君はどこにいる?

 これは私がクラスメートの子達から避けられだす前の話。六月のこの季節はまだ肌寒いというのに、四限の体育の時間は水泳だった。


 「はい、タッチ。つぎ、きもっちゃんが鬼だからね」


 にこにこと白い歯を覗かせて、無邪気に笑うのは誰だろう?ばしゃばしゃと水をかき分けながら、彼女はきゃーきゃーと甲高い声で叫びながら去って行く。周りにいた他の四五人も同様だ。


 もういいんじゃない?


 気障ぶって言う私がいる。そしてずっと遠く、米粒サイズの私が、憧れの眼差しで私のことを見つめている。

 

 よく見えないから、分かっていないから、そんな風に無邪気に憧れることができたのだ。今更ながら気づいたことだった。


 でも結局、この曖昧な関係を手放すことのできない弱い私は、歩き出した。水の抵抗は重たくて、体の動きは自然とぎこちのないものになる。見えないものに阻まれている感覚。ほんの数メートルのところでは、他の女の子たちが押し合いへし合い、楽しそうにしていて、先生に笛を鳴らされて注意を受けていた。


 どうしてそんなにって思う。どうして、そんなに。まるで何もないみたいに、人との距離を詰められるのか。何の苦もなく、愉快に交われるのか。手を繋ぐことができるのか。


 わからなかった。だからこそ、憧れたはずだった。だからこれはきっと、避けられないことで、順当な道筋を辿ったのに過ぎなくて。でも、私は。これを面倒に、億劫に感じている。


 その時、先生が号令をかけた。私は救われたと思った。みんなが名残惜しそうにプールの中に残っているのを尻目に、私はすぐにプールサイドに上がった。


 列の一番前で、ぴしりと姿勢を正しているやつがいて、案の定それは温子だった。眼鏡をかけていない彼女の横顔は、なぜだか少し安心した。


 良く言えば、真面目。悪く言えば、楽しめない、なじめない、浮いてるやつ。


 思い返してみればみるほど、私は最初から、透明だったような気がした。



 「あ、おい。紀本」


 退屈な昼休みの時間を潰すために、私はすっかり図書室の常連になっていた。好きなミステリィ作家の小説を借りて、部屋を出たときに、たまたま通りかかった担任の先生になぜか呼び止められた。


 「ああ、そんなビビんじゃないよ。別に叱ろうっていうんじゃないんだ。ただちょっとな」


 ちょっとってなんだ。先生ってそんなに、クラス間の交友関係を気にするタイプだったろうか。いや、その話題だろうと考えている私がただ、自意識過剰なだけなのかもしれない。


 「最近、栗谷と一緒に放課後勉強してんだってな。それは偉いことだし、どしどし精進したまえよって言ってやりたいところ………っていうか、言ってやりたいんだかな………」


 妙におろおろ、先生は何か躊躇っていた。そういう大袈裟な演出で、私の注意を集めようとしているじゃないかと思えるくらいに。もしそうだとして、その効果は絶大だった。


 「なんです?」


 「いやぁ、言いにくいんだが。栗谷は、生徒会長だろう。あいつここ最近の生徒会の会議をずっと、無断欠席してんだよ。本人に事情を聞いても受験勉強しなきゃなんですって、その一点張りでな。紀本には申し訳ないんだが、お前の方からも栗谷をちゃんと会議に出るように説得してくれないか?」


 初めはよく状況が飲み込めなかった。温子はてっきりよくやっているばかりと思っていた。そりゃもちろん、すっかり遊びのお誘いのされなくなった私は、放課後の時間はすることもないから、ああして守ることもないのに勉強会のために居残っていた訳だけれど。温子の方にそんな問題があっただなんて、思いもよらないことだった。


 そもそも。一つ、どうしても気になることがあって、私はそれを先生に尋ねてみることにした。


 「あ、はい。それは、まぁ、やれるだけやってみますが。それとは別で、ちょっと聞きたいんですけど………。私の勉強を見てやってくれって、先生がはる………栗谷さんに頼んだんじゃなかったんですか?」




 


 


 

 

 

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海面すれすれ、そこに君がいる @kobemi

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