第3話 夜想曲(ノクターン)
寂しげなる亡霊は、寂しげなまま、墓場に漂っていればいいものを。
同学年の生徒たちの罪悪感のない遊びが、彼らの心を
したしたと落ちてくる赤い雨の跡が、苦悶に満ちた顔を窓ガラスに幾つも作りだしていた。その顔という顔、とろりと赤く濁った目という目のすべてが、図書館の中にいる生徒たちを呪っていた。
間引いてやる。
間引いてやる。
「あああ……いやだぁぁ」
苦悶の声をあげる東の目が、どろりと赤く腫れあがっている。窓には赤い雨が降り続いている。ざぁっざぁっとガラスに当たる雨音が、血まみれのガラス窓に映る顔の口元と共鳴した。
「嫌ぁぁぁぁ……」
おぞましい光景を見続けることができず、図書室の明りを村上が消した。手元にあった懐中電灯を手探りで取り、がたがたと震えながら、灯りを窓に向けないようにして、彼女が言った。
「たまえちゃん、榊くん、ここ、絶対にヤバいよ。とにかく、東を連れて、ここから外に出よう!」
雨音が止んだ。同時に窓にひしめいていた霊たちの気配が消えた。ただ、まずいことに、今度は北校舎の内側に霊たちが集結しだしていた。
「外に出るには、玄関に戻らなきゃならないぞ。今だから言うけれど、俺には、この校舎に巣食っているおぞましい霊の姿が視える。俺たちがこれまでに通ってきた場所には、もう、窓に張り付いていた奴らが、先回りして、ここの生きてる者たちを間引こうと身構えているぞ」
「霊が視えるって、あんたって霊能者かなんか? ……なら、どうしろっていうの! ここにいたって、あいつらが入ってきたら、同じことじゃない! 私は、東みたいにおかしくなるのは嫌だからね」
「先に進もう」
「え?」
村上とたまえは、信じられないといった目をして俺の顔を見た。だが、肝だめしのルールを勝手に作ってしまったのは、こちらの方なのだ。霊たちは、怖いモノ見たさの参加者たちの期待に応えて姿を現しただけなんだからな。この流れを止める唯一の方法は、最後までやり遂げること。それしかないに決まってる。
「音楽室へ行くんだ。そこでピアノを鳴らして、大鏡を携帯カメラで撮影すれば、肝だめしは終わるんだろ。なら、こんな苛立つイベントはとっとと終わらせてしまおうぜ」
だが、図書室の扉に手をかけた時、
「嫌よ! 榊くん、こんな所に私をおいて行かないで!」
たまえが俺を制止した。好奇心は成りを潜め、不安だけが黒い大きな瞳の中に揺れている。最初から彼女をおいて行く気などさらさらなかった。俺はたまえの手をぐいと引くと、村上と東に向かって言った。
「俺たちが肝だめしを終わらせてくる。だから、お前らは、ここが、どうしようもなくなってしまったら、何をおいても職員室に向かえ!」
「えっ、ちょっと、待って! 何で職員室!?」
そんな質問に答えている暇はない。俺はたまえの手を握り、図書室を出ると、二階の音楽室へ続く階段を上がって行った。
* *
二階への階段は暗く、陰湿な空気に取り巻かれながら上へと続いていた。たまえのスマホを懐中電灯がわりにして、階段を上ってゆく。それが俺にはやけに長く、永遠にどの場所にもたどり着けない場所のように思われて、心が痛んでならなかった。
「32年前の火災の時、火にまみれながら逃げ惑った生徒たちにとって、この階段はどんなに長く感じられたことだろう。哀れだな。ここで焼け死んだ生徒たちは、この階段を下り切ることはできなかった。彼らは今もこの階段を下り続けているのかもしれないよ。たどり着くあてが見つからないまま」
「嫌よ、榊くん、もう、そんなことを言うのは止めて!」
たまえが、俺の腕にしがみついている。こんな場合なのに、その温かさを心地よく思う俺も、東みたく、ちょっとおかしくなってしまっているのだろうか。
音楽室は、どっぷりと暗闇の中に沈み込んでいた。教室の灯りをつけた時、俺たちの前に、グランドピアノの姿がぼうっと浮かび上がってきた。この鍵盤を一つ、鳴らして、大鏡の写真を撮れば、それで、このろくでもない肝だめしは終わって、俺たちはここから解放される。
「榊くん……やっぱり、怖いよ。だって、ピアノを鳴らした時にこの大鏡には、焼け死んだ生徒の霊が写るって……そんなものを見てしまったら、私たちは、きっと、ここから帰れなくなってしまう」
ついに、たまえは泣き出してしまった。そんな彼女の哀しそうな表情がやるせなかった。それでも、ここまで来てやめるわけにはゆかないんだ。俺は胸が痛くなった。
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