第10話 アップルパイ、或いはタルトタタン
散歩——いや、前回までのあらすじ。
私、マズルカの身体を検査する為に医者のバリスタが居る地下倉庫に向かったが……何事もなく、都市へ買い出しを頼まれた。
車道やコーヒーショップをじっくり眺められるとは——土地勘が無いので誰かに道案内を頼もうとしたら、常連客を発見。
よし、あらすじ終わり。
「すまねえ、そこの——案内してくれるか?」
カフェでいつもキッシュを注文する少女。彼女がちょんとかかとを上げても、ショートケーキの棚には届かないだろう。
「……あ、いつも見る人だ。良いよ。でも抱っこしてね」
「あぁ——すごいフリルだな」
ピンクのふわふわした髪に深い青の瞳。小麦やブルーベリーを乗せた魔女帽が印象的だが、花畑が似合いそうな可愛さに身を包んでいる。
「そういえばゆっくり話した事無かったな。私はマズルカ。お前の名前は?」
「うーんとね、ミーコ」
「ミーコって名前なのか」
「その子はトビーのお姉ちゃん……ムーアだったかな?」
「家族が多いんだな、ミーコ」
「ううん。私は全部」
一瞬、言葉の意味を取り違えたかと思った。
「……何言ってんだ?」
「ミーコはトビーのお姉ちゃん。ムーアと双子でヨーゼフの弟。アレクサンダーがいつもトビーを虐めるの」
「……ハッキリとした名前は無いのか?」
「うーん……」
彼女はうーんと目を閉じ、ゆらゆらと頭を揺らした。子供の考え事のように見えるが、その沈黙は異様に長い。
「じゃあシュレディンガー」
「……猫?」
「誰も気にしないから」
背中の奥が冷えた。自分の過去や誰かの死と、不意に繋がるような異質さが有ったからだろうか。
「シュレディンガー、折角だからお前の話を聞いても良いか?」
「良いよ。買い物の場所教えるから、それと交換」
「よしゃ」と息巻いて彼女を抱える。初めて見る地下鉄やトラックの風に驚かされながらも、路地にある露店の懐かしさが胸を軽くした。
黄金の空に照る雑貨を眺める中、彼女がふと口を開く。
「私ね、お兄ちゃん欲しいの」
「その……ミーコだとかの話か?」
「ううん、本当のお兄ちゃん。あの人たちは『居るだけ』だから」
アンティークなブローチを陽に当て、彼女は満足そうに微笑む。
「——そっか」
返す言葉が思いつかなかった。
「だからね、いっぱい許して、お話を聞いてくれてお兄ちゃんが欲しいの」
「私なら、いい金と住処が捕れる」
「犯罪はダメ、ぎるてぃー」
「ちぇ」と私が息を吐くと、彼女は振り返らずにスイーツ屋へと跳ねながら去った。
「『居るだけ』の奴らを抱えてる、ってか……」
「終わらない曲を聞かされてるような気分だったな」
赤ネクタイが印象的なスーツ姿の男が露天の席に着く。
「……あ、お前あの時の!」
私に魔法の歴史を教えた商人だ。
相変わらずの微笑と胡散臭さが漂っている。
「妄想を信じて、誰もがその曲を演奏する。音すら知らないのに、同じ譜面をなぞる。魔法も同じじゃないか?」
「誰かが起こした雨を皆が信じて、繰り返してるってか……?」
商人の彼は頷いた。
「魔法の開祖を追うってことは、最初の曲を書いた奴を探すようなものなんだぜ? お客さん」
商人の目は地平線を追って、
「キリが無いのに、何故そこまで必死になる?」
「……何故かは私にも分からねぇ」
シリンダーを回したリボルバーが実弾か空弾か分からない。弾が詰まる事さえある。
それでも、〈I am you〉という確かな言葉が、他人事には思えなかった。
「エウレカって奴が居るか分からなくても、私は話し合いてえ」
彼は「良い答えだ」と言って薬莢が青く発光する銃弾を置く。
「レシピも渡そう。是非役立ててくれ」
「なぁ、そいえば何故そこまで手伝って——」
見上げると、空から一枚……いや、十枚、三十、数えきれない量の新聞が空から降る。
ついでに彼の姿も消えていた。
「何だ……?」
その写真には首に縄が掛けられたまま逃げる姿。
〈開祖の殺害犯に懸賞金。生死は問わず〉
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