第13話 Sol Re Sol
前回のあらすじ。
開祖を殺したソレノイドのいる場所まで、もう少し。
引き金をもう一度引けば、彼に会える。
命は絶対に取らず、ただ少しだけの情報を集めればいい。
「……行くぞ!」
引き金を強く引いた先で、蒸したような熱さより先に白髪の男とローブ姿の誰かが相対している様子だった。刃物同士が重くぶつかる音が二人の精神を研ぎ澄ます。
文字通り精神を削り合うようなプレッシャーに圧倒されそうだ。
(確かに、今割って入っても無理だな……何か)
私は車の影に隠れながら辺りを見回す。
一面アスファルトの世界に満ちているが、黒い影のようなものが上下していた。
「逃げそびれた奴かもしれねえ……!」
姿勢を下げながら、走って向かう。
黒いススの付いた白い肌が、人間であると気付かせる。
「大丈夫か!」
焦げた包帯とシルクを身に包んだ女性が見上げて、
「た、立てないの……それより彼を、助けて、欲しいわ……」とローブ姿の彼を指差す。
「分かったが、まずはお前の怪我を治すのが先だ。ちょっと待ってくれ」
足は出血していないように見えるが、右のふくらはぎを抑えている。この部分を治せば問題無さそうだが——彼女の息は浅くなっている。煙を吸ってしまったのかもしれない。
買い出しの荷物は車内に置いて行ったが、錬金術の材料として水を持ち込んで正解だった。他に使えるのは、試験管と紙と実弾。
(たったコレだけか)
小さなエプロンを脱ぎ、彼女が座れるように場所を作る。
試験管に入った水を渡すと、彼女は安心したように座り込んだ。
「ありがとう……っ、痛」
「出来るだけ安静にな……」
彼女は水を一口飲み、肩で息をしながらつぶやいた。
「白髪の人が焦っていたわ。何も言わずに、いきなり……」 マズルカの眉がわずかに動いた。
「追手と勘違いしたって事か?」
「……そう。きっと何かが有ったんだと思うわ。それで、私に流れ弾が当たって——」
それから今まで戦い続けているのか。偶然が重なっただけでどちらの正義も真っ直ぐに通って、衝突しているだけで、致命的だった。
が、——止めに行くべきか、目の前の彼女を手当するか。
どうすればいい、何をすれば。私の手で、何を変えられる?
(また、誰かが死ぬのは嫌だ……!)
がらがらと、木が崩れる音を思い出す。ステンドグラスも割れて、天井まで火が回って、シスターが柱の下に倒れていた時は何も出来なかった。
今の私は、違う筈だ。
「はっ、は、ふっ……」
照準を二人に向けて、引き金を引いて、止めに行けばいい。
それだけだ。
——銃口を揺らすな。 心の中で、誰の声かも分からない忠告がこだまする。
「……でも、私の判断で撃っていいのか?」
再び引き金に指をかけながら、マズルカはふと立ち止まった。 意志の中に、微かな揺らぎが生まれていた。
背後の女性の呼吸がまた浅くなった気がして、思わず振り返る。 (駄目だ、今の私じゃ……どっちにも届かない)
私は一人だ。
——でも、今は仲間がいる。
「……バリスタ、聞こえるか?」
通信が遅れて反応する。
〈そう言うと思ってさぁ〉
「来ちゃった」
一メートル程度の丸い持ち手の付いた針を持って、ふわりと彼女が現れる。
「おわっ……」
柔らかな尻尾が視界を塞ぐ。すかさず、手で払い除けようとしたが、彼女はふっと笑うだけでか何もしない。
だから、そのまま撫でてあげた。
「落ち着いたかい?」
両手を軽く握る私を見て、バリスタは尻尾をポンポンと叩いて消す。
「彼女の治療は任せてよ。君は戦いの方が向いてるだろうしさぁ」
彼女の黒いエプロンがなびく。私よりも小さな背なのに、預けたらどこまでも受け止めてくれるような深さがそこにあった。
「助けて、くれないか」なんて柄にもない賭けに、銃を下ろしていた。
「なら、まずはこの人を治療しようかねぇ。手伝ってくれるかい? マズルカ」
何が出来るか分からなくとも、手を尽くしたかった。
「——勿論だ!」
彼女は薬箱を取り出し、消毒液とコットンを渡す。……これなら。
「魔法を使う前に少しでも回復出来れば、すぐ治せるよ」
「必ず、助けるからな」
女性はみるみる内に力を失い、バリスタに背を預けた。
思わず手を近づけると、彼女は口元に人差し指を乗せて「安心しただけだよ」と囁く。
「先に二人を止められるかい?」
照準は、もう揺れ動かない。引き金も引ける。
「……分かった。行ってくる」
照準をトラックに向け、静かに弾を詰めた。
二つの風が吹き荒む。しかし、風は止んだ。数秒の時が静止するように。
わっと広がる髪が舞い上がり、顔が見えた瞬間に、フードの中からけたたましい声が響いた。
「何奴じゃ!」
私は慎重に言葉を選び、指を指す。
「私はエウレカ、お前の仲間は眠りについている。私に相対するならば、早くこの場を去れ!」
男は黙り込み、一瞬ソレノイドを恨むかと思えば、差し向けた先へと消えていった。
開祖殺しは私を見て、
「お前は『私』とは言わない」と吐き捨てる。
細い身体にどれ程の力が在るか、私には想像もつかない。ただ、彼は魔法の開祖なんて大層な人を殺せる覚悟を持ち合わせているようだった。
「……その通り、私はお前の知るエウレカじゃねえ。身体は同じかもしれねえが」
「そうか」と、続けて
「知らないと分かっている上で聞く」
彼は明後日の先を眺めた。
「死んだ先の世界で、アイツはなんと言っていた」
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