時間稼ぎも、ここまでか……。


 月明かりに鈍く輝くナイフの切先から目を逸らしたとき。


 パリンッ――。


 天窓のガラス窓が割れて、満月を横切るように黒い影が部屋の中に飛び込んできた。


 硝子の粒が、月の光に照らされて雨のように降り落ちてくるのが見えて、横を向いて目を閉じる。


 避けられない……。


 ぎゅっと唇を噛み締めて、硝子の雨を受け止める覚悟をしていると、ものすごい速さで飛び込んできた黒い影が、私の身体をベッドごと攫った。


 ほんの少しの時間差で、私がいたあたりに硝子の粒が落ちるのが見えて心臓が凍る。


 もし数秒遅れていたら、私は全身に硝子の雨を浴びていた。


 恐ろしさに震える私の耳に、


「驚かせてごめん、瑠璃」


 聞き慣れた声が届く。天窓から飛び込んできた黒い影は、稀月くんだった。


 稀月くんが助けに来てくれていることは、少し前に天窓の上を黒い影が横切るのが見えたときからわかっていた。


 だから、一秒でも長く戸黒さんの気を逸らすような話をして、稀月くんがここから救い出してくれるのを待っていたのだけど……。


 まさか、天窓から飛び込んでくるとは……。


「なるほど。最期だからといろいろ話を聞きたがると思えば……。彼の助けを待っていたわけですね。やはり、情けなど無用でしたか」


 稀月くんの登場に、一瞬呆気に取られといた戸黒さんが、メガネの縁を指であげながら、くつりと笑う。


「ときに、夜咲くん。いちおう確認なのですが、君の魔女の《心臓》を私にいただけますか?」

「ふざけんな。死んでも渡すわけないだろ」


 冗談めかして訊ねてくる戸黒さんに、稀月くんが攻撃的に牙を向く。


「ですよね。では、やはり私が……」


 銀のナイフを持ち直した戸黒さんが、真っ直ぐに私に向かってくる。


 割れた天窓から降り注ぐ満月の光の下、銀のナイフが鈍く光る。


 けれど、それは私の胸に突き立てられることはなく、カランと床に落ちて転がった。


 私の前に庇うように立ちはだかった稀月くんが、戸黒さんの手をつかまえて捻ったのだ。


「そこまでだ、戸黒」


 稀月くんが低い声で牽制する。そのタイミングで、外から部屋のドアが開いて、烏丸さんと大上さん、それから見たことのないNWIの人たちが入ってきた。


 前回は、戸黒さんから蛇玉の攻撃を受けて確保のチャンスを逃したせいか、みんな、鼻と口を覆うマスクをつけて、目にもシールドをつけている。


「Red Witch 第18ガルド、リーダー戸黒、確保」


 烏丸さんが、よく通る声で宣言して、戸黒さんに手錠をかける。


 烏丸さん達はかなり警戒しているようだったけど、戸黒さんは蛇玉を使って逃げたりはしなかった。


 これまで、NWIの手の内を何度もすり抜けてきたはずの戸黒さんも、観念したのか、烏丸さんにおとなしく引っ張られていく。


 けれど、部屋から出て行く直前、稀月くんのほうを振り向いてふっと笑った。


「夜咲くん、瑠璃さん。私の魔女をよろしくお願いします」


 そんな言葉を言い残して、戸黒さんは私たちの前から姿を消した。

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