第6話 初めての外回り

 戦闘——いや、前回のあらすじ。

 魔法の開祖・エウレカを偉大な神として真実を伝えようとする神父・アダージュ。しかし、元の神話は力を人に任せて眠る文言だった。

……アダージュの持つ白い槌で、腹に穴を開けられた時、殺すための魔法なんて有るんだと震えた。凶悪なんて程度じゃない。

 はい、あらすじ終わり。



 透明の雨が夕陽を映し、夕焼け色の雨粒が飛び上がっていく。アダージュにはその異様な光景から目が離せないようだった。

「——透明の、雨?」


 マズルカはお腹に手を当て、痛みが消えていく感覚を実感する。

(自分の身体じゃねぇみてえだ……)

 そしてライフルを構え直し、照準を白い槌に合わせる。

「何で起きるかは分からねぇけどな」

「なら、あなたはエウレカ様と同じ力を持ってるだけの赤の他人とでも言えるのですか……?」

 マズルカはトリガーに指を掛ける。

——撃てる。まだ、変えられる。


「私もそいつの事何知らねぇが、私が生きてるなら、お前を捕まえて問い詰められるって事だ」

 マズルカの乾いた靴が白い槌に照らされるが、迷わず石畳を蹴り上げ、ライフルを振りかぶる。

「ならば——!」

 アダージュは槌を下ろすと同時に、強い風が吹き荒れる。

——マズルカの姿は消えた。

「……どこに?」


「上なんだよなぁ、コレがよぉ!」

 ライフルの銃口が煙を上げ、すかさず身体を預けるようにアダージュの肩を銃身でぶつける。ガツンと鈍い痛みが響き、アダージュの体勢が崩した。

(不味い——瞬間移動の魔法、ですかね)

 槌は光を失い、彼の手から離れてしまう。

「詰めてるのは実弾ですか……」


 アダージュの胸を押すように、銃口が軽く乗せられる。

「勿論。お前殺意有りすぎだからさ、こうしねぇと無理だろ」

 銃身からトリガーへ指を滑らせる。

 このまま引けば、確実に殺せる。

「そう、ですか……」


——しかし、マズルカは人の命を奪わない。

 ただ少し、物を奪うだけだ。


 光を失った槌に、銃口を傾ける。

「あ、あなたまさか——」

 アダージュが動くよりも早く、トリガーを引いた。乾いた音と共に、白い槌が砕ける。

 破片がアダージュの足元に散ると同時に、何かが彼の中でも崩れたようだった。


「……嘘、だ……エウレカ様の……」

 地面に落ちた破片から目が離せない様子で、震えた手で、半壊した槌を抱えるように拾い上げる。


わたくしが、間違って……?」

 その声には怒りも敵意もなかった。ただ、祈りが壊れた音だけが残っていた。


「私の気持ちが勝っただけだ」

「違う、まだ彼は生きている……!」

 アダージュは白い翼を広げ、アダージュは背から白い翼を広げ、月明かりの差す教会の隙間を縫うように消えてしまった。


「……何だよ、アイツ人間じゃないのか⁉︎」

 人の姿をした獣が居るとはいえ、獣の耳や尻尾が無い人間が飛ぶなんて普通じゃない。

 思わずマズルカがお腹を触っていると、スラックスのポケットが軽く振動した。


〈——マズルカ、反射鏡を手配するから来てくれ〉

「グレイスか! アダージュって奴が逃げ出して……」

〈それに関しても向こうで話す〉


 鱗粉をまくカラスアゲハが星座のように線を引いていく。マズルカの魔法で着弾する場所まで移動出来るように手配したのだろう。

「……しゃーねえな、行けばいいんだろ!」

 マズルカはライフルの照準を合わせ、一発の弾を打ち込む。



 最初に入ってきたのはコーヒーの苦い香りだった。そして、グレイスとあの闇医者、バリスタだ。

「銃声したから何かと思えば君かぁ。久しぶりだねぇ、マズルカ」

「バリスタは……マイペースなんだな」

「医者な上に女子だからねぇ、繊細なんだよ」


「……という事で、二重情報機密機関、通称『レルム』からオーダーが入った」

 グレイスは四人座りのテーブル席に着き、注文表を埋めていく。近づいて席に座ろうとするが、彼女から「まぁ見ててよ」と言われた。


「客の名前はコーダ・アダージュ。身長およそ一七〇センチ、魔法の杖は無し」

 脳裏に嫌ほど残る白い大槌について触れていない事に「おい」と声が出る。しかし、グレイスはふっと笑って「大手柄だ、マズルカ」

「——あれは人や獣ではない『神格』という種族だ。魔法の開祖を神と信じる者達で、授けられた『祝福』という力で銃や魔法といった外傷に強い耐性がある。翼や神器といった体外には効く」

「……マジで銃耐性ってあるんだな」

 バリスタは小声で「外見だけじゃ特定は難しいんだよ」と囁いた。


「アダージュ——彼から情報を得る事ができれば、魔法の開祖についての情報を集められる」

 しかし、足取りの掴めない彼の居場所を特定し、羽根とあの大槌を無力感させるのは無理に等しい。


「じゃあどうするんだ?」

 マズルカの問いに、グレイスは「エピソードタイムズ」という名が書かれた新聞とコーヒーのかす、そしてボタン式の黒電話とメニュー表を机の上に置いた。


「偽の歴史を作る」

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