第11話 背中を預けるのは早い

 前回のあらすじ。

 シュレディンガーという少女や、二度目の出会いを果たした商人から銃弾を渡されたり……。なんて事のないただの日常を壊すのはあの商人じゃないかと疑いたくなる。

 さて、あらすじ終わり。


 新聞が黄金色の空に影を落とし、カフェの一角までひらひらと飛んでいく。マドラーを回す淑女たちの手が口元を覆う。校外で見慣れた表情をしているが……その異様さを、私もひしひしと感じていた。

「何が起きてんだ……?」

 道路に手を伸ばし、そのまま挙げる。

 頭の光る車がこちらに近づいた。

「……Hey、タクシー!」



 せまい車内でウィンチェスターライフルを磨く。黄色がかった機関部が金髪よりも鈍く光っているが、私にはそれで十分だった。

 空いた席の上で青い弾丸が柔らかな影を作り、耳につける電子機器を照らす。

「お客さん、最近物騒らしいけど……まさか殺しでもしない、ですよね?」

 趣味の悪いクラシック音楽を背に向けている。


「やらねえよ。人殺しの趣味は無え、ちょっと物を貰うだけだ」

 車のラジオに視線を向けると、運転手はツマミを回してくれた。

〈現在、魔法の開祖を殺したとされる男が脱走しているとのことですが……魔法の詳しくない私でも、人殺しの犯罪者を野放しなのは……〉

 ごもっともだ。どんなに重い罪を重ねても、人を殺したかどうかは大きな違いがあるし、そんな奴の方を持つ気はない。


 ……ただ、殺された本人が生きてるなら話は別だ。

 教会暮らしをしていた私と、その犯罪者の接点が「開祖殺し」だけで結ばれているのなら知りたい。

「物騒な話ですねぇ」

「まぁ、そうだよな。普通パニックになりそうな話だし」

「……」

 私は運転手を覗き込んだ。


 普通の運転手が非常時に私を乗せて現場まで運転している。運転手が見るはずの電光掲示の赤い文字にも目がくれない様子だったのだ。

「なぁ……お前、怖くねえの?」

「何がですか?」

 私はおもむろに銃弾を詰め、運転席の彼に銃口を向けてみる。


「……が」



 運転手はくつくつと肩を上下させ、やがて女性らしい丸い優しさを帯びた黒髪が跳ねる。彼女は青い瞳をしていて、明らかに見覚えのある医者——バリスタだった。

「いやぁ、君にも常識があるとは思ってもいなかったよ」

「……褒めてんの?」

「好きに捉えて良いさ。私は単に検査結果を伝えにきただけだよ」

 頭の裏で「悪気は無かったのでしょう」とシスターが諭す。少なくとも彼女の本意は深海のように深く、謎に満ちている。揶揄からかいたいだけなら別に気にしなくてもいいが……悪意は無いと思いたい。

「開祖である君を殺した人を捕まえた時は静かに投降していたのに、処刑される時になって急に……生きたいのかねぇ」

 綺麗に折り畳んだ紙面を広げ、私は改めてその様子を見た。


 白髪が短く揺れ動き、ふわりと飛び上がっている。隠れた目の隙間には冷たく鋭い殺気が私へ向けられている気がしてすぐ閉じた。

(それにしても、どこかバリスタに似てるな)

 面影か、その怪しさか、隠れた切実さが漂っている気がする。

「そんなに私が気になるのかい? いや、診断の結果が怖いのかねぇ」

「あ、いや……まぁそういう事にしてくれ。それで、精密検査の結果がどうしたんだ? 今は非常時って感じなのは——」


「はい、これ」

 黒い写真に白いものが映し出されている。レントゲン……という身体を撮影した物らしい。顔から、首、背中……?


「なんか粉々になってねえか?」

「そう。君さ、背骨が複雑骨折してるんだよねぇ」

「……その骨が折れてたらどうなってんだ?」

「まぁ簡単に言えば、死んでるねぇ」

 思わず彼女の顔を二度見した。陽に照らしても影に落としても写真は変わらないのに、背中を触るのが怖くなった。

 

 私は再び、写真と彼女の顔を見比べた。どちらが正しいのか、違っているのか——いや、そもそも私は何を信じていたのか?

「死んでるって、それは……」


「表現の問題だねぇ。君の身体は確かに死んでる。でも、『今は』生きてる。そういう話だよ」

「……じゃあ今の私はどうやって生きてんだ?」

「そういうと思って、はい。これは魔力の器とリンパ管を撮影した物だよ」

 胸の中心に黒くはっきりとした影がある。ひし形の宝石が砕けているのか、体の所々に小さな黒い破片が在る。思い切って背中に手を触れたが、何の引っ掛かりもない。

 医学の知識がない私にも、器の欠片が命を繋ぎ合わせているように見えた。

「まぁ、時々あるパターンだよ。精神が命そのものになりかけている状態だねぇ」


「んじゃ仮にでも私の心が壊れたら……」

「死ぬか、それ以上に怖い事が待ってるだろうねぇ」

 最初に浮かんだのは私そっくりの誰か——エウレカが、私に成り変わるのか? 何者かも分からないソイツが? 仮に、目の前の彼女に襲い掛かったら——。


「私を甘く見られたら困るねぇ」

 バリスタの背中は小さい。頼りないなんて言えば怒られるだろうが、私には不安の要素しかないのだ。

「……」



〈——マズルカ、俺だ〉

「グレイスか」と電子機器を耳にあてる。

〈本部の部隊が向かってるが、応援が必要との事だ。大規模な戦闘になると思うが、十分注意しろ。座標も伝える〉

「分かった」

 点滅する地図は高速道路の上をなぞる。

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