第14話  RD DS”お前は過去となる”

前回までのあらすじ。



——いや、もっと前に遡らなければならない。

「私」が起きるよりも、もう少し前の話。あけぼののように薄く、空が青いどこかの数秒間。夢にしては最低すぎた、ある日の話。 


 見上げればすぐそばに枝があって、見下ろせば砂粒のように小さな人が歩いていた場所。私は大きな木の下で、羽根と赤を散らしていた。身体を枝でひっかいて、飛び立つ羽もうまく動かせない。白い塔の小窓までもう少しなのに、足を動かせば、動かせられれば。


「はぁ……もう少し、っ、着いた」

 息を切らす金髪の少年は、私を見るなり

「あっ」

 と声を上げて私に近づく。抱き上げて、撫で回して、身を包んでいた白い布で私を巻いて、塔を降り始めた。

「大丈夫だ、登ることは、出来たから」

 言い聞かせるようにも聞こえた願いを、一つずつ手に、足にと下ろしていく。

……不意に、強く冷たい風が吹いた。



「あ……」


 私達は、手をかけ違えた。

 初めて「私」が死ぬ姿を、私は見ることしか出来なかった。

(はい、あらすじ終わり)


「——そうか、何も覚えていないのか」

 ソレノイドの言葉で現実へ呼び戻された。

「……あ、いや、何か」

 彼は顔を上げる。その意味を掴もうと頭を回すが、何故今思い出したかは分からない。手を伸ばしてみても、結局何も掴めなかった。

「逆に……ソレノイド。お前は、どこまで知ってるんだ?」

 燃える車体から飛び降りて、

「自由になる為に『殺してほしい』と頼んだ奴がいる。私は手を掛けただけだ。お前にそう願われた理由も、今生きてる理由も知らない」

 マチェーテに視線を落としていた。



「何も、か……」

 背を向けた彼は、私の前から遠ざかっていく。揺れて、煙と一緒に消えてしまいそうな彼を捉えるように、懐から軽い風が吹く。

(……待ってくれ)


「なぁ」

 突拍子もないことを口走って、

「空って青いのか?」


 ソレノイドは沈黙を保っていた。ただ、確信を持っているだけで、それが何を意味するか、なぜそんなこともしたか分からないが、私のライフルは青い弾道をまっすぐに、ただまっすぐに、背中を突いていた。

「……え?」

 白い髪は音も立てずに倒れ、直後に雨の降る光景が頭に入り込んだ。


 濡れた土で汚れた胸を右手で掴んで、ソレノイドから睨まれている誰か。焼けた空の熱さに肺が満たされる。何も分からずにただ、死を受け入れる感覚を感じて目を閉じた。



 目の前に、青い空が広がる。

「入れ替わった、のか?」

 胸に当てた手を広げると、血が広がって、全て死ぬ直前の記憶だと悟った。あの白い塔も、先程のソレノイドとの記憶も、焼けるような痛みが広がるのだから。

 青空の向こうからひらりと舞った一枚の紙が近づいて、必死にそれを掴んだ。

「……」


 初めて、人を傷つけない魔法を使った。

 一文字ずつ意味が頭に入ってくる。その拙い子どもの字の重みも。

(——何かに、なりたい?)

 小さな影が差して、意識が引き戻された。



「——マズルカ、大丈夫か?」

 グレイスにそう言われて、やっと廊下の冷たさを知る。高速道路の熱とは正反対で……最初に喉を撃たれた時の尋問室がある廊下だと、何故かそう納得していた。

「大丈夫かも……それより、何の為にここに居るか教えてくれねえか?」

 呆れた息を吐くという予想に反し、彼は目を丸くして


「いつものマズルカだ」

 と呟いた。何事かと聞く前に、彼は続ける。

「朝から様子が変だった。静かすぎるというか……他人のような、そんな違和感が……」

 珍しく歯切れの悪い言葉を残す。彼から見た私を異物として見るような、今の私に安堵を漏らしているようにも見えた。


「質問を返し忘れていたな。ここは本部の地上4階にある『談話室』だ」

「じゃあ……今から誰かと話すのか?」

 何の気なしに出た言葉に、鍵の束がチャラチャラと鳴る。ぴたりと止まった扉の前で、彼は口を開く。

「彼はお前を抱えて高速道路の出口まで運んでくれた人なんだが……」

「何かあるのか」

「……その、な」


 グレイスが写真を渡す。彼曰く保護していた検査官が偶然撮影したものだが、その全貌は一枚にしっかりと収められていた。

「——なぁこれ、私がやってたのか?」


 一言目はそれに始まる。

 いや、長い金髪がカーテンのように流れて、男性に覆い被さっている図を見て、裏に何かメモでも残されているんじゃないかと錯覚したくなった。相手の顔は見えない。

「検査官からペンと書類を取り上げて記録を取っていた。その直後に眠ったらしい」

「じゃあ、その書類はどこに?」

「……手元にある。読むか?」

 食い入るように手に取った。写真は動かないのに、何か語りかけてきそうな真剣さが訴えている。胸の中が、ザワザワとうごめいて止まろうとしない。

「名前は——ニスト?」

 疑問符がつく理由は分からない。その名前と違う彼を、なぜか知っている。


「では、開けるぞ」

 重く閉ざされた扉の隙間から、スーツ姿の商人が視界に入った。


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