第3話 一杯のコーヒーを。

 前回のあらすじ。

 撃ち抜かれた筈の喉が治った。仕組みは私自身にも分かってないが……目の前にいる女性は私をただ逮捕したいだけじゃないらしい。

 はい、あらすじ終わり。


「って事で読み上げてくれるかい?」

「えーーっと……」


 第1条(契約の目的)
本契約は、被雇用者「マズルカ・ラース」(以下「甲」)が、雇用者「二重情報機密機関」(以下「乙」)により指定される業務に従事することを目的とする。


 第2条(業務内容)
甲は、乙が運営する喫茶施設「道草亭」において、接客、調理補助、清掃その他乙が指示する業務を誠実に遂行すること。


 第3条(報酬)
甲には、月給三十万縁を支払うものとする。
なお、賄い一食付き・制服貸与・寝泊まり可能な休憩室の使用を含む福利厚生を受ける権利を有する。


 第4条(情報提供義務)
甲は、自身に関する全ての既知情報を乙に誠実に開示する義務を負うものとする。


 第5条(契約期間と遵守義務)
本契約は、乙が定める任意の期間継続され、甲が契約期間中に正当な理由なく職務を放棄、または逃亡を試みた場合、乙の判断により即時処罰の対象となる。


 第6条(異議申し立て)
……異議申し立ては原則として受け付けない。


「なぁ、コレ私逃げれねえよな」

「印鑑無さそうだし、血で代用しようかねぇ」

「私の話を無視するなって——」

「……第6条、読み上げたよねぇ?」


 舌打ちの代わりに息を吐き出してから、マズルカは契約書を机に叩きつけた。

「分かったよ、もう……次は何だよ。誓約の血でも捧げりゃいいのか?」

「健康診断を先にやってほしいねぇ。はい、これ着て」

「……はぁ」

 彼女がマズルカの手首を掴むと、まるで子供を散歩に連れていくような無理矢理さで別室に引きずった。白い壁と無機質なベッド、計器類がずらりと並ぶ部屋——実験室そのものじゃないか。


「なあ、喫茶店って……普通、こんな施設いる?」

「仕事に支障が出たら面倒だからねぇ、事務作業だよー」

 彼女はファイルを片手に計測の枠を埋めていく。

 身長・体重・視力・血液・魔力反応・銃器耐性・魔法の傾向——?


「なぁ、普通に考えて銃で撃たれたら死ぬんじゃないのか……?」

「生きてる奴に言われたくないねぇ」

「……それは私にも分かってないが、耐える奴もいるのか?」

「時々だねぇ。普通、撃たれたら死ぬよ——あ、そういえば名前言い忘れてたね」

「このタイミングかよ⁉︎」

「一応責任者だからねぇ——バリスタ、私の名前だよー」

 油断の隙をついて、バリスタは早速針を刺す。

 マズルカは「痛い」と声を上げる暇もなく、頭を撫でられ、検査機の上に立ち、光を目に照らされる。それで、最後にティーカップを渡される。

 何の変哲もないコーヒーだ。


「飲んどいて。君の扱う魔法の属性を検査するんだよー」

「……属性とかあるのか?」

 押収したポーションの数々から、バリスタは錬金術をメインで扱うのだと察する。科学法則をガン無視して物体を作るから「錬金術」と呼ばれるだけで、やっていることは化学だ。

 ただ……杖を振ったら魔法が出る「奇術」に関しての知識はゼロだった。


「四代元素とか、まぁファンタジー作品でよく出てくる奴をイメージすれば良いよ。私個人の趣味だけど、その属性から人の心を予想することが出来るんだよ。占いみたいな感じかねぇ」

 マズルカが「はぁ」と解せぬ顔を見せるが、「性格診断みたいなアレだよ」と言われて渋々舐める。カップの内側に、薄い霧のようなものが上がった。

 一瞬、それが何か危険な兆候ではないかと身構えたが——


「……ふーん、風だね」

 バリスタは計測結果を見て、あっけらかんとした口調で言った。

 その後、顎に手を添えて何か考え込むような素振りを見せるが——

「確か、対応する罪は『色欲』。自分の内側にある物を伝染させようとする考えだっけなぁ。開祖の君がそんなこと考えてたらって思うと、面白いよねぇ」

「まだ開祖だって自覚無いし、人違いかもしれないだろ」

「これから自覚するのかもねぇ」

 勝手に納得したらしい。バリスタはパチンと手を鳴らし、紙コップを回収するとマズルカの背中を軽く叩いた。


「はいコレ、名刺。制服着て向かっといてー」

「ちょっと待て、もう行くのか!? 喉撃たれてからまだ一日も経ってねえぞ!?」

「ピンピンしてるなら別に良いと思うけどなぁ、んじゃ解散ねー」


 そう言い残し、白衣の女は軽やかに部屋を出て行った。

 白い壁の実験室に一人取り残されながら、マズルカは制服の入った袋を見下ろす。

(……こんな展開、誰が予想できるかっての)


 風が吹いたら流されて。

 そういう属性なら、せめて止まる場所くらい、自分で選ばせてくれ。

 マズルカは深くため息をついて、袋を掴んだ。

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