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「戸黒さんが……、私の心臓を奪うんですか?」
震える声で訊ねると、戸黒さんが天窓から差し込む月明かりにナイフを照らしながら、「そうですね」とうなずいた。
「ほんとうは、あなたの使い魔である夜咲くんに頼みたかったんですが、彼には裏切られましたからね。すぐにあなたをつかまえに行ってもよかったんですが、どうせなら死ぬ前に楽しい思い出を残してもらうのもいいかなと思いまして。それに、心臓をいただくのは満月の夜でないといけませんから。つかの間の逃亡生活は楽しめましたか? 瑠璃さん」
「え……?」
まるで、私の居場所など初めからわかっていたような言い方に、おもわず目を見開く。私の反応に、戸黒さんがくつりと笑った。
「私があなたの居場所に気付かないわけないでしょう。夜咲くんはあなたに言わなかったんでしたか? 前の学校のお友達と連絡をとらないようにって」
少し考えて浮かんだのは、千穂ちゃんの顔だった。
「まさか……千穂ちゃんが……」
青ざめる私を見下ろして、戸黒さんがクツリと笑う。
「ご安心を。家族に裏切られたあなたを、親友の裏切りにまで合わせるほど私も非情じゃありませんよ。直接情報をくれたのは彼女ではないですが、我々Red Witchの中には芸能関係の仕事に紛れ込んでいるものが何人もいますから。安全管理のゆるい女子高校生から情報を探るのなんて容易いことです」
三白眼の目を怪しく細める戸黒さん。
唇を噛みながら、私は誰でもなく、自分の甘さを恥じた。稀月くんは危険だと言ったのに、無理やり沙耶ちゃんと連絡先を交換して、千穂ちゃんとの繋がりを再び持ったのは私のせいだ。
Red Witchは芸能関係者に潜んでいるということだけど……。千穂ちゃんに危害が及ぶことはないのだろうか。
拘束されている状況でも、優しい友人のことが心配だった。
「それより、一ヶ月泳がせているあいだに、あなたの心臓が使い物にならなくなっていたらと少し懸念していましたが……杞憂でしたね。夜咲くんが、そう簡単にあなたに手を出すはずがない。あなたのことを、ずいぶん大切に思っていたみたいですから」
「なんの話ですか……?」
「ああ、瑠璃さんはまだ知らないんですね。どんな病気でも治す不思議な力があるのは、まだ身体の関係を結んだことのない無垢で穢れのない魔女の心臓だけなんですよ」
「身体の関係……」
その言葉をつぶやいて、少し考え……。意味がわかった瞬間、頬が熱くなった。
この前、蓮花さんが「私の《心臓》にもう特別な力はない」と言っていたのは、そういう意味だ。
蓮花さんには大上さんという恋人がいて。ふたりはもう、おとなの関係なんだ……。
以前、大上さんが魔女は知らないうちに《心臓》の力を失っていると言っていたのも、きっとそういうこと。
恋人ができたり結婚したりすることで、自然と特別な《心臓》の力は消失する。
「わかっていただけたようでよかったです。童話に重ねて若い魔女ばかりが《心臓》を狙われるのはそういう理由ですよ。さあ、そろそろおしゃべりはおしまいにしましょうか」
真顔になった戸黒さんが、銀のナイフを指ですーっと撫でる。
今度こそ、ほんとうにヤバい。身体をこわばらせたその瞬間、天窓の向こうに黒い影が見えた。
影は、天窓を右から左に飛び跳ねるように移動して、ベッドに差し込む金色の満月の光を一瞬遮る。
それを見て、私の覚悟が決まった。
浅く息を吸って吐くと、ドキドキしながら戸黒さんに訴える。
「少し……、私の心臓を奪うのは、少しだけ待ってください」
「なぜです?」
「なぜ、って……。死ぬ前にお願いがあるからです。茉莉のことを教えてください。私、茉莉が危ない状況だって呼び出されたんです。あの子は大丈夫なんですか? 最後に、少しだけでも茉莉と話せませんか?」
私がそう言うと、戸黒さんがわずかに眉間を寄せた。
「それは難しいですね」
「どうしてですか? 話さないくらい状況が悪いんですか?」
「いえ。茉莉さんの状態は今は落ち着いてますよ」
「じゃあ、私はウソの呼び出しをされたってことなんですね……」
戸黒さんの言葉を信じていいのかはわからないけれど、深刻な状況ではないのだろう。
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