怪異さんと縁日の迷家
地上を突き刺すような日差しの名残と肌に纏わり付く暑気が漂う宵の頃。夕暮れを惜しむかのように橙の提灯が連なる宵祭り会場を、千花たちは訪れていた。
水咲の家で浴衣を着付けてもらい、祭会場に着いたときには既に人だかりが出来ていて。はぐれないようにと水咲が差しだした手を千花が取れば、水咲は恋しい相手と初めて手を繋いだ乙女の如きうっとりとした微笑を浮かべたのだった。
「花海さん、もう来てるかな」
「広場で待ち合わせよね? 彼ならいたらすぐにわかると思うわ」
「それもそっか」
人混みを縫うように歩いて歩いて。やがて辿り着いたのは、嘗ては人が多く集まる盆踊り会場であった街の広場だ。現在は地域の開発が進んだ結果、騒音問題によって盆踊りは時間短縮で運営する決まりになってしまっている。午後八時には撤収されてしまう櫓を遠目に見ながら広場を探せば、案の定。頭一つどころではなく飛び抜けた花海がいた。
「花海さん、お待たせしました!」
「こんばんは。可愛い浴衣ですね」
「えへへ、ありがとう。水咲ちゃんと選んだの」
その場でくるりと一回転すれば、クラゲのように透明感のある生地で作られた帯がひらりと舞った。帯は淵がくしゅくしゅとした独特の癖があるフリル生地で、水色の生地に金魚の柄の浴衣と良く似合っている。
「水咲さんの浴衣も素敵ですよ」
「あら、ありがとう。でも、恋人の前で他の女を褒めていいのかしら」
クスクス笑って水咲が言うと、千花がきょとんとした顔で水咲を見つめて。
「どうして? 水咲ちゃんもすっごく可愛いよ!」
そう衒いなく寄越してきたものだから、水咲も思わず目を丸くしてから吹き出してころころと笑い、千花の頭をセットが崩れない程度に撫でたのだった。
縁日に繰り出せば右も左も色鮮やかな出店が並び、初めて都会に来たお上りさんのように忙しなく辺りを見回してしまう。目に映るもの全てが物珍しく、興味を引き、見ているだけで心が沸き立つのを感じる。
いつまでも暮れることのない夕景の中を歩いていると、ふと道脇にある出店に目が留まった。格子に組まれた竹の柵に面を並べた佇まい。店主も売り物と同じ狐の面を身につけており、薄汚れた木箱を椅子代わりにラフな甚平姿で寛いでいる。右手には今日日珍しい煙管を持っていて、先端から白い煙が細く棚引いていることからただの雰囲気作りの小道具というわけでもなさそうだった。
「いらっしゃい」
声をかけられたとき、店主の狐面が細い目を更に細めたように見えた。そんなはずないのに、店主の持つ不思議な雰囲気がそうさせるのだろうか。千花は思わずじっと店主を見つめ返してしまった。
「どうかなさいましたか、お客人」
「えっ!? あ、いえ……すみません、ジロジロ見たりして……」
慌てて頭を下げ、視線を傍らのお面たちへと移す。
猫や兎の面もあるが、殆どが狐面だ。色は白地に朱や黒地に青、金の化粧や桃色で描かれた桜の花の装飾など、様々ある。紐の色も複数あり、好みで組み合わせられるらしい。縁日で通常売っているような薄いプラスチックの安い面は一つもなく、棚の片隅にある値段表記は一律八千円となっている。
「水咲ちゃん、縁日でこういうお面屋さんって珍しくない?」
「そうね。ハンドメイドイベントなら良く見る光景でしょうけれど……こういう場に見るお面屋さんって、子供向けのものが多いと思っていたわ」
「そういうお面屋さんも御座いますよ」
店主が言いながら、対岸を煙管で指す。
其処には、見慣れた安っぽく薄いプラスチックで出来たアニメキャラクターや特撮ヒーローのお面が並ぶ出店があった。
「お察しの通り、うちは手製の面を売っておりまして。それゆえこのお値段となっております。宜しければ此方を」
店主は一枚のカードを差し出し、千花と水咲に渡した。
見ればそれは店の名刺で、店名は『天狐屋』とある。住所によると、此処から然程離れていないところに店を構えているようだ。
「店にはこれよりお安いものも、逆に高くしっかりしたものも御座います。どうぞ、ご興味が御座いましたらいらしてください」
「ありがとうございます。せっかくですしお店でゆっくり見たいので、またそのときよろしくお願いします」
「ええ。お待ちしております」
小さく手を振る狐面の店主に見送られ、千花と水咲はお面屋をあとにした。
「千花さん」
店を充分離れたところで上から低い声が降ってきて、千花は仰ぐ形で振り向いた。背後には、顔を覗き込む格好で千花を見下ろす花海がいた。
其処で、ふと気付く。
「花海さん。……あれ? そういえばさっき……」
お面屋で商品を見ていたとき、花海が近くにいなかった。
そしてそのことに、いまのいままで気付かなかったのだ。
「別の怪異の領域にいたようですね。悪意はなさそうでしたので無理に破らず様子見していたんですが……どんなひとでした?」
「お面屋さんだったよ。名刺ももらったの」
ほら、と言って花海に名刺を手渡すと、花海は名刺の裏と表を眺めてから「確かにお店のようですね。迷家の類いみたいですけど」と言いながら返した。
「迷家? って、あの……無人のおうちがあって、食器を持ち帰ったら種籾が山ほど湧いて出たっていう」
「そういう話もあります。欲張った男が破滅するバージョンもありますよ」
「舌切り雀みたいだね。まあ、わたしはお店のものを盗むつもりはないから、たぶん大丈夫だよね?」
「そうですね。普通に買い物する分には」
花海が千花の隣に並び、そっと小さな手を握る。親子ほどの体格差に見合った手のサイズ差ゆえに、千花の手はすっかり花海の手のひらに包まれた。逆隣を歩きながら水咲は牡丹が描かれた扇子で喉元をゆったりと扇いでいる。
「悪意のない怪異なら、過剰に警戒することもないわよね。折角頂いたんですもの、今度お邪魔してみましょう」
「うん。花海さんも一緒に来られたらいいんだけど……」
「それは先方次第ですね」
「だよねえ」
のんびりと話しながら、縁日のあいだを人波に乗って歩く。
途中で綿飴やラムネを買って、それを時折口にしながら。やがて縁日を通り抜けて神社まで来ると、境内を抜けて裏手に回った。先ほどまでの人混みが嘘のように人の気配がなく、しんと静まり返っている。
「あっ……!」
ドンと腹に響く音を伴い、夜空が大輪の花火によって明るく照らされた。わあっと縁日のほうから歓声があがり、また一つ夜空に花が咲く。
「此処からでも良く見えるね」
「そうね。いい穴場だったわ。花海さんが見つけてくれたのよね?」
「ええ、知人に伺いまして。此処の主には事前にお邪魔する許可を頂いています」
「あ、だから花海さんも普通に鳥居から入ってこられたんだ」
「はい。ありがたいことです」
にこにこと笑う花海の顔を、鮮やかな花火が照らす。
繋いだ彼の手からは人間と同じ温もりは伝わってこないはずなのに、今日は何故か熱を帯びているような気がして、千花は大きな手を確かめるように握り直した。
怪異さんといっしょ 宵宮祀花 @ambrosiaxxx
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