第4話 ホットな話題探し
出勤——いや、前回のあらすじ。
マズルカが逮捕され、バリスタという人から無茶な契約と健康診断をさせられ、職場の名刺と制服を渡して開放された。契約では「自分に関する情報を伝えろ」と言っていたが、私はマズルカとして——自分の人生を生きていた。
仮に、二重人格みたいにイメージすれば——理解出来ない。何なんだよ本当に。
はい、あらすじ終わり。
「名刺の場所……にしては、地味だな」
大通りの中に紛れ込む、ツタに覆われた喫茶店。控えめに「道草亭」と看板が記されてあり、季節外れの桜が入り口に括られている。
「お、お邪魔しまーす……?」
チリリ——……なんて寂しい音の先で、カトラリーとラジオの音だけが聞こえた。珈琲の香りと、ガラス越しの日差しが静けさを生む。
初老の常連や、本の編集者や、小さな少女がモーニングセットをかじっているような——全くもって「普通」のカフェの風景だった。
だったのだが。
「あ——!」
正義感の抜けない若い男性。警官としてマズルカに質問を投げかけていた男と同じ人に見える。この店で間違いないだろう。
「お、お前何で生きてっ——」
グレイスと呼ばれていた彼は掠れた声を出す。カウンターに手をついて咳き込む姿を見て、マズルカはコップ一杯の水を差し出した。
(身体が弱いのか?)
「——助かった。いや、お前本当に死……いや、何でもない」
グレイスは咳き込みながらもエプロンを結び直している。
彼は腰から下だけある短いタイプを着けているが、奥に掛けられた普通のエプロンを見て、性別の違いがあるのかと想像する。
「とりあえず今日は接客と雑務。巡回はまた後日。マズルカは紐は腰で縛って。髪も同様に」
制服を着て、慣れない手つきで髪を後ろに束ねる。
ふと目線を上げると、入り口にいた少女と視線が合った。
「ライフル持ってる……」
「あ……ごめんな、これはただの杖で」
少女はくすりと笑って、バターを薄く塗ったトーストを口に運ぶ。
「いいの。この店、襲われやすいから」
「それは、逃げた方がいいんじゃねえ、のか……?」
「ここのキッシュ美味しいもん」
「じゃあしゃーねえか……」
「マズルカ」
グレイスが指差す先には、手書きのメニュー表。モーニングにランチ、午後のセットと単品のドリンクを覚えろと言っているらしい。
「メニューは基本この一枚だけ。メモは取らずに暗記だ。常連は勝手に頼む」
「錬金術よりは少し楽か……?」
「とにかく『事件の早期発見と、沈静化』。それだけだ」
淡々と言い切って、コーヒーサーバーに背を向ける。それから少し経って、小さなチャイムの音とともに中年の客が入店する。 マズルカは反射的に振り返った。
「いらっしゃいませ、ご注文は——」
男はちらりと顔を上げ、低い声で「いつもの」と呟く。
(『いつもの』ってなんだよ……)
厨房のほうからグレイスの声が飛ぶ。
「アイスブレンド、角砂糖三つ、ミルクなし。どうぞ」
運ばれたコーヒーに、男は無言で頷き、一口すするとまぶたを閉じる。 「温いな」 「淹れたてです」と厨房から返すと、男はもう何も言わずに新聞を広げた。
「はぁ」
ラジオの番組も切り替わった頃、マズルカはそっと息を吐いた。グレイスは手を洗いながら口を開く。
「最初は誰でも失敗する。俺も初日にトレイひっくり返して、大量のジュースを溢していた」
「……それ、今でも客来るのか?」
「時々。憩いの場として使われているんだろう」
小さな子どもの「キッシュ美味しいから」という一言を思い出す。子どもは嘘を覚えるが、逆に正直でもあるのだ。
「……そうだ。グレイス——さん?」
「敬称は無くていい」
「じゃあ、グレイス。賄いとかってあるか?」
彼は時計を見て、「夕食にしては少し早い気がするが——」と言葉に詰まっていたが、厨房の奥から大量の紙包みを手にして戻ってきた。
包みからは、パンの香ばしい匂いと温かい煮込みの湯気がかすかに漏れている。
「今日の賄いだ。ポトフとチーズサンド。スープは保温容器に入れてある、こぼすなよ」
「……ありがとな」
「店のフードロスはイメージを悪くしやすい。腐らない内に食べるんだ」
マズルカはわざとそっけなく鼻を鳴らす。
「んじゃ、行ってきます」
制服を脱ぎ、紙袋を手に店を出る。外は少し夕暮れがかっていて、ビルの隙間から射す斜めの光が柔らかく影を作っていた。
細い裏通りを抜け、石造りの教会を抜けた先の小さな家々。いつもと変わらず、子どもたちは魔法の勉強中のようだ。
「属性と罪って何だろうね?」
一冊の本を囲うように集まる中、一人が「あ、マズルカだ〜!」と声を上げると、わらわらと集まっていく。
「マズルカ、属性と罪って何?」
「あー……ごめん、その辺は詳しくねぇかな」
「じゃあこの本のことを教えて!」
「勉強するのは感心するが、今から飯の時間だ」
子どもたちはポトフが入った容器を開ける。湯気が立ち上り、コンソメとコショウの塩気が効いた逸品だ。
「あ、あの人から貸してもらってるんだ。お兄さんありがとう〜!」
ひらひらと手を返した先に、赤ネクタイが印象的なスーツ姿の商人が座り込んでいた。
「読み聞かせをする代わりに、そのホットサンドを貰ってもいいか?」
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