第18話 初日終了
冷たい風が吹き抜ける。
鉄骨が軋む音と、遠くで崩れ落ちる瓦礫の音。廃棄物処理施設は沈黙の殻に戻っていた。
アルファ、ビルド、キャスター、ダイバーの四人は、かつて戦場となった中枢区画に再び集まっていた。
床には焦げ跡と砕けたコンクリート。エコーとギフトが死闘を繰り広げた痕跡だけが、静かにその存在を語っている。
「……結局、どこ行ったんだ、あの二人」
先に口を開いたのはキャスターだった。その声には明らかな不安が滲んでいた。
「フォックスも。エコーも。姿が見えなくなって、もうどれくらい経った?」
「二時間は軽く超えてる。痕跡もなければ、通信も不通……まああのエコーが、痕跡を残すなんてあり得ないわけだが」
そう答えたのはダイバー。スコープ越しに周囲を観察しながら、唇を引き結ぶ。
「……信じられない。ギフトに、あの子が勝ったなんて」
ビルドが小さく呟いた。
「どう見ても格が違った。普通なら、一瞬でやられてたはずなのに」
「それ、私もエコーに聞いた」
沈黙の中、アルファが口を開く。静かながらも、その声は確かだった。
「エコーに、彼女がギフトに勝てた理由を訊いた。そしたら、こう言った。“努力値”って」
「努力値……?」
キャスターが首を傾げる。
「……パラメータのこと。戦闘経験の蓄積とか、適応性とか。私たちが数字で測れない部分に、彼女は積み重ねてきた何かがあった」
「でも、それだけで勝てる相手じゃなかったよね、あのギフトは」
ビルドの声には、少し怒気が混じっていた。
「ねぇアルファ、それって……本気で信じてるの? “努力”であれを超えたなんて」
「正直に言えば、半信半疑。でも、エコーの言葉は嘘じゃなかった。そういう風に信じたくなるくらい、本気だった」
キャスターは苦笑する。
「なんか……あの子って、ほんとズルい。あんな小柄で、静かで……でも中身は、化け物みたいに強いんだもの」
「……だから気になるんだ。フォックスも」
ダイバーの目が鋭くなる。
「彼女、変だった。エコーの強さに明らかに執着してた。わざわざ全員で戦う提案までしたくせに、自分からは全然動かなかったし」
「なんだかね、戦闘がしたいってより、エコーの“反応”を見ていたように思えたな」
ビルドが補足する。
「私たちの中でも、一人だけ何かを測ってる感じ。あの視線、気味が悪かった」
「うん……でも、ちょっとだけ思ったことがある」
キャスターが呟く。
「もし、あの子が“私たちのことを知ってて”、あえて言わないでいたとしたら……どうする?」
「……何か隠してるのは間違いないわ。あの冷静さ、あの余裕。まるで全部分かってるみたいに振る舞ってたもの」
ダイバーの言葉に、アルファは深く頷いた。
「でも、もう少しで分かる。タイムリミットまで、あと……」
「約二日」
ビルドが即座に応える。
「そろそろ、何かが起きるわ。フォックスが動くか、エコーが戻るか──それとも、もっと別の何かが」
鉄骨が再び風に揺れて、鋭く軋む音を立てた。
四人の少女たちはそれぞれの思考を抱えながら、黙ってその音に耳を澄ませていた。
風が吹いていた。
高所に設けられた足場の上、黒ずんだ金属板の床が、ダイバーの足元で鈍く鳴った。
「……これで、しばらくは一人になるわけね」
彼女の前に立つアルファ、キャスター、ビルドは、誰も言葉を返さなかった。去り際の静けさが、妙に居心地の悪いものに感じられたのだ。
「誤解しないで。別に怒ってるとか、失望してるとかじゃないの。ただ……この先の“最終戦”、私の役割は狙撃手として、個別に準備しておきたいだけ」
ダイバーは腰に提げたスナイパーライフルの側面を軽く叩く。背後では、80基のドローンが浮遊しながら待機していた。無言の部隊。彼女だけの戦力。
「ギフト戦では、本当に助けられた。ありがとう。……でも、私は自分のやり方でやる。そっちも無茶はしないで」
そう言い残すと、ダイバーはドローン群とともに、空へ沈み込むように姿を消していった。足場から離れた風が、残された三人の顔をなでる。
その沈黙を破ったのはキャスターだった。
「……本当に行っちゃったね、あの子」
「ま、あの性格じゃ当然かな」と、ビルドが肩をすくめる。「群れるの、向いてなさそうだし」
アルファは何も言わなかった。ただ視線を遠くに向けていた。
「ねえ、アルファ」
キャスターがふと問いかける。「もし、あたしたちが途中で限界感じたら、抜けてもいい?」
「……もちろん」
アルファの返答は静かだった。
「まあ、最後までとは言えないけど、タイムリミットまでは一緒にいるつもりだから」
キャスターが笑ってみせる。
「私も同じ。限界まで随伴歩兵やるよ。あんたの背中、もう少しだけ見てたいから」
ビルドが口角を上げた。
その笑顔に、アルファは目を細める。
「ありがとう……じゃあ、まずは目標が重要。今はまだ静かだけど、動かないといずれ詰む。まずは、ケアパッケージの優先回収」
「いいわね。特に弾薬や補助装備が足りないものも多いし」
キャスターが頷く。
その言葉に、アルファはわずかに躊躇しながら続ける。
「……実は、私の
「そっか……それ、簡単じゃないね」
キャスターが腕を組む。しばし考え込んだ後、ぽつりと呟く。
「でもね、ちょっとしたアイデアがあるかもしれない。……まだ確定じゃないけど。試してみる価値はある」
「……本当?」
アルファが目を向ける。
「うん。あたしに任せて。準備が整ったら言うから」
希望とも、不安ともつかないそのやり取りの後。ふと、誰かが気づく。
──空が、明るい。
コンクリートの割れ目から、朝の光が差し込んでいた。
新しい一日。ガンインセクト初日の終了を、誰かが口にするでもなく、ただ時間の流れが教えていた。
黙って、三人はその光を見つめていた。
それが束の間の平穏であることを、誰もが知っていたから。
ガンインセクト K0ND0U @K0ND0U
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