偽首姫
日八日夜八夜
※
昔のお話でございます。
江戸の市中に反物を扱う
そこの末娘は大層気の強い、お転婆でしたが、親は目に入れても痛くない可愛がりよう。利かん気なのは目上ばかりで、下のものには辛く当たることもなくお店の者たちにも愛されておりました。
近在でも評判の娘御でした。
ところが、です。
ある夜中、かなきり声をあげて自分の首を切りつけて倒れているのを発見されました。
ひどい血溜まりに忍んできた盗賊と
どこにでもいる噂雀たちがチュンチュンと鳴き交わして巡り巡らせた話に寄りますと、なんでも娘は自分の首が偽物だ、と言い出したらしいのです。
鏡台や水に映る自分の姿を見るたびに、これは自分の首じゃない、本物の自分の首ではない、と狂気にかられたように叫びだすのだとか。
決まっていた縁談もどこへやら。自分の家族の者すら本物の首なのかと疑いの目を向け、油断すれば刃物を持ち出して自分の首を切り落とそうとまでするので、とうとう両手をつながれて座敷牢で暮らすようになったのだそうです。
可愛がっていた末娘のこと、親は殊更に憐れんで、珍しい菓子を取り寄せたり
店の者総出で捜索に当たります。
手代の者が発見するに、娘はなんとお侍に向かって自分の首を切り落としてくれとすがりついているではありませんか。
それはもう肝を冷やしてお嬢様を取り押さえ応援を呼んで、なにとぞなにとぞ
なんとか店に連れ戻そうといたします。
男三人がかりでも、芝居衣裳のような
抵抗の最中にも、右の手では自分の首を絞めようとし、左逃す手でそれを押さえるような仕草もあって、ああお嬢様は本当におかしくなってしまわれたと胸を痛める
そしてなんと橋の上で
すぽーん。
お嬢様の首が引っこ抜けてしまったのです。
そしてぱしゃんと水に落ちると、きゃははきゃははと
腰を抜かした男たちだが、追い討ちをかけるように首の無くなったお嬢様の体が倒れもせずふらふらと歩きだし、これには肝を潰すも致し方なしいうもの。それでも一人が、このままではお店の評判と
そしてそのまま、豪奢な着物の首のない体がゆらゆらと、粗末な
気を揉んで帰りを待っていた女中はすぐさま出迎えて大事なお嬢様に汚い筵を被せるなんてお
並みの男より男気のある奥様が駆けつけて憐れな姿の娘を見るに、気絶しないのはさすがだったというものの、色を失った顔で凍りつく。
その奥様に向かって首のない体がひらひらと何か言いたげに右手を伸ばしたそうな。
奥様が気丈に近づき、首のない娘の手が母親の手をガシッと掴むと腹に当てた。腹は孕んだように膨れて動いて、着物ごとパカリ、と割けたかと思うと、そこからドロリとした液体と共に転がりでたのは半ば溶けかかった、けれど確かにお嬢様の
奥様はその首が、はっきり母親を見つめ返し自分こそ本物の娘なのだと呼びかけた、はっきり聞こえた、と。
ただその事ばかり口走って今度は自身が気を病んだそうですよ。
はあて、さて。
溶けかけた首は言葉を喋りませんし、そも首のない体が歩くものか。
縁談は伝のある人が結んだ家格の高い家とのもので、娘は反発していた。娘に別の想い人があり、腹ぼてになったのを隠そうなんざよくある話、と陰険に言う方もおりましたねえ。
最初の
人はあることないこと口差がないもんですからね。
どれが本当にあったことだか、なかったことか。どれがヒレやら尾ひれやら。
その札の貼った黒い箱の中身は魚かと?
騒いでおりますものなあ。
はは、先程の話の首を釣り上げたのでございますよ。
迷うて狂うて自分の顔を忘れ、他人の顔を欲しがってしまったのですかね。
寺に納めに参るところです。
可哀想だが、悪さをするようでは干上がらせてしまうしかない。
偽首姫 日八日夜八夜 @_user
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