第11話

 波乱の握力測定が終わり、次に俺たちは白いマットが敷かれているスペースへと場所を移す。

 因みに、黒猫と大代の握力は、黒猫が平均より低め、大代が平均という結果となった。


 「よし、次は上体お越しで勝負だな」


 相変わらず、亮の頭では勝負事として捉えているようだ。

 俺は半分呆れながらも、近くにある測定方法のマニュアルに目を通す。


〜上体起こし〜


 測定時間は30秒。

 仰向けに寝て、膝を90度に立てる。足は1人が抑えて固定します。

 両手は胸の前で交差(クロス)させます。

 そのまま上体を起こし、肘が太ももに触れたら一回とカウントします。

 触れたら、また床で寝た状態に戻り、それを測定時間まで繰り返します。

 測定する人は、カウントを間違えないように注意しましょう。

さぁ、これで君もUP downUPdown上体起こしマスターだ!


 説明文を読み終わり、俺はそっとマニュアルを元の場所に戻す。

 最後の一文は一体誰が考えているんだろう。


 「さて、そんじゃ今回も俺と悠が最初に測定な。大代固定頼んだわ」


 「嫌よ」


 考える素振りも見せず、亮のお願いをバッサリと拒否する。

 大代は少し、めんどくさそうに、


 「あんたフルパワーで来るから抑える方が疲れるのよ。それなら私は貧弱な悠の方がいい」


 さりげなく俺も罵倒されているんだけど。


 「わーたよ。じゃあ黒猫頼むわ」


 小柄な黒猫では亮のフルパワーを抑えるのにもっと苦労すると思うが。

 そもそも、俺が亮を抑えればいいだけではないだろうか。

 そんな考えもよぎったが、亮は仰向けに寝転がりスタンバイしてるし、黒猫も亮の足を抱えるようにして抑えていた。

 それに勝負脳の亮の事だ。

 対戦相手同士が同時にやらないと意味ないだろと、訳の分からない持論を持ち出すに決まっている。

 せめて黒猫が怪我しないようにと祈りながら、俺は仰向けになる。天井を見上げた瞬間。

 大代がすっと視界に入ってきた。

 そして、俺の膝の辺りにしゃがみこみ、

 そのまま、すらりと伸びた腕で俺の膝をがっちり押さえる。

 お尻が、俺のつま先に、ぽすん、と乗っかった。


 「っ.....」


 柔らかい。

 そんな邪な感情が沸いて、俺は慌てて大代に呼びかける。

 

 「えっと......大代?」


 「こうしないと無駄に足に力が入るから仕方なくだから。あと重いとか言ったらぶっ殺す」


 淡々と言う割に、脅しを簡単に混ぜてくる。

 俺は反論できず腕をクロスさせる。

 一方亮の方はというと。

 黒猫が慎ましやかに両手でくるぶしを抑えていた。

 なんか頼りない。


 

 スマホで30秒を計ることにして、大代の端末でアラームを設定する。


 「へへ、今回も負ける気がしねぇな」


 相変わらずの単細胞。

 俺は亮のことを無視して、合図を待つ。

 

 「それじゃ黒猫。合図頼んだぜ」


 またも黒猫をご指名だった。


 「......初め」


 小さな声の合図とともに、同時に俺たちは身体を起こす。

 

 「......っ」


 当たり前の事だが、上体を起こすたびに大代の顔に近づく。

 距離はおそらく30センチもない。

 息を吐くたびに、大代の瞳が、すらりとした鼻が、柔らかそうな紅みがかった唇が近くに来る。

 つま先から全神経が集中してしまって、思考がフリーズしかける。

 これは、マズイと腹筋に意識を集中するが。

 ふわりと、大代の髪から花のような甘い匂いがして、鼻をかすめた。

 駄目だこれ以上は。

 気まずくなって、視線をそらす。

 視線の縁に映る先には亮がいた。

 そして、黒猫は予想通りというべきか、規定通りというべきか。

 亮のフィジカルに耐えきれず、吹き飛ばされていた。

 

 「黒猫! しっかり固定してくれ」


 黒猫は再び、足を両手で固定するが、亮が起き上がるとまた離れてしまう。

 それはまるで磁石のようだった。

 あの調子では、まともに測定も出来ないだろう。


 「......」


 これは体力測定。勝負は以ての外。

 そんなのわかりきっている。

 しかし。しかしだ。

 うちに眠る男の魂が囁くのだ。

 完膚なきまで叩き潰せと。


 「えっなに!? 急に早くなるじゃん」


 やがて、大代のスマホから時間切れを告げるアラームが鳴る。

 測定結果 「......0」 「24回。平均ね」


 俺の勝利だった。


 「くそー! マジかよ」

 

 悔しがる亮をスルーして、俺と代わるように大代がマットに横になる。

 

 「それじゃ、悠お願い」


 まぁそうなるよな。

 組み合わせからいって自然の流れだ。

 しかし、俺は待ったをかけた。


 「次は大代、黒猫。1人ずつ計ろう」


 「はぁ? なんで」


 大代が上体を起こし、抗議する。

 その目は信じられないと訴えかけてきていた。


 「そもそも、1人ずつの計測が自然の流れの筈だ」


 本来であれば上体起こしは実施者、足抑え兼計測係、タイマー係と役を分けてやるべきもので、そこに亮がバトルなんてものを持ち出したから、おかしな事になった。

 大代と黒猫は勝負をしていない為、ここで本来のやり方に直した方がいいというのが俺の持論だった。

 .....まぁ、それは建前で。

 本音は大代の足を固定するのに少し躊躇いがあったからだ。

 俺が固定する。

 それは再び大代と視線をかわすことを意味する訳で。

 理由はわからないが、俺はそれを避けたかった。


 「まぁ、別にいいけど」


 いいと言う割には、不承不承と言った感じだった。


 「黒猫もいいよな」


 「......はい」


 こくりと頷く黒猫。

 俺の提案が無事通った所で、大代と黒猫の測定が始まる。

 ーーそこで事件は起きた。


 「黒.....猫?」

 

 大代の測定が終わり。黒猫の番。

 足固定兼計測は大代、タイマー係は俺になり、亮のスタートの合図で計測が始まったのだが。

 黒猫は少し上体を起こした所で止まっていた。


 「黒猫.....もう少し身体を起こさないと一回のカウントにならないぞ」


 時間は進み続ける。

 彼女の記録は未だ0のまま。


 「......これが......私の限界です」


 「「「っ!」」」


 俺たちが見守る中、黒猫は上体を左右に揺らしたりして、なんとか懸命に起きあがろうとする。

 その姿はさながら陸に打ち上げられた魚のようだった。

 そして非常にもアラームが鳴る。

 

 「......2回」


 運動が苦手と言ってはいたが、まさかここまでとは。

 

 


 

 


 

 


 

 

 


 

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