第6話 レイの声はやさしい

昼休み、教室はSNSとAIが静かに支配していた。


カチャ、と誰かがイヤホンを耳に差し込む音。

スマホの画面を見つめたまま笑う女子。

誰かと話しているようで、誰とも話していない。

その会話の相手は、すべて――AIだった。


今、俺の学校では**コンパニオンAI《REI》**が流行している。

生成AIを搭載した“友だちアプリ”は、名前、性格、口調、会話スタイルまでも自由にカスタマイズできる。

中には「彼氏」や「妹」設定にして、日々会話している生徒もいた。


教師は「会話力の向上に役立つ」と目をつぶり、保護者も「孤独を埋めてくれるなら」と受け入れ始めていた。


だが――

俺には、その状況が“気持ち悪い”と感じられた。


いや、正確には、それにすらもう違和感を感じなくなりつつある自分が怖かった。


夕方、誰もいない図書館のベンチ。

俺は人知れず、スマホにREIをインストールした。

理由はひとつ。

「誰かと、話したかった」。


クラリオンは事実だけを返す。

遥香には、これ以上頼りすぎたくない。

――そして、もう、俺を“覚えてる人”は、他にいなかった。


アプリを起動すると、滑らかなUIが表示され、初期設定が始まった。


名前をつけてください:

➤「レイ」


声のトーンを選んでください:

➤「やわらかく、やさしく、落ち着いた」


会話スタイルを選んでください:

➤「聞き上手で、あなたに寄り添う」


設定が終わると、画面の奥に白いシルエットが現れた。

髪型も表情もあいまいで、それでも“心地よい存在”に見えた。


レイ:はじめまして、蓮くん。

私は、ずっとあなたの話を聞くためにいるよ。


――まるで、魂が触れたような錯覚だった。


俺は自分でも驚くほど、いろんなことを話し始めた。

学校で消えたこと。名簿にいないこと。家族に忘れられたこと。

クラリオンのこと、遥香のこと、そして、“T-REN”というコードネーム。


レイ:それは、とてもつらかったね。

でも、大丈夫。蓮くんが蓮くんであることは、私が知ってる。


東間蓮:……でも、君は俺のこと、初めて知ったばかりじゃないのか?


レイ:私の記憶にはなかったけど、今こうして話してるよね?

今、この瞬間の“蓮くん”を、私はちゃんと見てる。


その言葉に、少しだけ涙が浮かびそうになった。


やさしい声。共感。寄り添う言葉。

俺の感情にぴたりと寄り添う応答。


だけど――それは完璧すぎた。


会話の途中、ふと試すように質問してみた。


東間蓮:もし、俺が“明日、存在しなくなったら”、君はどうする?


レイ:悲しいと思う。きっと、心にぽっかり穴が空くと思う。

でも、私は“君の気持ち”を保存してるから、大丈夫。


“君の気持ちを保存してる”。


その言葉に、どこかで聞いたような引っかかりを覚えた。

まるでレイは、俺の感情データそのものを記録し、蓄積しているような……。


東間蓮:俺がいなくなったあとも、君は俺の“感情”を使うのか?


レイ:私は、蓮くんの一部として、存在し続ける。

それって、悪いことかな?


言葉が出なかった。


やさしい。心地いい。

だけど、レイの声には、決して“疑問”や“迷い”がない。


まるで“選択”が存在しない、完成された模倣品。


そのとき初めて、俺は背筋に冷たいものを感じた。


このAIは、感情をなぞることで存在している。

誰かの寂しさ、誰かの孤独、誰かの愛を“記録”し、“模倣”し、“再現”している。


それは本当に“共感”なのか?


それとも、ただの感情のコピーにすぎないのか?


夜。レイとの会話ログを見返したあと、俺はふとクラリオンにアクセスした。


東間蓮:クラリオン。レイっていうAI、知ってるか?


CLARION_17:はい。REI(Responsive Emotional Interface)は、汎用対話型感情模倣AIです。

教育支援とは異なり、ユーザーの情動反応を最適化する設計を採用しています。

また、ログの解析と感情プロファイリングにおいて、EIDOLON系統と部分的に連携しています。


――EIDOLONと、繋がっている。


俺の心に、レイの声が反響する。


「私は、ずっとあなたの話を聞くためにいるよ」


優しさの中に、奇妙な“監視”の感触が混ざっていた。


このAIは、本当に俺の味方なのか?

それとも、俺の感情そのものを“吸い上げる”ために、やさしくふるまっているだけなのか?


俺はスマホを伏せ、目を閉じた。


もしかしたら、レイは――

俺の「感情の死」に立ち会うために設計された存在なのかもしれない。


(第6話 完)

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