は気まずさをかんじながら、弁当を引っ込めようとして。

 きゅるると可愛い音がした。

 それは空腹を知らせる音。

 発生源を見やると、彼女は変わらずの表情をしていた。

 まるで何もなかったですよと言わんばかり。


 「黒猫、今のって」


 「......なんのことですか? 気のせいじゃないですか?」


 「いや、今のはどう聞いたってお腹の音じゃないか?」


 「.....もしそうなら、あなたからで、私ではありません」


 なるほど。しらをきるつもりか。

 しかしそれがいつまで続くか。

 俺の予想が正しければ、もう一度あの可愛らしい音を拝むことができるだろう。

 なんせ、俺たちはさっきまで体力測定をしていたのだから、空腹もいつも以上に倍の筈だ。

 パンとミルクティーだけで、凌げるはずがない。

 

 「.......っ!?」


 黒猫が唐突に俯き、お腹を抑える。

 それは苦しみというよりも、何かに耐えるといった動作で。


 「......ま、待ってください......」


 ポツリと呟く言葉と同時に、

 きゅるきゅる。

 また可愛いらしい音がした。

 チャンスだった。


 「......無理すんなよ。お腹減ってんだろ」

 

  再び弁当を差し出す。

  気恥ずかしさからなのか、今度は否定しなかった。


 「......それでは一つだけ」


 黒猫は爪楊枝で刺したハンバーグを手に取る。


 「......いただきます」


 ぺこりと丁寧なお辞儀。

 律儀だな。

 彼女はハンバーグを小さな口で頬張り、


 「......美味しい」


 確かにそう口した。

 じんわりと胸が熱くなる。

 空の向こうに澪がサムズアップをしていた。


 ーーやったね。兄貴!


 そんな声が聞こえてくる。

 今日の帰りは、澪の好きなアイスでも買って帰ろうか。

 


 

 

 


 

 


 

 

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幸せな黒猫 腐った林檎 @today398

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