第4話 畏能



「まずは拳で話をつけてやるよ」



 その鋭い目つきに、熱が宿る。

 しかし少女もたじろがなかった。



「……わからせてあげる」



 少女も触手を構えた。


 すると一瞬、触手が身震いする。まるで目を覚ました蛇のような、そんな強さを触手から感じとれた。



 ――ヒュンッ!



 風を切る音。



 透明な触手が鞭のように上から振りおろされ、それを眼でよく追っていた助雨平は上手くかわし、


かわされた触手は地面を打ち、草むらの土が大きく抉られた。



 威力が先程よりも増していることに苦笑いする助雨平。


 ふたたび少女が「フンっ!」と触手で攻めてくれば、助雨平は河川敷の広さを活用して走り回り、足元を攻められたなら飛び退き、胴体へ薙ぎ払われるなら転がりよけ、

 

少女が接近してくるなら背中を見せずにバックステップを取って、守りに徹した。



「すばっしこい……! まるで鼠……!」


「じゃあ今日からおまえは鼠以下だな!」



 攻撃を当てられない少女がだんだんと苛立ってきているのがわかる。そして息も徐々にあがってきていることも。


 それとは逆に、呼吸は荒いものの疲れは感じていない助雨平。むしろスポーツをしているような爽やかささえあった。



「おい、どうした! イノウってのはこの程度か!」


「うるさいっ!」



 彼女の振るう触手はまたも助雨平を外して地面を叩くが、土はあまり抉られていなかった。



 その途端、助雨平は踵を返して逃げ出した。



「えっ!? ま……逃げるな!」



 はじめて見せた背中にすかさず少女が触手を伸ばす。



 ――かかった。



 助雨平はまたすばやく踵を返すと襲ってくる触手をかいくぐり、その触手の腹を拳で突きあげる。拳先に飛沫がつく。



(これは液体か? それより触手がさっきより重みがねえ、予想通り弱くなってやがる!)



 案の定、触手は殴打に負けて跳ねあがり少女にも隙が生まれていた。

 



 好機。




 助雨平はそのまま一気に間合いを詰めると、



「ふふっ」



 少女は笑っていた。



「……ッ!?」



 気付いたときには手遅れだった。

 触手は、もう片方の手からも生えていた。


 次の瞬間、助雨平の片脚にするすると細い触手が巻きついて一気に宙に吊りあげられる。それも軽々と。



 その姿は、まるで吊るし切りされる前のアンコウのよう。



(こいつ、クッソ……やられた!)


「鼠を捕まえるのなら罠を仕掛けないと」



 触手を操れるのは右手だけではなかった。少女は左手の細い触手を右手のものと合体させて元の大きさに戻す。重量を感じられなかったのは左手に分けていたからもあるが、おそらく彼女の策略。



「…………わざと地面を弱く叩いてみせたのか」



 逆さのまま話す助雨平がおかしく見えたのか、少女がまたクスリと笑う。



「攻めてこないのに逃げもしないから隙でも狙っているのかと思って。でもここまで上手くいくとは思わなかったけれど」


「女だから手加減しただけだ」


「今の時代、そういうの流行らないわよ」


「次回からやめておく」



 雑談を終えた少女が、表情を引き締める。



「さて、これからの処置だけれど……おとなしく拘束されるのであればこれ以上に手荒な真似はしない。そのかわり、私たちの組織に来てもらう。そしてあなたの畏能の情報を提供してもらう。


 まずはここで畏能の詳細を教えてもらおうかしら。ただし抵抗するような発言や行動、または虚偽をしたと判断すれば迷わず制裁を加える。さあ、話して」



「イノウなんて知らねえよ」


「……この状況をわかっているのかしら。それとすでに裏は取れているのよ」


「その裏が間違っていることもあるだろ」


「いいえ。ないわ」



 彼女がはっきりと言い切った。


 しかし助雨平も知らないとしか言いようがなく、ため息をつくしかなかった。



「もう一度聞くわ。あなたの畏能はどういうものなの?」


「だから。俺にそんなもの――」



 地面に叩きつけられる。

 そしてまた吊るしあげられる。


 少女の瞳は冬の夜に見た星のように美しくも、冷たかった。



「話す気になったかしら」


「……おい、おい……触手プレイの次は、SMプレイか。ご趣味の多いお嬢様だ」




 また叩きつけられる。今度は三回も。




 再び吊るしあげられた助雨平は顔面に鼻血を散らせながら、少女を睨む。



「…………たとえ、俺にイノウが、あったとしても……もう死んでも、口にしねえ……」


「あら、そう。なら気絶させて連行するだけ」



 それから少女は触手を操る手を何度も上下させた。



 吊るしあげられた助雨平は、まるで赤ん坊に振り回される玩具のように、何度も何度も何度も地面に叩きつけられる。腕は地面で擦れてすり傷だらけとなり、着ていたシャツは汚れにまみれて所々に穴もできあがる。顔も叩きつけられるたびに傷が増え、鼻血も散っていく。


 そしてまた、吊るしあげられる。




「………………フゥ…………フゥ…………」



「……驚いたわ。まだ意識があるなんて」




 助雨平は口の中に入った砂を、ペッと吐き、減らず口を叩く。



「…………ふぅ……ドS触手女が……興奮してんじゃ、ねえぞ…………ああ、そうか……興奮しすぎて……パンツの換えが、欲しくなったか……買ってきて、やろうか……?」



 すると少女は頬を一気に紅潮させた。



「死ね!」



 そして恥ずかしさを隠すように助雨平をまた地面に叩きつけた。




「がぁ……は……!」




 ――ドクンッ。




 助雨平の体に、異変が起こる。

 叩きつけられて体の部位が負傷したわけではない。この感覚を知っている。




 ――強く、かっこよく。



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