最近『熱い』ネタを仕入れたようで。

平山キャラメ

第一楽章

第1話 目覚めの一発

 七夕の——いや、前回のあらすじ。

 世界に蔓延したウイルスが、人々に自粛を呼びかけていた頃。

 何かの合図のように一斉に止んだ。

 雨粒が。

 地を這うように広がって、再び落ちた。


 
ネットのオカルト板では、異常気象と片付けていた。

 しかし、星の間に線が描かれ、時計の日付が狂い、夜の明けない都市が生まれて。

 そうして。

 静かに、文明は終わりを迎えた。

「魔法」の始まりである。


「……では、雨を降らせたのは神か?」

 その答えを知る為に、魔法は急速に発展した。

 神か、国の陰謀か超常現象かも分からない——だが。

 一枚の写真。

 金髪の誰かが杖を振るう姿が、ぼやけて残り続けている。

 はい、あらすじ終わり。



 ヒビ一つないコンクリート、時々吹くビル風。灰色の部屋で辛うじて生活感を鳴らすラジオが、朝七時の時報を知らせていた。

「ふぁ……あ゛ー……」


 部屋の主は長鏡の前に向かい、シワだらけな服や腰に触れる金色の髪を手で適当に整える。

〈——透明の雨は『洪水』だったと?〉

〈そうです。ノアの方舟のように、文明のリセットには洪水が使われます〉

 キッチンへ向かうと、ラジオの音声が大きくなった。赤い瞳が満足そうに開く。


〈実際は透明のでしたが〉

〈そう言うと思い、当時の降水予想量を持ってきました〉

〈……全世界が真っ赤、ですね〉

「神父がデータで攻めてる……」

 北極の基地や月を破壊する装置といった少しヤバい内容——オカルトじみた内容が多い。

「アホらしい」と思ったらそれで終わりだが、それを面白がって聞く人が居る。私だ。


〈魔法の開祖は、神話のという事ですか?〉

〈或いは本物の神、かもしれません〉

 続きは気になるが、今は朝食の時間だ。

 ラジオがブツリと音を立てて黙り込む。


 アンテナを軽く振るうと、熱々の白米や味噌汁がテーブルの上へと飛び上がっていく。俗に言う、魔法だ。

「おはよう、シスター」


 端っこが焦げた写真立ての中で、聖女が静かに微笑む。これで「おはよう。マズルカ」なんて返してくれたら良かったのだが。


(——天にまします、我らが主よ)

 続きは忘れた。でも、良い未来を祈るだろう。

「いただきます。……ラジオ直しとくか」

 乾いた笑い声が聞こえてきた。


〈神は死んでいる。致死量の血痕と肉片が所々で発見されてますよ〉

〈ですが、遺体が見つかっていません〉

〈星座。そう、星になったのかも〉

〈……では、魔法の杖は如何でしょう。回復魔法を使って生き延びている可能性もあります〉

 武器として文献だけが残りやすく、魔法が使えれば「杖」と呼べる。

「話の切り口が上手いな」


〈決定的な証拠がありませんよね〉

 部屋の主——マズルカはウィンチェスターライフルの埃を取る。

 

〈開祖は生きています。まだ、見つかっていませんが……〉

 そのまま、彼は電源ボタンに触れた。

「よく聞く話だったな」


 脳裏に浮かぶ聖女が「最後まで話を聞いてください」と柔らかな声で諭す。

 対面ならまだしも、アレはただのラジオだ。

「それよか面白い事でもしに行った方が良いね」


 黄金の空の下、所狭しと並ぶビル群の銀行にある小窓。数百メートル先のターゲットに、照準を合わせた。


 照準の先に意識を向け、引き金を引く。あの場所に吸い込まれてしまいそうな期待を込めて

——パァン!

 と弾が鳴った頃には、その場所に移動できるって寸法だ。

「さて、一仕事すっか」


 マズルカは物を奪うが、人の命までは奪わない。

 実弾は錬金術の材料として持ってるが、私を育ててくれたシスターの護身用武器……らしい。最後まで使う姿を見たこと無いまま、彼女はその命を燃え尽きてしまったのだ。


 思い出に浸るのも止め、目の前の金庫に意識を向けた。

(……全部はいらない。三割、いや、二割で充分だ)


 マズルカが懐からポーションを叩き割ると、大きな音を立てて屋上に駆け上がる足音が鳴り響く。これで気軽に引き金が引ける。

「ちょっと寄り道すっか」



 低い家々が立ち並ぶ郊外で、パンの焼ける匂いが混ざり込む。マズルカが懐から小さな包みを取り出して郊外の市場に向かえば、子供たちが列を成す。

「よぉ、今日はなんか良い匂いするな!」

 さりげなく店員に金の入った鞄を渡す。袋いっぱいのパンと交換すると、子供たちに手渡した。残りは私の食費だ。


「ほら、お前も食っとけ」

「ほんとに食べて良いの?」

「お前の朝飯だ。たんと食えよ」

 そんな一言で子どもの顔がパッと明るくなる。マズルカも小さなパンを一つかじった。中からバターの香りがふわりと広がり、小麦のいい匂いが食欲を引き立てる。

(案外悪くないな)


 子ども達に手を振って通りを曲がり、花屋の前に立ち寄った。明かりは点いてないが、軒先に花を売る為の箱がある。

 今日は一本も売ってない。


「珍しいな……」

 しゃがんで中を見る時には遅かった。

 背後に立っていた数人の影が一斉に動く。

「——マズルカ・ラース確保ッ!」


 腕を掴まれ反射的にライフルを手に取ったが、既に取り上げられていた。肩に撃ち込まれた麻酔針が、みるみるうちに視界を霞ませる。

「っ、マジか…………」

 倒れ込む直前、朝日が金色の髪が綺麗に光った。

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