第10話

 「さて、最初はなにからするか?」


 記録用紙を団扇のように上下に揺らしながら亮は体育館をぐるりと見渡す。

 体力測定の種目は屋内と野外に分かれていた。

 俺たちがじっとしている間に、他のグループはグランドに移動したり、ステージ側に移動していく。


 「私はどこでもいい」


 大代が素っ気なく答える。


 「......私も同じです」


 黒猫がこくりと頷く。


 「かぁー、どこでもいいが一番困るんですけど。悠は行きたいところがあるか? どこでも言いは禁止な!」


 正直、俺もどこでもよかったのだが。

 しかし、それではいつまでも動きそうにないので仕方なく俺は、ステージ側を指さす。


 「あれなんてどうだ?」


 「お、握力測定か。ちょうど器具が2個空いてるな。他の2人はどうする?」


 「私は別にいいけど。てか早く終わらせたい」


 「......私も同じです」


 「は? あんたさっきから私の真似ばかりしてない?」


 「......真似ではありません。意見が同じなだけです」


 「っ...... ムカつくわアンタ」


 大代は大きく舌打ちを鳴らし、ステージへと歩いていく。

 

 

 「うっし! まずは俺が勝つからな悠」


 相変わらず亮の頭には体力測定=俺との勝負事として結びついているみたいだ。

 だから、体力測定は勝負じゃないんだけど。


 「......」


 黒猫もついていくように、しずしずと歩いていく。


 ああ、誰か胃薬をくれないか。



⭐︎


 〜握力計の使い方〜


 握力計は手のひら中心で握るようにしよう。

 計測する時は立って行い、測定する腕は身体の横に自然に下げよう。

 肘を曲げたり、身体に当てた場合は測定やり直し。

 右手、左手それぞれ2回ずつ測定し、そのうちの高い方の数値を記録をするよ。

 ルールを守って楽しくLETS測定!


 握力測定に楽しいも辛いもあるか。

 握力計の説明文を読みながら、思わずツッコミそうになり、俺は慌てて抑える。

 その傍ら、亮が握力計に目を輝かせていた。


 「やっぱ体力測定の醍醐味と言ったら、握力測定だよな! お前もそう思うよな悠」


 前言撤回。

 楽しむ奴がここにいた。

 しかし、亮が言いたいこともわかる気はする。

 握力とは文字通り力だ。それは時に強さの指数を現し、数値が高い者は、周りから羨望の眼差しを向けられる事だってある。

 その為か。どんなふざけた奴でも握力測定には本気で取り組むらしい。


 「よし、まずは俺VS悠だな。いい勝負にしようぜ!」

 

 サムズアップで笑う亮。

 体力測定でいい勝負ってなんだ。

 亮から渡された握力計を、説明の通りに身体の横に下げる。

 まずは右から。

 力を入れるタイミングは記録者の掛け声に合わせて。

 記録者は、大代と黒猫。

 亮の記録者が大代で、俺の記録者は黒猫だ。


 「よし、黒猫掛け声頼んだ!」

 

 亮が黒猫に指示を送る。

 まさかの黒猫に合図をさせるのか!?


「......どうぞ」


  微妙な合図と共に静かに火蓋が落とされた。

  ぐっと力を入れる。握力計のハンドルが浮かぶ感触がする。

 これはいい数値にいったんじゃないか?


 「......38.8」


 「は? 嘘だろ」


 黒猫を疑うわけではないが、自分では手応えがあったつもりだ。

 俺は握っていた握力計の針がさす数値を読み取る。

 そこにあるのは確かに黒猫の言った通りの数値。

 さらさらと黒猫が記録用紙にペンを走らせる。

 そうか平均的か.....

 一方の亮はというと。


 「......55.3」


  馬鹿力にも程があった。


 「よっしゃ俺最強!」


 目の前でガッツポーズを決める亮。

 勝負事と意識していないのに、何故かむかつく。

 気を取り直して。

 次は左。

 利き手ではない分数値は落ちるのだから、亮といい勝負になる。

 そう思っていたのだが、


 「......36.8」


 「......52.6」


またもや亮の圧勝だった。


 「あれあれ悠くんどうしたんでちゅか? もっとお手てにぎにぎしないといい結果がでまちぇんよ?」


 手のひらをグーパー、グーパーと見せつける。

 沸々と湧き上がる感情を抑え、2回目の測定へ。

 亮は余裕の澄まし顔。口笛なんか吹いている始末。

 負けたくねぇ。


 

 「黒猫頼みがあるんだが」


 「......なんですか」


 相変わらずの素っ気ない反応。

 果たして聞いてもらえるかわからないが、

 しかし、俺もここで引くわけにはいかない。

 アイツに鉄槌をくださなければ気が済まない。

  

 「応援してほしいんだ」


 「......応援。それになんの意味が」


 「ほら、よく見るだろ。甲子園とかで、吹奏楽部や応援団が選手に向かって鼓舞しているのを。応援はどんなものより力になるんだよ......頼む黒猫」


 俺の願いが伝わったのか、伝わらなかったのか。

 黒猫は黙ったまま、測定器に目をやる。

 そして始まる2週目。

 俺はありったけの思いをぶつける。

 しかし、2週目となると1週目の疲労もあり、いい感触がしない。


 「黒猫頼んだ!」

 

 彼女は何も言わない。しかし、俺も諦めるわけにはいかなかった。

 決めたのだ。あの暴虐無人な男を倒すと。


 「黒猫〜!」

 

 悲痛な叫びをあげる。

 もうダメだ。

 手の力が限界を迎える。

 その時だった。

 聞こえる彼女の声が。

 測定が終わってニヤニヤしている亮や記録用紙を眺めている大代には聞こえなかったかもしれない声。

 しかし、俺には確かに聞こえたんだ。


 「が、がんばれー、がんばれー」


 黒猫の声が!

 内のそこから湧き上がる力。

 聞いたことがある。人は身体の負担を避けるために本来の力をセーブをしていると。脳にリミッターをかけていると。

 だが、火事場の馬鹿力というように土壇場でリミッターが外れる事がある。

 そうか、これがーーこれこそが。


 「握力‼︎」


 「......急に何言ってんの?」


 大代のツッコミをよそに、ぐっと握力計のハンドルが上がった気がした。

 結果は。


 「......36.9」

 

 勿論急激に上がるわけがなかった。

 その後左も2回目の測定をしたが結果は振るわなかった。


 「握力は俺の勝ちだな悠?」

 

 肩に腕をのせ、勝ち誇る亮。

 まだ、まだ一回負けただけ。次は必ず......

 そこで俺は勝負脳になっていた事に気がついた。

 そうだ、体力測定は勝負じゃない。目的を見失うな。

 俺は亮の腕を払い、交代。

 黒猫へと握力計を渡す。


 「さっきはありがとな」


 「.......なんの事かわかりません」


 表情は相変わらずなのにどこか恥ずかしそうに、黒猫は俺から握力計を受け取る。

 少し、ほんの少しだけど。黒猫と距離を縮められた気がした。


 

 

 

 




 

 

 


 


 


 

 


 

 

 

 

 

  

 

 


 


 

 

 

 


 

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