第7話 主は幻想を愛する
休憩——いや、前回のあらすじ。
魔法の開祖・エウレカを神として世に真実を流そうとする聖職者・アダージュ。羽根を広げて足取りがつかめなくなった彼に、グレイスは「偽の歴史を作る」と豪語していた。
ただ、目の前にある新聞やカップに入ったコーヒーのかすに特別な力や異変があるようには思えない。
はい、あらすじ終わり。
「エピソードタイムズ」と名前が書かれている新聞。日付は今日を指しており、一面には
〈スラム街で銃撃戦か、負傷者は無し〉とだけ書かれている。
小見出しには鉄道や高速道路などのしインフラが整備された影響で即日配達出来る会社が増えたとの内容。至って普通な新聞である。
「なんだ、ただの新聞じゃねえか」
「まぁそう思うよねぇ」
「……そうだな、至って普通の新聞だ。ただ、このコラムを読んでくれ」
グレイスが指を指す先に、「星取りが子どもたちの間で流行中」という奇妙な文言が目に入った。
「この『星取り』ってのは?」
「噂話だねぇ。流れ星が地面で眠ってるから子どもたちが地面掘って探すんだと。それで時々、白骨が出てくるんだってさ。都市伝説だよ」
「トラウマものじゃねえか……」
彼女が軽く笑いながら、カフェラテをかき混ぜる。グレイスが言うにはこの「星取り」という話が嘘の記事——フェイクニュースと呼ぶらしい。
今からコレを使ってアダージュを一箇所に誘き寄せるのだとか。
「回りくどくねぇか? 普通に監視カメラで見つけて逮捕で良いじゃねえか」
「……マズルカ。捕まえた後の犯人をどう扱うか考えてみてくれ」
「そうだな——」
バリスタに見守られながら腕を組む。
逮捕、事情聴取、起訴。そこから色々あって刑務所に入れられ、十数年後に解放される。
「——あれ、意外と分かんねえかも」
グレイスが一環の新聞を広げ、コーヒーカップの中にかすを入れてインクを作り始める。受話器を耳にあて、日付を探りながら周波数を探る彼の姿は情報調査員のそれだった。
「警察もお金を使う上に、刑期を終えた人が再犯をする可能性は十分にある」
「特に今回みたいな『信奉者』は面倒だねぇ……必ずどこかで大事件を起こす」
バリスタの言葉に、グレイスのペンを持つ力が強くなる。
「だから、彼の中の『常識』を叩く。新聞や都市伝説、人々の感覚も使って」
「裁判じゃなくて……社会の中で否定するのか?」
「そうだねぇ」
コーヒーのかすで作ったインクは新聞の文字を浮かばせ、別の文章へと歪ませていく。
まるで、科学が崩壊したあの頃のように。
「…………なぁ」 と、マズルカが問いかける。
「何だ」
「どんな記事を書いて、その……あいつの逃げ場を潰すんだ?」
「そうだな……」
メモに箇条書きで複数の案を書き起こす。
・魔法の開祖は、私たちの心の中で生きている
・星取り現象、過去の伝承に基づく可能性
・神は人の中にいる、だからこそ争いは無意味だ
「これで、『開祖は象徴だった』という空気を作る。信仰の根本を穏やかに変える、そういう方向性にしたいんだ」
ペンの先を見つめながら、グレイスが一息ついた。だが——マズルカはそのメモをじっと見ていた。
「……違う」
「ん?」
「こんな内容じゃ、アダージュが……救われると思えねぇ」
グレイスの手が止まる。
「お前は犯罪者の手を取るのか?」
「そういう訳じゃねえ。社会が誰かの考えを尊重するにも限界が有る。それを信仰が受け止めて、『神が居た』って思って、あいつは生きてる」
「……」
「心の拠り所を奪って穴を開けられた奴が普通とは思えねぇんだよな」
横で聞いていたバリスタは「ふふっ」と笑う。
「……おかしいか?」
「いいや、驚く程に合理的な話でねぇ。仮に性犯罪者から原因——身体の一部を切っても、愉悦や安心感に浸りたい気持ちは残る」
医者は夜の向こうをじっと眺めて、
「だからさ、相手の心を分かってやるのがアタリだったりするんだよねぇ」
グレイスはマズルカの目を見つめる。そこにあるのは怒りでも抗議でもなく、ただ誰かの未来を案じる優しさだった。
しばらく何も言わず、コーヒーを口に運ぶ。苦い液体が喉を通る間、彼の目がどこか遠くを見ていた。
「——なら、マズルカはどのように書く?」
マズルカはしばらく黙って、グレイスの手からペンを取る。そして、書いた。
・魔法の開祖は死んだ。けれど、彼が残したものは今も街の片隅に生きている
・信じる力は人を救う。でも、それが「人を殺さない」形であれば——もっと良かっただろう
・これは「神の奇跡」ではなく、「人々が考えた末に作り出した神話」だと、私は信じたい
グレイスはしばらく黙ってから、その内容に沿った記事へとペンを走らせた。
「……良い人に育てられたんだな。戦闘の準備は整った。決して殺さないように」
「勿論だろ」
マズルカはウィンチェスターライフルを握り、乾いた夜風を受け入れた。
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