第9話

朝礼後、教室は異様なざわめきを見せた。

それもその筈。

今日は朝から、年一回行われる恒例行事があるのだから。

体育祭や文化祭と比べれば、はるかにそれは劣るものだが、それでも生徒皆んながそわそわと気にしている。

ある者は、己の力の限りをつくし、またある者は過去の自分を越えようとする。

挑戦者の門出を迎えるように、空は晴れ晴れとしていた。

そう今日はーー

年に一回の体力測定日。


「よーし、ついに来たなこの日が! 悠、どっちが強いか勝負しようぜ。負けた方はもちろんジュース一本奢りな」


隣で亮が妙なはりきりを見せていた。

体力測定は勝敗を決める競技ではないのだが、周りの会話でも、勝負事にしている生徒がチラホラ。ツッコむのも面倒なので適当に返事をしておく。

それよりも。

俺は朝礼に配られた班表に目を通していた。

我が校、青葉高校では、体力測定をする時3〜4人で班を作り、1人が実施者、1人が測定係、1人が記録係と生徒それぞれが役をもち測定する事となっている。

そして、その班表は教師によって決められる訳だが、今配られた班のメンバーを見ると、俺と同じ班は、

ーー日向悠、相澤亮、大代白樺、黒井環

 亮も大代も俺と接点があり、そしてそこに黒猫。

 この分け方に誰かしらの作為を感じるのは、妙な勘繰りが過ぎるだろうか。



 「白樺マジついてな〜い。黒猫と一緒のグループとか最悪じゃん」


 「あー待って。うわ書いてあるわ。白樺の運勢今日最悪だってさ。ほら、当たる占いサイトに。そう書いてある」


廊下の近くで話している女子グループ達の会話が教室に届いてくる。大代はなんともいえない笑みを浮かべ彼女達の言葉に相槌をうっていた。

その声が、黒猫に届かないわけがなく。

黒猫は今日も教室の隅の席で本を読んでいた。

まるで全ての情報から耳を塞ぐように。


「一緒の班だな」


彼女の席に近づき声をかける。

黒猫は、読んでいた本から顔をあげた。

その表情はいつもとかわらずの無表情で。

そんな黒猫をみてしまうと心臓が握られたように苦しくなった。

彼女はもう慣れてしまったのだろうか。自分が悪く言われる事に、傷つけられる事に。


「そうみたいですね。不本意ながら」


普段と同じ素っ気ない態度に、苦笑がもれる。


「黒猫は運動得意なのか?」 


「あまり得意ではないです」


俯き、ポツリと溢す。

意外な発見だった。黒猫にも苦手教科が存在するのか。

小柄な身体つきからすばしっこいイメージがあったんだが。


 「おーい、行こうぜ」


 亮が体操袋片手に呼んでいる。

 俺は適当に返事をしつつ、黒猫にまた後でと告げる。

 彼女は、はいと頷くのだった。



体力測定の流れの説明にと俺たちは体育館に集められていた。

緩んだ上履きの紐を締めていると亮が話しかけてくる。

 

 「お前大代となにかあったか?」


 それは声を細め、周りには聞かせない声色だった。俺は思い当たる端がありつつも適当に誤魔化す。


 「なんの事だ?」


 「いや、あれ見ろよ」


 亮が指さす先にいるのは女子数人で出来たグループ。その中には大代がいて、時々俺に視線を送っていた。まるで監視されているようで、背筋がひやりとする。


 「女ってのは敵に回すと怖えからな。特にリーダー格となると尚更だ。悪いことしてたら早めに謝った方がいいぜ」


 一度経験したことがあるような口ぶりに俺は苦笑する。

 謝れと言われて何を謝罪すればいいのか。

 大代が不機嫌な理由はわかっている。

 忠告したにも関わらず、俺が黒猫と関わり続けているからだ。

 けど、俺は自分の決めた事を曲げるつもりはない。


 靴紐を結びなおし終えると同時に彼女はやってきた。

 控えめな足音を鳴らし、黒くて長い髪は動きやすいようにピンクのゴムでとめて、ポニーテールにしている。

 普段、制服で隠れていた腕や首筋は雪のように白くそして繊細だった。

 

 脇腹に衝撃が走る。

 元凶を睨みつけるがそいつは笑って茶化すように言う。


 「なに見惚れてんだよ」


 「見惚れてない」


 「嘘つけ。完全に黒猫をロックオンしてたろ」


 「してない」


 「黒猫のあんなトコやそんなトコを見て悠きゅんはどんな妄想してたんでちゅか〜?」


 「お前はもう黙れ」


 ふざけ始めたら止まらない亮をアームロックする。

 ふと誰かの視線を感じた。

 大代かと思ってそちらを見たが、彼女は他の女子と談笑していて、俺の存在など気にも留めていないようだった

 まさか。黒猫を見る。

 彼女の視線が俺の視線とほんの一瞬だったが交差した気がした。

 次の瞬間には何事もなかったかのように彼女の顔は体育館のステージ側を向いている。

 俺をみていたのか? 黒猫が?


 1限目を知らせるチャイムが校舎中に響き渡る。 

それと同時に記録用紙の束を持って体育教師がやってきた。


「班ごとに整列するように」



教師の指示のもと、班表の通りに俺たちは集まる。

亮はこれからの勝負事に燃えていた。大代は不機嫌そうで、黒猫は相変わらずの無表情。

果たして無事に体力測定は終わるのだろうか。

一抹の不安を覚えながらも。

こうして俺たちの体力測定は幕を開けた。

 

 


 

 

 

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