第2話 これからよろしくね

 走馬灯——いや、前回のあらすじ。

 いつも通り少しだけ金を貰っただけなのに、警察に捕まってしまった。油断したタイミングで襲うなんて卑怯にも程がある。


 ちょっとした言い訳を考えていると、まだ教会がこんがり焼けてない頃を思い出した。シスターがライフルを手渡す直前の頃だろうか。

「マズルカ、最近教会を抜け出して炊き出しの為にお金を集めていると聞きましたよ」

「……それは」

 顔を沈め、時々シスターの顔を伺う。

 髪も顔も忘れてしまったが、その柔らかい声に含まれた重みだけは、しっかりと覚えている。

「自分の信念の為としても、必ず罰は下ることを忘れないでくださいね」

「…………それだけ?」

「自らにとって最善の選択をとりなさい」



 そんな事も思い出していたら、電気の眩しさが感傷に浸る暇も潰してしまった。

 はい、あらすじ終わり。


「——対象が起きました」

「んじゃ、事情聴取でも始めようかねぇ」

 二人の警官が目の前で座っていた。ドラマで見かける取調室そっくりで、書記と質問者だろうと瞬時に察する。


「こういうのってリアルにあるんだな……」

 錆びた鉄扉や、小さな檻付きの籠や足枷が時代に見合わない恐怖感を醸し出す。これでは実験室ではないか。


「今の立場が分かってきたか?」と男はマズルカに目を合わせ、書類を渡す。

「質問に答えたら解放する、では始める」


 彼は肌以外全身黒、って感じのクール系正義ぶってそうな「警官」だった。まだまだ若さを感じられるような、誠意に誠意で返してくれそうな。彼のために書類に目を通すが──

——ごく普通。いや、普通すぎる。


 生年月日・住所・収入、普段の生活ルーティンや血縁関係など。犯罪に関する質問は無に等しく、個人的な背景を探るようなものばかり。

「犯罪者の生い立ちについてのデータでも集めてるのか?」



「……」

 男は馬鹿正直だった。マズルカは彼に聞こえる声量でため息を吐き、項目を全て埋めた書類を提出した。

「終わったよ」

「……確認終わりました」

 流れるように、後ろの女性に配られる。

「ん……はいはーい」


 彼女は北国の狐のように細く冷たい瞳と、濡れたカラスのような短い巻き髪をしていた。仮に職業を当てるとしたら、闇医者が向いていそうな冷酷さを纏っている。

「確認終わったよー」

「帰っていいのか」


「あくまで『解放』だけどねぇ」

 彼女は首に横線を引くようなジェスチャーを見せる。男は視線を沈めながら、大きなカッターナイフを持ち出した。


「……マジか、まぁ、いや。そうだよな」

 横線は、首を掻っ切る動作。

 マズルカは床に落ちていたウィンチェスターライフルを顎で指す。


「せめて自分の武器で最後を迎えさせてくれ」

「……分かったよー」

「良いんですか、罠かもしれない」

「ロック掛けたままなら細工も出来ないよねぇ?」

 男は不満そうに実弾を詰めて、ライフルを手渡す。


「言い残すことは?」

 冷たい鉄の円が、喉に突きつけられる。

マズルカは息を吸い込んだ。濁りのない視線で、射手の目を見つめ返す。


「……無ぇよ」

 乾いた空気を受け入れる。弁明も告解も、結局はただの言い訳だと知ってしまっていたからだ。


 ドン、と音を聞いた直後に身体が崩れ落ちる。

 白い服に、赤が沈む。

 ヒュッと呼吸を手放す音が、虚しく鳴った。

「…………」


 机に赤が広がっていく。

 ヒュッと呼吸を手放す音が、虚しく鳴った。

「…………」


 机に赤が広がっていく。

 きっと初めの人類が木の実を口にして、罰を受けた時はこんな感じだろう。

「罰は必ず後から来る。でも、今は食べたかった」なんて思って相方に擦りつけていたのだろうな。

 でも、私は一人だ。


 くぐもった声量で、二人の会話がラジオのように鼓膜を鳴らす。

「これで、良かったんですか」

「彼には異常な点が多い。孤児として教会で暮らしてた? 無名の教会が国の機関頼らずに匿いたい存在なんて違和感だらけだよねぇ」

「ですが」

「……グレイス、エプロンと名刺取ってきてくれるかい?」

「わ、分かりました」


 マズルカは手のひらを見つめていた。

 人差し指から溢れそうな血が、

 粒になって飛び上がる。


——雨だ。


 今日の天気は晴天だったのに。

 音のない「透明の雨」が、マズルカの血から離れていく。

 

「……?」

 何かが繋がるように、朝のラジオを思い出した。

〈魔法の開祖は生きています〉


「ゴホッ」


 マズルカは溜まった血を軽く吐き出す。

 そして、軽く立ち上がって呆然としていた。

「……え?」


「あ」

 現場を見ていた彼女と目が合う。

 含み笑いをして、マズルカの反応を愉しんでいるようだ。


「嘘……だろ……?」

 マズルカのまつ毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれる。


「……じゃあコレ、読み上げてくれるかい?」

 女性は二枚目の資料を見せる。

 印鑑の欄の少し上、

〈契約期間中に正当な理由なく職務を放棄、または逃亡を試みた場合、即時処罰の対象とする〉の一文で契約だと察した。


「……やらなきゃだめ?」

「じゃあ次回に回そう」

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