File14 別離と喪失
「……ごめんなさい、真里亜ちゃん。もう少しで全て終わるから。そうしたら一緒に舞亜さん達の元へ行きましょう?そこならきっと誰から危害を加えられる事もなく…この家の事なんて忘れて楽しく過ごせると思うから。」
寝息を立てて眠っている少女の頭を優しく撫でながら語り掛ける。今居るのは星雲荘の部屋でもない別の場所…言ってしまえば本館にある隠し部屋の中、そして初夜を迎えたのもこの部屋だった。目を閉じればまだあの日の事が鮮明に甦って来る。
『…もう湯汲は終わったか?まぁ先ずは近こう寄れ。ほれ、遠慮は要らぬぞ?』
そう言われて手招きされ、座ったと思えば直後に身体を触られる。皺だらけで骨と皮の様な手が自分の胸を触り…それが下腹部へ伸びていく。実の祖父という違和感と得体の知れない行為が始まると思うと身の毛がよだつ。
『やはり若い
絶対に可笑しいと思い、抵抗したが抑え込まれ布団へ押し倒された。指先が自分の股の中へ入り込む、そして舌が蛇の様に胸を這い回った。
彼は年老いた瞳で此方を見ながら反応を楽しんでいる様にも見えた。
『さぁ…準備は整ったぞ?安心せい、痛みは一瞬だけじゃ。うひッ、うひひッ…お前もこれで九條の女…儂のモノじゃ!!』
一糸纏わぬ祖父は嬉しそうに己の異物を股下へと捩じ込んだ。痛い、苦しい、嫌だ、止めて…此方がそう叫ぶ度に彼は興奮し腰を一心不乱に振り続ける。
そして動きが止まったと同時に下腹部の最奥へ何かを流し込まれる…それが終わる迄の間が恐ろしくて堪らない。
『明日もまた抱いてやるからの…楽しみに待っておれ。明日はお前も楽しめるじゃろうて…何せもうお前は小娘から女になったのだからなぁ?』
それだけ言い残し、彼は去った。
汗をかいたから風呂へ向かったのだ。
はだけた寝間着…ボサボサの髪…汚された身体…。これが母の言う務めの真実、務めとは当主の子を身篭る事だった。
それから明くる日も明くる日も祖父に抱かれ続け…いつしかそれが当たり前になっていった中で全てを悟った。
-もうこの時から既に何かが壊れてしまったのだと-
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真相を聞かされた日の夜。
俺…明智俊也は言われようもない現実に苛まれていた。それは彼女、九條紗代の本当の姿と本当の顔を知ってしまったからだ。この家は狂っている……血を劣化させない為であれば例え実の孫娘であろうと平気で手を出すという事実は
本来ならあってはならない。だが九條家に産まれた女の務めという役柄がそうさせたのは間違いなかった。
「それにしても…黒羽さん帰って来ないな。何処で何をしてるんだか。」
星雲荘の部屋にあるベッドに横たわっていた俺は身体を起こして時計を見た。時刻は夜の19時、未だに音沙汰がないのは不自然過ぎる...何かあったのではないかと思った
俺は部屋を飛び出して階段を駆け下りると丁度その時に舞亜と玄関先で出くわした。
コケたのか左足の膝を擦り剝いて血が滲んでいる他、右腕も切り傷があって
折角の服が泥や汚れにまみれている。
「く、黒羽さん!?一体どうしたんです...ケガしてるじゃないですか! 」
「...この島に居るのは親族と私達だけじゃない。そいつが自供したよ、自分が九條義徳殺しの共犯者だってな。」
「なッ...!? 」
「そしてもう1人...犯人が居る。っておい...どうしたコゴロー?お前顔色悪いぞ? 」
そう尋ねられるのも無理はない。
俺はあの忌々しい事実を知ってしまったから...知りたくもない事実を。
「黒羽さん...実はその──!! 」
僅かに俯いていた俺は顔を上げて話そうとした、だが舞亜の背後から現れた
紗代に気付いて口を塞いでしまった。彼女も俺の異変に気付いて振り向くと
じっと紗代の事を見つめていた。
「ごめんなさい...お邪魔でしたか?」
「い、いえ...そんな......。」
微笑んでいる彼女の笑顔が痛ましく感じられる。
すると舞亜は紗代へ近付いてこう言った。
「......お前、何か焦げ臭いぞ? 」
「さっき瑠奈さんからお料理を教わっていた時に魚を焼いたんです、その匂いじゃないですか? 」
「...そうか。私の気のせいだった。」
「それと紗代、この島には誰も居ないんだよな? 」
「はい。私を含む親族と弁護士の先生、明智さん達だけです...前にもそうお伝えしたじゃないですか。」
淡々とした口調と普段見る表情で紗代は答えた。
「...この島の奥へ行った事は? 」
「いえ、ありませんよ?雑木林の向こうは危ないから近付くなと小さい時からずっと麻田さんに言われておりますから。」
「そう言えばさっき...戻る途中にその雑木林で人影を見たんだ。丁度お前と同じ背丈か少し大きい位の。もしかしてそれがお前達の言う魔女なのか? 」
舞亜が紗代を見ると彼女は何かを詰まらせた様な表情を浮かべるも
落ち着きを取り戻した。
「...先に戻ります、お夕飯はいつもの時刻で。」
「あぁ...楽しみにしているよ。魚は私も好きだ。」
右手をひらひらと振って見送ると俺は彼女へ話し掛けた。
「舞亜さん...もしかしてもう1人の犯人も既に解ってるんですか? 」
「...お前もさっき聞いただろ、アイツの話を。アイツは嘘を吐いている。」
「でも...ッ!!犯人が彼女だとは──!! 」
「コゴロー、余計な私情を事件に挟むな。それとあのボロっちい本も読ませて貰った...昨晩お前がトイレに行っている間にな。人間、誰でも知られたくない事の1つや2つはある...だがあれは異様過ぎる。私も見ていて吐き気がしたのは事実だしな。」
「ッ......。」
「恐らく仕掛けるとすれば今夜...用心しろよ、私達も口封じで殺されるかもしれない 。」
舞亜は「着替えて来る」とだけ言い残すと俺の前から立ち去り、メイドの瑠奈に話し掛けると共に歩いて何処かへ向かう。
そして1人残された俺は頭を抱えながらその場に立ち尽くしていた。
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最後の食事を終えた俺は部屋へは戻らず本館へ訪れていた。
とある部屋の前は明かりがドアの隙間から漏れていて室内に誰か居るのが解る、
聞き耳を立てる様にすると中から聞こえて来たのは丈二と乙女と思わしき男女の声だった。「次期当主の座」だの「これで全て片付いた」という単語が聞こえて来た。
「まさか...本当に...。」
「...聞いてしまったのですね。明智さん。」
背後から聞こえた声に振り返るとそこには紗代が立っていて
じっと俺の事を見つめている。廊下に点いていた蝋燭は全て消されていて
彼女の姿をぼんやりとしか捉える事が出来ない。
「紗代さんッ...!?」
「でも、もうこれで終わるのです...あの2人さえ居なくなれば全てが奇麗に終わる。私は漸く自由になれる......。」
カチャンッという金属音がした。
ドアを開け放ったと同時に差し込んだ明かりで漸く見えた、彼女が手にしていたのは茶色い木製の銃床を持つライフル銃でそれを2人へ差し向けたのだ。
「──動くな!! 」
「何の真似です...紗代。冗談は止めてそれを下ろしなさい!」
俺と紗代を見た乙女は丈二の前へ出てそう言った。
「冗談...?これが冗談だとでも?」
「...それともその男に惚れたのですか?ふふッ、それもそう...だって随分と仲が良さそうでしたものねぇ?その男と結託し私達を殺し...駆け落ちでもするつもりなのかしら?」
「ふざけないで...ッ!!」
バァンッ!!という大きな破裂音が響き、2人の付近にあった壺を撃ち抜いて壊す。
俺は彼女から異様な迄の殺気を感じたせいか動けず留まっていた。
「ダメだ...紗代さん...!こんなの絶対ダメだ!!」
制止しようとしたが彼女は聞く耳を持たずそのまま銃口を向けている。
しかし何かを察した乙女は話を再開した。
「......よく聞きなさい紗代、もうその男は知っているのですよ?貴女とお父様の関係の事、そして──」
最後にこう付け加えた。
「お父様が最も愛したお気に入りだという事を。」
嘲笑う乙女を他所に紗代が此方へ振り返り、俺を見た。
つうっと一筋の涙が彼女の右目から伝って落ちるのを。
そして知られたくなかったという表情をしていたのを。
「ち、違う!!悪いのは貴女を追い込んだ──!!」
「私は...望んでこうなった訳じゃない...好きで...こうなった訳じゃない......この家に産まれた時から...自由なんて無かった...誰も私の事を助けてくれなかった、見向きもしなかった!!結局、貴方もそう...!信じてたのに...見てくれるって信じてたのに!!」
叫んだ直後に舞亜が蝋燭を片手に俺の背後から現れた。
その目は普段推理の時に見せるあの時の目と同じだが
服装だけは違っていて白黒のメイド服だった。
「...銃を下ろせよ。少なくともそいつはお前を見ていた、例えお前が見せる笑顔が偽りだとしてもな。」
「黒羽さん...!? 」
俺が背後へ視線を向けると一度だけ目線を合わせてから紗代へ向き直った。。
「私が聞いた予告通り、直正の書斎の前で瑤子が両足と胸部を。鈴彦はシガールームで頭を吹き飛ばされ死んでいた...オマケに戒斗は首を吊って自殺していたよ。だから文字通りで行けば残るは弁護士の浪川、使用人達を除けば九條家の親族はお前達2人と紗代、真里亜だけだ。」
そう告げると紗代を見ながら話し始めた。
「最初の晩、お前は義徳に何かしらの用事で呼び出された...だが予め所持していた直正のアンティーク品の杭を利用しあの場で刺殺した。そしてもう1人が背後から奇襲し頭部を刃物でかち割ってトドメを刺す構図で奴を殺害した。」
「......嫌だな、もう1人なんて居ませんよ?」
「いや、居る...もう1人の名は九條杏寿。それも直正の隠し子でそいつは雑木林の奥に在る小屋に住んでいる。そして目的はお前と同じ一族への復讐だった。」
彼女が淡々と話しながら室内へ入ると部屋の中央で足を止め、紗代を見ていた。
「次に九條志乃を殺害したのもお前達2人。先に窓から先に侵入した杏寿はカーテン裏へ潜んでいたが何故か志乃がお前と2人きりになる様な環境を自ら作ってしまった。そこで志乃と口論となったお前は杭で彼女を刺殺...杏寿は窓から逃げ、残ったお前は麻田が去った後に部屋を出た。そして外側からドアが開かなかったのは老朽化のせいだ。」
「老朽化?」
俺がそう話すと舞亜は小さく頷いた。
「あの建物...星雲荘は建物自体がそもそも古い。だからドアやその枠だってガタが来ている筈だ、現にお前と私の部屋もドアを少々強めに押さなきゃ開かないだろ?」
「確かに...言われてみれば。」
「それにこの島はこの間の様な嵐が来れば建物も傷付くし痛むのは当然...だから後は力任せに外側からドアを閉めれば良い。それに親族会議以外でも来る事が有るのは明白だし幼い時から訪れていたお前なら知っていて当然の筈...そして今回の事件の
真犯人......そして島の魔女の正体はお前だ、九條紗代。」
指摘された紗代は視線を舞亜から逸らした。
「そうですか。もう十分です...舞亜さん、お願いですからそこを退いて下さい。」
「退けるか。これ以上罪を重ねれば取り返しがつかなくなる。」
「義徳おじ様を殺したのは私の身体を狙って来たから...志乃おば様と口論になったのは明智さんに秘密を知られそうになったから...瑤子おば様を殺したのは...一連の事件の事に気付かれたから...お父様を殺したのは私の計画に邪魔だったから...もう手遅れなんです...もう...何もかも!!その人達を殺せば...全て終わる...自由になれる...お願いだから...お願いだからそこを退いて!!」
銃口が舞亜の胸部へ向けられるも彼女は視線を紗代から外さなかった。
しかし近寄った彼女は数歩、歩いて強引に舞亜を押し退け、突き飛ばす。
引き金へ手を掛けた直後に銃声が一発、そして二発と響いては丈二の腹部と自らの母である乙女の頭部を撃ち抜いてしまったのだ。その表情からは先程の様な泣いている少女の表情から打って変わって一片の曇りすら感じられない別の物に変化していた。
「お前...ッ!!」
「......貴女は一生涯掛かっても理解は出来ない。私の気持ちも思いも何もかも全て...知られてしまった、見られてしまった...ずっと見えないふりをしていたのに。」
振り返った紗代はその場で銃を落とし、髪を結んでいたリボンすら解いて俺の方へ歩み寄る。
そして距離が縮まると華奢で白い肌をした細い手で俺の首を絞め上げ、
力が籠められる度に呼吸が次第に難しくなっていく。
「うぐッ!?ぐ...さ、さよ......さ...ッ...!?」
「そう...魔女の正体は...私...呪われているのも...私......私自身...貴方に...少しでも期待した私が...愚かでした......守るって...守ってくれるって...言ったのに......!!」
抵抗しようとしたが上手くいかず、彼女は潤んだ瞳で俺へ訴え掛けて来る。
そして紗代の顔が俺へ近付いた瞬間...俺の意識はそこで途絶えてしまった。
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「...ろー...ごろー......起きろ...起きろコゴロー!!」
「...はッ!?こ、此処は......。」
「...漁船の中だ、全く...何時まで寝てるんだよお前は。」
「漁船...!?どうして...!!」
ベットで横たわる俺の傍らには舞亜が居て、呆れた表情で此方を見つめていた。
「...あの後、お前達は急に気を失ったんだ。それで騒ぎを聞いて駆け付けた麻田が紗代をお前から引き離した。それと乙女と丈二の2人は助からなかった...致命傷だったらしい。そのまま寝たきりのお前を麻田が運んで、瑠奈達が荷物をこの船に入れてくれたんだよ...真里亜は浪川と一緒に居る。」
「そうだったんですね...紗代さんは?何がどうあれ無事なんですよね...?」
「......会わない方が良い。」
「どうして...何でですか!?」
「...会いたいなら外に出ると良い。私は止めたからな。」
舞亜の言葉を胸に俺はベットから降りて外へ出た。
甲板へ出ると海を眺めている少女の姿があり、彼女の元へ近寄る。
視線に気付いたのか振り返ると此方を見てこう言った。
「──どちら様ですか?」
その表情は屈託のない物でただ物事を尋ねているだけにしか見えない。
「どちら様って...俺は──」
「実は...気が付いたらこの船に居て、目を覚ましたら何も心配しなくて良いってお歳を召した方に言われました。私、紗代っていう名前なんですね...女の子がずっと紗代お姉ちゃんって言うから気が付かなくて。」
紗代という少女は恥ずかしそうに俺を見て笑った。
これは後から舞亜に聞いたのだが話によれば彼女は記憶喪失で凄惨な事件が起きた日の事は何も憶えていないのだという。次期当主を決める会議も破綻し正式な跡継ぎとなる存在は恐らく真里亜か或いは紗代のどちらかになるとの事だった。
九條杏寿という直正の隠し子は事件の全てを自供し別の船で連れて行かれたそうだ。
そしてもう1つ...これも後から聞いたのだが孝介を襲ったのは杏寿ではないかという説が浮上していて、彼女が弁護士を襲ったという内容の話をほのめかしているという。
九條家という呪われた家に産まれ、名誉ある血を絶やさぬ様に望まぬ行為を強いられ、挙句に復讐へと走った九條紗代...彼女は自らが魔女であると謳っていた。
そして親族を自らの手に掛けてまで彼女は心の底から自由を欲しがっていた事から
計画は綿密に立てられていたのではないかと思う。
悪魔で俺の憶測でしかないが最初に義徳が殺されたのは彼女へ行為を求めたから、
志乃が殺されたのは俺と一緒に居るのを見られたから、そして最後...瑤子に関する事は秘密を部外者である俺へ伝えてしまったから。そして彼女は凶行へと走った...魔女伝説というお伽話に近い伝承を利用して。
港へ到着し漁船を下りた俺達はそこで彼女らと別れ、
地元の警察官らに事情を彼等へ説明した俺は2人の保護を依頼した。
フェリー乗り場へ向かうタクシーへ乗ろうとした際に紗代は俺を呼び止めて来た。
振り返ると此方を見ながら口を開く。
「あの...!お名前...何て仰るのですか?窺っておりませんでしたので。」
「明智です。明智...俊也。」
「明智さん...また何処かでお会い出来ますか?」
「それは...ッ......。」
俺は意を決し、二つ返事で返すと紗代は小さく笑った。
もし記憶喪失から戻れば彼女はどうなってしまうのだろうか?
俺への思い...辛い過去...犯した罪...それ等全てが鮮明に蘇えった時、彼女は
正気で居られるのだろうか?だがそんな思いと複雑な感情を抱きながら
俺は紗代へ別れを告げて舞亜達とタクシーへ乗り込んだ。
短いようで長かった島での日々を終え、また忙しない日常が戻って来る...
そう思うと気が重く感じたが悪い気はしなかった。
黒羽舞亜の事件ファイル 秋乃楓 @Kaede-Akino
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