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「……私が突然いなくなったこと、茉莉はどう思ってますか?」
「それを、黙って茉莉さんの前から消えたあなたが聞くんですか?」
そう言われると、私は何も答えられない。でも、黙って消えざるを得なかったのは、戸黒さんのせいだ。
無言でにらむと、戸黒さんが冷たい目で私を見下ろしてふっと笑った。
「茉莉さんには、あなたが急な留学に行くことになったと伝えているようですよ」
「それで、茉莉は納得したんですか?」
「いいえ。留学の話なんて聞かされていなかったし、急ににあなたと連絡がとれなくなったこともおかしい、とずいぶん疑っていたようです。奥様が『茉莉との別れがつらいから、何も言わずに留学に行ったんだ』と説明して、とりあえずは納得してもらったみたいですが……」
「でも、私が帰ってこなかったらウソがバレますよね」
「奥様は、留学に行ったあなたがその地が気に入って帰って来ないという設定にするつもりだったみたいですよ。それに……いざとなれば、茉里さんからあなたの記憶を消すのなんて造作もないことです」
抑揚のない話し方と温度のない瞳に、ゾクリと背筋が冷たくなった。
この人は想像以上に恐ろしい人なのかもしれない。
椎堂の母は、私の心臓を奪ったあと、私の存在そのものをなかったことにするつもりだったらしい。
「お母さんは、今どこに……?」
「奥様には安全な場所で身を隠してもらっています。私があなたの心臓を奪うまでは」
戸黒さんの手元で銀のナイフがぎらりと輝く。彼の言葉に、心臓がきゅっと縮んだ。
「やっぱり、初めに私の心臓を茉莉のために奪おうと決めたのはお母さんだったんですね。今夜のことは、お父さんも知ってるんですか?」
私の問いかけに、戸黒さんは少し苛立った様子で、面倒くさそうにため息をこぼした。
「そんなこと、あなたに教える必要はないでしょう」
「でも、私は死ぬ前にほんとうのことを知りたいです……。お母さんは……、椎堂の両親は、私を施設から引き取ると決めたときから、私を騙して殺すつもりだったんですか?」
言葉を変えて訊ねると、戸黒さんが蛇のような冷たい目で私をじっと見つめてきた。
「……、そうですね。少なくとも、私と奥様は、かなり前からあなたの心臓で茉莉さんを救おうと考えていましたよ」
「そう、ですか……」
覚悟はできていたし、わかっていたけれど、やっぱり少し胸が苦しい。
でも、ほんとうのことを知れてよかった。できれば、母には愛されていたかったと思うけれど。
「教えていただき、ありがとうございます」
ふっと笑いかけると、戸黒さんが奇妙なものでも見るかのように私を見つめてくる。
「聞きたいことは、それだけですか?」
「そうですね。あとひとつ聞いておくとすれば……」
私の側に立つ戸黒さんの向こうに、金色の満月が輝く。その光をぼんやりと眺めながら、私は戸黒さんに問いかけた。
「戸黒さんがこうして私の心臓を奪おうとするのは、あなたがお母さんを愛しているからですか?」
私の言葉に、戸黒さんの瞳が揺れる。冷たく感情の読めない目をした戸黒さんが動揺するのを見るのは、これが初めてかもしれない。
「私が奥様をですか?」
けれど、私に訊ね返してきた戸黒さんは、声にまで動揺をみせることはしなかった。
「そうです。だって、使い魔は、自分と同日同時刻に生まれた運命の魔女を守るために存在するんでしょう」
稀月くんが教えてくれた。
運命の魔女に出会えた使い魔は、魂が尽きるまで魔女から離れない。
私と稀月くんは、お互いに気持ちが通じ合って恋人同士になったけど、そうじゃなくて、別のカタチでお互いのそばにいる魔女と使い魔もいるらしい。
友人としてだったり、母と戸黒さんのように主人と使用人としてだったり。どんな場合でも、使い魔は自分の魔女を守る。生まれたときから、そういう運命が定められている。
だから、戸黒さんは、母が結婚して椎堂家に来てからも、ずっと母のそばにいた。
だけど、椎堂家の娘として生まれてきた茉莉は魔女の血はひいておらず、体も弱かった。
「茉莉が病気を持って生まれてきたとき、お母さんはすごく悔やんだんじゃないですか? 自分の《心臓》に特別な力が残っていたらよかったのにって。だから……」
「さすが、瑠璃さんは想像力が豊かですね。だから私が、Red Witchに入り、奥様に変わって茉莉さんのために魔女の《心臓》を手に入れようとしたんじゃないか、と。瑠璃さんは、そう言いたいんでしょう」
私の話を遮ってそう言うと、戸黒さんがククッと笑う。
「まあ、半分くらいは正解です。でも、私は奥様のためにRed Witchに入ったわけではありません。ただ、興味があったんですよ。Witchの童話にも描かれた、満月の夜の儀式に」
満月の光の下で、銀色のナイフを振り上げた戸黒さんが、赤い舌でちろりと唇を舐める。
「さあ、今度こそほんとうにおしゃべりはおしまいにしましょうか。ねえ、瑠璃さん」
戸黒さんの三白眼が、ぎらりと不気味に輝く。
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