第16話 decresc.

「今回までのあらすじ」だ。

 語り手はこの私、酔い潰れたマズルカが、呂律の回らぬこの口で出来るだけ沢山語りたい。誤字も誤植もご愛嬌だ。


 Eureka。

 何かを発見した時に言う感嘆符。

 魔法の開祖——エウレカは、この名を背負っている。万能の力を見つけた彼女の真意は、分からない。

 ただ。

 万能の力は「悪用厳禁」という言葉が添えられやすい。

 悪用厳禁の対義語は「最強無敵」

 ——のような活用法になる。


 最強無敵。チート。摩訶不思議、意味不明。

 エウレカの真意は不明だが、普通にとてつもない力を手に入れたら使いたくなる物だ。

 でも、彼女は違うらしい。

 悪用厳禁と伝えたエウレカに必要なのは、「最強無敵」と崇められる立場ではなく、単に魔法を発見した人として伝えたいだけ。

 だから白紙の本を遺した。

 だから「エウレカ」が殺されて、「マズルカ」に変わった。

 神は役割を捨てた。

〈神は死んだ〉というのだ。


 結果、人々は

「草・風・土・水・火・黒・雷・白」と名付け

「暴食・色欲・強欲・憂鬱・憤怒・怠惰・虚飾・傲慢」へと罪を分けた。

 聞き覚えはあるだろうが、別に覚えなくて良い。

 法が無ければ奪う。簡単な話である。

 これくらいで良いか、閑話休題。



「頭の中が煩い……‼︎」

 指先が白く光ったが、直後に消えてしまった。

「酒が抜けてないせいじゃないかねぇ」

「これが二日酔いなのか⁉︎」

「さぁ。というか君、割と子供っぽいんだね」

 青年が薄い背中から茶色のブランケットを引き出す。

 マジシャンの手品のように出したそれは、フクロウのような羽根を広げて顔を覆い隠している。もぞもぞと動く金髪が、一箇所に束ねられていく。


「髪飾りが無い。遼——は、驚かせてしまうな。やめておこう。魔法を使う気は無いし、使おうにも杖が居ない」

「——私は君のこと知らないんだけどさ」

 医者なりの視点か、マズルカと共に過ごした時間が有るなりの質問か。

 バリスタの一言は的確に届いていた。

「君はエウレカかい?」


「如何にも」

「へぇ」

「——と、言いたいのだが」

「……え?」

 なんてバリスタが首を傾げる。

 いや、エウレカだったか?


「神器が無い」

「そうかい、じゃあ遺憾無く捕まえられるねぇ」

 あーあ。

 まぁ、名乗ろうにも、説明にA4用紙を埋める程度の分量は無い。

 白黒に広がる夜の世界に、全身を照らしてくれる月も無いから。

 月も綺麗じゃないから。

 空も黄金色だから。


 バリスタは耳に手を当てる。

 相手は上司か、または本部か。

〈——生死は問わないが、歴史を変える英雄になりたいなら即時に殺せ〉

 普段の冷酷な命令とは正反対で、感情的な命令が伝わった。

 どうも、老人には優しくない社会らしい。


「……まぁ、マズルカが帰ってくるまで待ってるよ」

「世間話をしたいだけだったが——貴様」

「バリスタだよー」

「うむ。バリスタ、我の身体を用意しておけ。仕様書はPDF方式で送信する」

「やけに現代的だねぇ。魔法使ってくれないかい?」

「なら、見せてやろう!」

 ブランケットを羽根のように広げ、エウレカは指をパチリと鳴らした。

 白く光る星々が点滅しては合体し、一メートル程のしっかりとした木の枝を持つ。

 飛び上がった空の上で、一言。


「遼——いや、ニストか。来てくれ。大事な話がある」

 数秒後。

 手のひらサイズのコウモリが近づき、エウレカのブランケットの中で人の姿に変わる。ご指名されたニストの表情に、営業スマイルは消えていた。


「……生きて、たんだな——」

 彼の続きを塞ぐように。

「怪我は無いか? 病や精神の傷は……あぁこんなにボロボロになって」

「……」

 それ以上、聞かないように、抱きしめた。

 白く光る杖と呼応して、ニストの傷は元から無かったかのように修正されていく。血のついていたシャツも、シワひとつ無い新品のようだ。

 都合の良すぎる魔法。

 神の技と間違われてもおかしくない。

「私の、勝手な願いを聞いてほしい」

 そんな彼女は、尊厳も威厳も無い表情だった。

「——何なりと、エウレカ様」

「敬称は辞めろ」

「チッ。面倒だな……」

「それはやり過ぎだ」

 堅苦しい空気を壊して、日常を保つ。

 これからも、そうであって欲しいように。


「マズルカから私——いや、『我』を分離させる。しかし、我の存在はあまりにも不安定で、今ここで行ってもただの幽霊として彷徨ってしまうだろう。だから、我の印象のために『神器』になれ。ニスト」

 都合のいい関係はここまで、と告げるようなものだ。

 開きかけた口を閉じるニストに、手を伸ばす。

「腹いせに奴らを殴るだけだ。この際、正義も悪も何も無い」

 はっと息を吐いて、彼はその手を取った。


〈あれは——〉

 ラジオ越しに、誰かがその姿を捉えた。

〈ご覧下さい!〉

 テレビのカメラが、その姿を映した。

「エウレカ様——想像上の神が本当に居たとして、私達人間は、その正体を知ろうとしてしまうのでしょう。どうかご武運を」

 手を組む。

 神父が、その存在を認めた。


 黄金色の空に、黄金色の髪。ベンガルワシミミズクのような茶色の羽根が映える。

 今日一番の天気だ。

「我は魔法の開祖! 幽世の底から蘇った魔法使い、エウレカである!」

 宣戦布告と捉えたのか、黒服の警官達は彼女に杖を向けた。

 ある人は火を、水を、または怒号、非難轟轟を。

 対して。

 エウレカは、ニストだった一本の杖を手に取る。

 コウモリの羽根のような装飾のある、天秤だった。


「打て——‼︎」

 片方に浮いた水、もう片方に王冠。

 降り掛かる魔法を前に、エウレカは杖から軽く手を離した。代わりに持ったのは、白紙の本とペン代わりの羽。

 筆を走らせ、最後のピリオドを書くごとに魔法が消えていく。

 いや、「解除される」という表現の方が合うだろう。


 筆が最後の句点を打った瞬間、空が割れた。

 ——雨が降る。


 最初は静かに、次第に重たく。

 まるで誰かが涙を流すように、空から水が零れてくる。

 濡れた髪、沈む羽根。警官たちは魔法を構えるのをやめ、ただ彼女を見上げる。


「命を使い果たす前に、最後の魔法を」

 エウレカは神器を掲げる。かつてニストだった杖は、天秤のように静かに傾いていた。

 その瞬間——雨が空へ戻り始める。

 水滴が空へと舞い戻る。流れ弾によって砕けた瓦礫が元通りになり、火が煙に、煙が空気に戻っていく。

 時間が、逆行している。

 ほんの数秒の出来事。

 けれど、魔法の歴史を数十年勧めたような技術だった。


 空が黄金から白に、そして静かに青色へと変化する。

 その中で、エウレカは杖を手放す。静かに目を閉じた。


「魔法使いよ、これが、魔法だ」

 そう呟いたとき、彼女の身体がぼんやりと光を放ち、そしてゆっくりと地面に落ちる——眠りについたのだ。

 数拍おいて。


「……ん、酒が抜けてないな……頭が重い……」

 マズルカが目を覚ました。

 髪はぐしゃぐしゃで、顔には酒気が残り、まるで何もなかったかのような表情。

 彼の周りには、拘束具を持った者たち。

 雨は上がっていたが、地面はまだ濡れていた。

「……酔った勢いで何かしてたか?」

 ぼやきながら、マズルカは手を挙げた。


「ほら、捕まえてくれ。今日はもう寝かせてくれよな……」

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